銃の見做し児⑥
「ユイ。アルト。ターシャ。カトル。キント。ロック。セヴン。オクト。ノーナ。ディカ……」
瓦礫で築き上げた十の墓を前に、狂人は血走った眼から紅い涙を流した。
「――神はやはり、殺すべきだった」
魔術によりその場で何が起きたかの全てを知った狂人は、独り憑りつかれたように研究に没頭した。
妄執は
幸い、
完品に近い素体なら三つあった。孤児を護るために創られた、男性型躯体が二基と女性型躯体が一基だ。
男性型のうち一基は主に狩りに使っていた
女性型の一基は孤児たちの世話役であり、ともに食卓を囲めるよう、本来不要な消化機関を有すように
今更一から造り上げている時間などは無かった。材料には事欠かないが、命の残量は心もとない。
神の軍勢による蹂躙後、国土は荒れ狂った
神を殺す方法を、形にする。
そのことだけに残り全ての命を投じる。
狂気の
失うものは全て失った。残るものも全て憎悪の炎に
そうして出来上がった器は三つ。
ひとつ――ありとあらゆるを喰らう、
この国に伝わる、守護獣の名を命に刻んだ。
ひとつ――神を斬り払う刀こそを器とした。
その
ひとつ――神を撃ち殺す銃を扱う器とした。
何故ならばどの文献を、神話を漁っても。神が銃を想像し創造した記述は一切無いからだ。
ならば神を殺すには相応しいだろうとそれを錬成する術式を刻み、それに相応しい名を与えた。
しかしそこまでだった。
起動に必要な最低限の動力すら足りず、だから狂人は信じるしかなかった。
呼吸機関は正常に作動している。この大気中の
最低限の知識は全てインストールした。名とともに
きっと。
きっと、彼らは目覚め、私の代わりに神を討ち滅ぼしてくれると――
願ったまま、狂人は果てた。
「――っ」
「おはよ」
彼が目覚めたのは、それからどれほど経った頃かは知れない。何故なら狂人がいつ果ててしまったのかの記録が無いからだった。
目覚めた彼の傍には彼女がいた。この国の守護獣である“山犬”の名を、“神殺す”という命題とともに刻まれた幼気な少女だ。笑みを絶やさずに、愛らしさを振り撒く様相の彼女だ。
「……もう一基は?」
「いないよ。どこか行っちゃったみたい」
「そうか――」
そこには彼と彼女の二人しかおらず、狂人の遺した神を斬り殺す刀の器も無かった。だから彼は、一番目は先に目覚め、既に行動を開始したのだと考えた。
「どうして」
「え?」
「お前は――」
「独りより二人の方が楽しいでしょ?」
「――お前は、そういう奴だったな」
えへへ、と笑んだ彼女を見遣って起き上がった彼は、狂人が彼のために
黄昏のような色彩の彼にとてもよく似合う、宵闇のような軍服だった。
「お前、名前は?」
「名前? 山犬ちゃんは、山犬ちゃんって言うよ」
「この国の守護獣の名か。護れなかったと言うのに、実に大層な名前だ」
煤けた建物から瓦礫の地面に躍り出た二人は、国の中央に聳える王城を目指す。
「ねえ、あなたは? あなたは何て名前を刻まれたの?」
「――ノヱル」
「ノヱル?」
「そう――
“
遠く、名とともに刻まれた呪詛がこだまする。
撃鉄のようにガチリと落ちては頭蓋に響き、心を蝕んでいく。
「――煩い。己れは、己れの生きたいように生きる。だからあんたは、何も言わずに見守っていてくれ」
「え?」
「……何でもない。行こう、一番目のことも気がかりだ」
◆
「――煩い、言われなくても分かっている。天獣は、天使は、神は全て棄却する。己れたちはそのために創られ、生まれたんだからな」
睨み付け、そして狙いを付けた。
次弾は既に装填済みだ。これまでの戦いをもとに、
(まずは、一発――)
ズダンッ――
「ヒオオオオオオオ!」
「煩い、黙れ」
続けざまに放った弾丸は、しかし天獣の左肩を掠めて虚空に消えた。
「ちっ――」
構えを解き、ノヱルは走り出した。天獣が炎を放射する体勢に入ったからだ。そのままの立ち位置では、後ろに庇う山犬に攻撃が向いてしまう。今の彼女の
「ふっ!」
跳躍すると、瓦礫の地面を翡翠色の炎が舐めた。
ごるりと回転しながら膝立ちになると、その体勢のまま銃を構え三発目を撃ち出す――胸に着弾する前に交差した剛腕に防がれた。この距離と弾丸の形状から考えて貫通はしていないだろう。
「またか!」
再び三つの眼から翡翠色の炎が噴出する。三条の炎の渦は天獣が顔を向けた方向に一直線に伸び、ノヱルはそれを躱すために走りながらも銃口を天獣へと向ける。
ダズンッ、ダズンッ!
連射された二発のどちらともが天獣の剛腕に吸い込まれた。頭部はおろか胴体に当てるのですら、あの剛腕を先にどうにかしないと分が悪い。
「
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