とある転生者の「ゴール」

味噌わさび

第1話 転生先

 俺は今まで幾つもの世界を転生してきた。


 ある時はいわゆるファンタジー世界の魔王、ある時は裏ですべてを牛耳るギャングの若きリーダー……まぁ、とにかく、何度転生してきても大体悪役だったのだ。


 だが、俺はあらゆる転生先で、悪逆の限りを尽くしてきた。俺に逆らうヤツは許さなかったし、相手を奴隷にしてやったことも何度もある。


 俺がそんな感じで好き放題してこられたのは……俺は転生することがわかりきっていたからだ。


 つまり、どんな危険な状況にあっても、次の転生先がある。だから、俺は臆することなく好き放題してこられた。


 そして、俺はこれからも好き放題して、転生を続けていく。それが俺の存在意義だからだ。


 だが……どうにも今回は拍子抜けだった。


 俺が転生したのは、平和な時代の平和な国の学生だった。遠い記憶……それこそ、転生を始める前、俺が過ごしていた時代、国の学生だった。


 俺自身が学生であった記憶もあるが、あらゆる世界、時代を渡り歩いてきた俺にとってはどうにも物足りない感じだった。


「……はぁ。まったく……こんな平和じゃ、俺が好き放題できないじゃないか」


 俺は学校へ行く道を歩きながら、これまでの記憶を思い出す。俺に対して命乞いをするもの、俺に土下座して謝罪をするもの……その哀れな表情を思い出すだけで、笑いがこみ上げてくる。


「……あぁ。早く次の世界に転生したいなぁ」


 俺はその時完全に周囲を注意していなかった。次の瞬間に響いたのはけたたましい警報音……クラクションの音だった。


「え?」


 次の瞬間、強烈な衝撃と、鈍い、しかし、耐え難い痛みが俺を襲ってくる。


 何かにぶつかった……これは……トラック?


 そして、さらにその後で、俺は思いっきりその場から吹き飛ばされた。


 地面に叩きつけられ、さらに激痛が走る。しかし、同時に俺は理解した。


 ……これで、転生できる、と。


 意識はすでに消えかかっていた。地面には血が流れている。周りには人が集まってきた。


 大丈夫だ……心配する必要なんかない。どうせ、俺は転生できるのだから。


 そう思ってそのまま目を閉じる。次の瞬間には別の世界に転生できている、というのがいつものパターンだ。


 俺は、そう確信していた。が、次に聞こえてきたのは……けたたましいクラクションの音だった。


「え?」


 それと同時に、すさまじい衝撃と、耐え難い痛みが襲ってくる。俺は何かにぶつかった……何に?


「……トラック、だと?」


 俺が信じられない気持ちのままに、そのまま吹き飛ばされる。そして、地面に叩きつけられる。


 地面には血が流れ、周りに人が集まってくる。


「……ま、まぁ。偶然だろ。同じ場所に転生するってことも……なくはないだろう」


 ……いや、いままではそんなこと一度もなかった。転生すれば間違いなく違う世界、違う時代、違う場所だった。


 それなのに……なんで? そんな疑問を感じながら、俺は目を閉じた。


『プォォォォォン!』


 聞き覚えのあるけたたましいクラクションの音……そして、感じたことのある衝撃と、痛み。


「……俺、また、トラックがぶつかってきて……」


 俺は地面に叩きつけられながら、理解する。俺は……転生できている。転生自体はできているのだ。


 しかし、その転生先が……たった数秒前。


 同じ世界の、同じ場所の数秒前。


 つまり……トラックが俺にぶつかってくる数秒前……数秒前にしか転生できていないのだ。


「う……嘘……だろ?」


 信じられない気持ちだったが、今俺の身体から流れていっている大量の血液も、全身の痛みも間違いなく現実である。


「だ、駄目だ……ここで意識を失ったら、また――」


 しかし、無情にも俺は意識を失ってしまった。


 そして、聞こえてくるのは、聞き慣れたクラクションの音。


 衝撃。激痛。そして、薄れていく意識と光景。


 ……もしかして、転生をすることを望まなければ、このループから抜けられるのでは?


 何度目かの転生のときにはそう思った。


 しかし、それは同時に、俺自身の完全なる終わりを意味しているじゃないか。それなら……転生を諦めることなんてできない。


 俺は結局、転生を諦めることも、かといって、ループを抜け出すこともできないのだ。


「……あ。そうか……ここって……」


 そして、数十回目の「転生」の時、地面に叩きつけられると同時に、俺は唐突に思い出した。


 ここが……俺の転生のスタート地点だったことを。


 普通の学生だった俺に、トラックがぶつかってきて、転生が始まったのだ。


 つまり、俺は数多の転生を経て、スタート地点に戻ってきたのだ。


 スタートから出発して、戻ってきたのならば、そこは「ゴール」である。


 つまり、ここが俺の数多の転生の先にある「ゴール」なのだ。


 「ゴール」に到達してしまえば、どこにも行けないし、行くことはないのだ。


「……あはは……そうか。やっと、俺、ゴール……したんだ……」


 奇妙な達成感を覚え、俺は、そのまま意識を失った。



 もう、クラクションの音は聞こえない。

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