銃の見做し児⑤

   ◆



 その昔、神を殺す方法ばかりを考えた狂人がいた。

 もともとはここ、フリュドリィス女王国クイーンダムの研究者だった彼は、別段神に恨みを抱いていたわけではない。

 世界には聖天教という一神教が根付いており、神と言えばその神を指した。世界各地に溢れる神話体系と宗教は異教とされ、聖天教の教えでは神に反する邪神とされた。


 女王国クイーンダムにも聖天教の流布はあったにはあったが、魔術の発展と技術の革新と共に信仰心は薄らいでいき、周辺諸国に言わせれば『いち早く信仰を忘失した国家』だった。

 しかしだからこそ彼は、神という存在を殺すことが出来れば、その方法、或いはその器は兵器としてこの上ない利益を生むだろうと考えた。


 彼は女王国クイーンダムの研究者として魔器の開発に携わる魔術士の一人であり、しかしある時、霊銀ミスリルを動力源、魔術を動力回路として機能する人造人間の制作に着手した。

 それが大成されると、彼の造り上げた人造人間は“人型戦略支援躯体”――通称“ヒトガタ”とばれ、周辺諸国との戦争に駆り出される兵士の代わりとして台頭を果たした。

 銃に代表される魔器を扱い、国民の代わりに戦地で戦果を上げるそれらの躯体は女王国クイーンダムに繁栄を齎し、戦争が落ち着くと今度は人間の代わりに労働を担う“人型自律代働躯体”という名称に変わり――“ヒトガタ”という通称は変わらないままだったが――国家に住まう国民の生活を豊かにしていった。


 労働を躯体が代行することで、国民は空いた時間を趣味や研究に費やすことが出来た。

 ヒトガタはそれを保有する人間の財力となり、ヒトガタの性能は所有者の最優先の社会的地位ステータスとなった。

 ヒトガタが稼いだ財産の半分以上はその機能向上バージョンアップに当て込まれたり、万一壊れてしまった時の買い替えのために貯蓄された。それでも、国民は周辺諸国に比べ随分と裕福な暮らしを謳歌できたのだ。


 勿論、ヒトガタを所有できない貧しい者もいたし、隣国から亡命してきた者もいた。そういった者は自らの身体で稼がねばならず、それすらも出来ない者には国家が保有するヒトガタを貸し与える制度もあった。


 顕微鏡と試験管を用いて受精した子供が特別な機械の中で養育され分娩される技術が確立すると、もはや人間同士の交配は廃れ行き、それ以前に栄えつつあったヒトガタを用いた性風俗は運動スポーツ然とした良俗であるとされ、やがて婚姻は王族のみの儀式となった。


 時代が進み、ヒトガタが遂に周辺諸国に売りに出されるようになると、狂人は漸く弾劾された。

 ずっと彼は神を殺す方法を考え続け、自らそのようなヒトガタを創り、或いは魔術を練り、若しくは魔器を設計した。

 彼がそのために使い潰した魔材や霊銀ミスリル結晶、ヒトガタの躯体は甚だしく、道理の通らず果ても見えない研究に業を煮やした研究所は彼を追い出したのだ。

 しかしその頭脳こそを惜しんだ女王は彼を国内に留め、国境付近に孤児院を建て、親を失った子供たちを面倒見るよう言いつけた。

 そのためのヒトガタを与えようとした進言は、そんなものは自分で作ると言い放った彼に棄却された。


 婚姻という文化は無くなったが、無論親になりたいという者はい続けた。

 誰かの配偶者にはなれないが、親にはなれる。試験管の子供フラスコベビーと揶揄されたその文化は、そして望まない子供を容易に捨て去る法案を生む結果となった。

 子供を作るという作業は、理想の子供を思い浮かべ、そうなるような遺伝子を組合わせる設計デザインに他ならなかった。

 しかし多くの原因で、理想とは多少異なる子供が生まれる。多くの親はそれでも自分の子供だとその子を愛したが、そうでない親も勿論いた。

 そうなると、親が子を棄てる、虐待する、殺すといった事件が散発し、最終的には望まない子供は国が引き取る、という法案が成立したのだ。


 そしてそのような子供は孤児院へと預けられ、かの狂人もやがて十人の孤児を育てることになった。

 その国において、親がいること・いないことは成人して後の生活に然程問題とはならない。ただ、親がいないことによる愛情不足が引き起こす問題は無視できないものだった。

 だから責任ある大人が育て、十分社会に貢献できるような、そして与えられたヒトガタを有効に活用して経済を回していけるよう教えるのだ。


 狂人は生活の大半を再び神を殺す方法に費やしたが、孤児たちに愛情を注いでいないわけでは無かった。

 孤児の面倒を見るヒトガタは三体ほど――全て彼のお手製だ――いたが、自らも孤児たちに触れ合い、愛情と絆を育んでいった。


 いつしか、彼の研究時間は孤児たちの成長に伴い少なくなっていく。

 読み書きを教え、算術を教え、時には鈍色の不蝕鋼の森ステンレスフォレストで魔器を用いた狩りを共に行った。

 年長者には魔器の設計を理解する者も現れ始め、それらを実際に作ることで彼らの孤児院は豊かなものになっていった。


 やがて彼が“神を殺す”などと言わなくなった頃。


 神の軍勢による蹂躙が始まった。


 理由は定かではない。

 目的も定かではない。

 とにかく、神は天獣や天使を遣わせ、人類を滅ぼす聖戦を始めたのだ。

 その最初の標的とされたのが、フリュドリィス女王国クイーンダムだった。


 天使や天獣は炎から創られ、しかし定まった輪郭と質量とを持つ。

 建物は崩され、道は砕かれ、用水路は涸れ、大地は焦がれた。人々は真っ先に火だるまになって消し炭となり、抗戦するヒトガタたちもまた、次々と金属骨格の残骸に成り果てていく。


 郊外にあったその孤児院が、標的から少し外れたことを幸運と呼ぶのか、それとも不運と呼ぶのかは誰にも判らない。

 軍勢の中では矮小なカイトの天獣は建物を破壊しきることは出来ず、だから外から吐いた炎で蒸し焼きにした。


 狂人ではなくなった彼は、偶々隣国にいた。希少な鉱石の買い付けに一人で出向いていたのだ。

 ああ、よくある話だ。

 孤児を護る三体のヒトガタは立派に戦った。しかし兵器という立場にないヒトガタが天獣の群れを撃退しようなど、与太話もいいところだ。

 蹂躙が終わって五日後に彼が森の国境を超えて帰り着いたそこは、ただの焼野原だった。


 黒く煤けた孤児院の中に踏み入り、朽ちた床材に足を取られながら辿り着いた食堂で、大きな石の食卓を囲んだ十の黒い遺骸が並ぶのを目の当たりにした時。


 彼の狂気は、漸く真実味を帯びた。

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