銃の見做し児③

 カイトの天獣三体が、空中を翻りながら散開し彼に襲い掛かった。

 爆発音を轟かせながら撃ち出された実包は、真っ直線に中央の天獣に向かい、命中の直前でその中に溜めた散弾の粒を放射状にばら撒く。


「ッ――!」


 天獣の一体が声なき叫びを上げ、肉厚の体表にいくつもの小さな孔が生まれる。

 しかし面として拡散された力は、点として集中した力よりも劣る。天獣は地面を蹴って飛び上がると、入れ違いで残り二体の天獣が彼を両側面から強襲した。


「くっ!」


 後退バックステップした彼は猟銃シャッセを縦に構えると、砲身を持つ左手を下――銃把グリップ方向へと滑らせた。がしゃん、と音が鳴り、ポンプアクションにより排莢と次弾の装填が行われる。


 ダズムッ――やはり面での銃撃は、防御力や耐久力の比較的強い相手には効果が薄い。カイトの天獣は天獣と呼ばれる分類カテゴリの中ではそれでも脆く弱い存在だが、それでもやはり人間よりは硬く、そして強いと言えた。


「ッ!! ッ!!」

「ッ――ッ!!」


 そして新たな天獣も瓦礫と雪の積もる戦場へと舞い降りた。

 カイトよりも大きく、翼を持たずに飛翔することからより上位の存在だろうと予測する。


 紛れもない異形――先程より交戦するカイトの天獣もそうだが、明らかにそれよりも常軌を逸した輪郭かたちを誇っている。

 筋骨隆々とした男性の上半身が、消波塊テトラポッドのように腰元で連結している。下肢の代わりとなっている三つの上半身は地面を向いているが、その上に伸びる上半身は彼と彼女とを三つの眼で睨みつけており、そのそれぞれに翡翠色の炎が勢いよく揺らめいている。


 その後ろには、新たな三体のカイトの天獣のはばたく姿。それを見上げた彼は、実に忌々しそうに舌を鳴らした。


「――こちとら実証不足だっていうのに随分な歓迎だな」

「どれぐらい食べれるかなぁ」

「……やる気があって助かるよ」


 一際大きな溜息を吐いた彼は、猟銃シャッセを構えなおす。


「それ、まだ使うの?」

「まだ弾が残ってる、勿体ないだろ――山犬、予定変更だ。前に出ろ、己れは後方支援に徹する」

「うわぁ、かっこわるーい」

「世の中にはな、しょうがないことだってたくさんある」

「まるで世界を見てきた風に言うね、生後一時間も経ってないのにさ。でもでも了解だよ、えへへ、たっくさん食べれるぅ!」


 言うや、彼女は駆け出した。最も近くにいた天獣は直線距離で12メートル、5メートルほどの高さに浮いていたが、少女は涎を垂らした笑顔のままで走り、身を翻して迎撃態勢を取ろうとしたそのカイトの天獣に跳躍一つで肉薄した。


「どこにしようかなぁ――首肉セセリはさっき食べたしなぁ……」

「――ッ!」


 空中で正面からしがみつかれた天獣はしかし、翡翠色の炎を灯す眼窩を見開くとその下にある口から同じく翡翠色の炎を噴出した。

 目の前にあった少女の頭部が碧緑に燃え盛る業火に包まれ、降り頻る雪は高熱で溶けて水蒸気が辺りを薄く白める。


 しかし少女は死なない。焼け焦げた肉色の肌は徐々にもとの白い柔肌へと回帰し、再び艶やかさを取り戻した唇はにぃと笑みの形を作る。


「頬肉、行こう」


 開かれたピンク色の口腔、その先端に光る白い歯列。上下に一対ずつ尖った犬歯が、先程炎を噴き出した口の傍に勢いよく突き立てられた。


「――ッ!?」


 ぶみちっ――首を振って噛み千切る姿は肉食獣の食事風景そのままだ。しかしその絵面は、異形の獣を幼気いたいけな少女があまつさえ空中で喰らっているという、何とも理解しがたいものとなっている。

 だからこそそれを遠くで眺める彼は、その様子の有り余るものおかしさに苦笑せざるを得なかった。そしてそれは、眼前の事態に呆然としていた天獣たちの怒りを誘発した。


「ニンゲン、コロス!」

「おお、あんたは喋れるのか——別にどっちでもいいけど」


 ガシャン――排莢と同時に装填が完了し、上半身の天獣の怒号とともに突撃を開始したカイトの天獣を短い跳躍の連続で躱した彼は、最後に襲い掛かってきたカイトの天獣の横っ面に散弾をぶち込んだ。

 至近距離から打ち込むと肉の内側で弾が爆ぜ、カイトの天獣の頭部は打ち込まれた反対側に大きな穴が空いた。内容物と思われる肉色の飛沫が崩れた建物の壁面に赤黒い染みとなる。


 ガシャン。


「――二連装なら面で撃って動きを止めて、なんて出来そうだな。後で改良するか」


 ズダンッ――群がり仕掛けてくる二体の天獣には面の銃撃で牽制する。散弾の威力は散らばってしまえばひとつひとつが細かい粒で天獣には致命傷にはならないものの、その衝撃は動きを止めるには十分な威力を持っている。


「山犬! いつまでも喰ってるんじゃない!」


 彼が彼女に吼えたのと同時に絶命して炎と散った天獣から飛び降りた少女はダダンと着地を決めた後で、真っ赤に濡れた口元を袖口で拭った。その顔はうっとりと輝いており、幸せそうな溜息を吐いては次の標的を見定める。


「そーは言っても、天獣くんは今食べておかないとほら、死んじゃったら無くなっちゃうから」

「食い意地の権化が」

「それ、人間に向かって“この人間が”って言ってるようなものなんですけどー」


 がし――真横から突出してきたカイトの天獣の突き出された頭部を、少女は右の掌ひとつで押し留めた。

 天獣の突撃速度は時速にすると80キロメートル程度はあった。それはその天獣の最高速度であり、また身体の大きさからすると重量もそこそこある。

 その天獣の突撃するエネルギーは凄まじいものだっただろう。100キログラムの物体が時速80キロメートルで突っ込んできたのだ。だから、それをただ右の掌ひとつで止めた彼女の力がどれほどのものだったのか――実に馬鹿げていると言えよう。


「ねぇ、山犬ちゃん今お話してるんですけど?」


 ぐしゃり――頭蓋を貫いて五指が突き刺さり、そして振り向いた彼女は今しがた握った天獣の頭部を力任せにぶん投げた。その力に耐えきれなかった天獣の身体は、首の部分で千切れ、千切れた傍から炎になって消え散った。


「……相変わらず、馬鹿みたいな性能だな」

「んー? でも寝起きだから半分くらいだよ?」

「はっ――笑えねぇ」


 苦笑を吐き捨てた彼は、残弾数の尽きた猟銃シャッセを棄却する。

 そして再び右腕の周囲に魔法円を展開し、次なる銃の召喚の準備に入った。


「山犬、今度は連携だ。“銃の見做し児ガンパーツ・チルドレン――騎銃カラビニア”」

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