銃の見做し児⑥

「ユイ。アルト。ターシャ。カトル。キント。ロック。セヴン。オクト。ノーナ。ディカ……」


 瓦礫で築き上げた十の墓を前に、狂人は血走った眼から紅い涙を流した。


「――神はやはり、殺すべきだった」


 魔術によりその場で何が起きたかの全てを知った狂人は、独り憑りつかれたように研究に没頭した。

 妄執は興奮物質アドレナリンとなって分泌され、壊れた機械たちを修理してすぐに神を殺す器の制作を始めた。

 幸い、部品パーツは嫌というほどこの国内に散らばっている。天獣たちが未だ王都の上空を飛び回っていたために回収は難しかったが、しかし狂人の執念は魔術となって彼の存在を隠匿せしめた。


 完品に近い素体なら三つあった。孤児を護るために創られた、男性型躯体が二基と女性型躯体が一基だ。

 男性型のうち一基は主に狩りに使っていた射撃手シューターモデル。もう一基は夜盗や魔獣の類から孤児院を護るための用心棒バウンサーモデルだ。

 女性型の一基は孤児たちの世話役であり、ともに食卓を囲めるよう、本来不要な消化機関を有すように設計デザインされていた。


 今更一から造り上げている時間などは無かった。材料には事欠かないが、命の残量は心もとない。

 神の軍勢による蹂躙後、国土は荒れ狂った霊銀ミスリルが高濃度・高密度で跋扈する魔境へと変貌した。魔術士であり霊銀ミスリルへの耐性もある彼であっても、そこにい続けるだけで吸入した霊銀ミスリルが体細胞を異物へと変質させつつある。霊銀ミスリル汚染が始まり、異獣アダプテッドと成り果てるのは時間の問題だった。


 神を殺す方法を、形にする。

 そのことだけに残り全ての命を投じる。


 狂気のはてで構わない。

 失うものは全て失った。残るものも全て憎悪の炎にべ、反撃の狼煙へとなれと願った。


 そうして出来上がった器は三つ。


 ひとつ――ありとあらゆるを喰らう、噛み殺す神殺す獣の器とした。

 この国に伝わる、守護獣の名を命に刻んだ。


 ひとつ――神を斬り払う刀こそを器とした。

 そのなかごに、その技術を伝えるための術式と、それに相応しい銘を刻んだ。


 ひとつ――神を撃ち殺す銃を扱う器とした。

 何故ならばどの文献を、神話を漁っても。神が銃を想像し創造した記述は一切無いからだ。

 ならば神を殺すには相応しいだろうとそれを錬成する術式を刻み、それに相応しい名を与えた。


 しかしそこまでだった。

 起動に必要な最低限の動力すら足りず、だから狂人は信じるしかなかった。

 呼吸機関は正常に作動している。この大気中の霊銀ミスリル濃度なら、疑似神経索ナーヴスレッドもすぐに満ち、きっと動き出してくれるに違いないと。

 最低限の知識は全てインストールした。名とともに命題呪いも刻みつけた。


 きっと。


 きっと、彼らは目覚め、私の代わりに神を討ち滅ぼしてくれると――



 願ったまま、狂人は果てた。



「――っ」

「おはよ」


 彼が目覚めたのは、それからどれほど経った頃かは知れない。何故なら狂人がいつ果ててしまったのかの記録が無いからだった。

 目覚めた彼の傍には彼女がいた。この国の守護獣である“山犬”の名を、“神殺す”という命題とともに刻まれた幼気な少女だ。笑みを絶やさずに、愛らしさを振り撒く様相の彼女だ。


「……もう一基は?」

「いないよ。どこか行っちゃったみたい」

「そうか――」


 そこには彼と彼女の二人しかおらず、狂人の遺した神を斬り殺す刀の器も無かった。だから彼は、は先に目覚め、既に行動を開始したのだと考えた。


「どうして」

「え?」

「お前は――」

「独りより二人の方が楽しいでしょ?」

「――お前は、そういう奴だったな」


 えへへ、と笑んだ彼女を見遣って起き上がった彼は、狂人が彼のためにあつらえたその服に袖を通した。

 黄昏のような色彩の彼にとてもよく似合う、宵闇のような軍服だった。


「お前、名前は?」

「名前? 山犬ちゃんは、山犬ちゃんって言うよ」

「この国の守護獣の名か。護れなかったと言うのに、実に大層な名前だ」


 煤けた建物から瓦礫の地面に躍り出た二人は、国の中央に聳える王城を目指す。


「ねえ、あなたは? あなたは何て名前を刻まれたの?」

「――ノヱル」

「ノヱル?」

「そう――Elを否定する天使。ノヱルNoel


ノヱル、Noel,神をNie否定しろDieu.


 遠く、名とともに刻まれた呪詛がこだまする。

 撃鉄のようにガチリと落ちては頭蓋に響き、心を蝕んでいく。


「――煩い。己れは、己れの生きたいように生きる。だからあんたは、何も言わずに見守っていてくれ」

「え?」

「……何でもない。行こう、のことも気がかりだ」



   ◆



「――煩い、言われなくても分かっている。天獣は、天使は、神は全て棄却する。己れたちはそのために創られ、生まれたんだからな」


 睨み付け、そして狙いを付けた。

 次弾は既に装填済みだ。これまでの戦いをもとに、再起動リブートされてリセットされた各種の能力修正値パラメータにも調整を加えた。


(まずは、一発――)


 ズダンッ――騎銃カラビニアが吼え、鉛の弾頭が天獣の脇腹に埋まった。


「ヒオオオオオオオ!」

「煩い、黙れ」


 続けざまに放った弾丸は、しかし天獣の左肩を掠めて虚空に消えた。


「ちっ――」


 構えを解き、ノヱルは走り出した。天獣が炎を放射する体勢に入ったからだ。そのままの立ち位置では、後ろに庇う山犬に攻撃が向いてしまう。今の彼女の動力エネルギー残量では無事に修復できるかどうかが彼には判らなかったのだ。


「ふっ!」


 跳躍すると、瓦礫の地面を翡翠色の炎が舐めた。

 ごるりと回転しながら膝立ちになると、その体勢のまま銃を構え三発目を撃ち出す――胸に着弾する前に交差した剛腕に防がれた。この距離と弾丸の形状から考えて貫通はしていないだろう。


「またか!」


 再び三つの眼から翡翠色の炎が噴出する。三条の炎の渦は天獣が顔を向けた方向に一直線に伸び、ノヱルはそれを躱すために走りながらも銃口を天獣へと向ける。


 ダズンッ、ダズンッ!


 連射された二発のどちらともが天獣の剛腕に吸い込まれた。頭部はおろか胴体に当てるのですら、あの剛腕を先にどうにかしないと分が悪い。


“銃の見做し児”ガンパーツ・チルドレン――“双銃”ピストレロ


 騎銃カラビニアから双銃ピストレロへと換装コンバートしたノヱルは、そこで漸く【銃の見做し児】ガンパーツ・チルドレンという魔術によって錬成した銃の本質を理解した。

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