第1章

 定期テストは面倒だ。数学ではやっかいなベクトルが。英語ではいつ使うのか教師が答えることができなかった仮定法が猛威を振るう中で、公民のテストは心の休まる時間だった。いままでの常識がそのまま点数につながるので、あやふやな用語をきちんと覚え直すだけでよい。


 問4 1~8の空欄を埋めよ。(各2点)

 二〇二五年、男女ともに結婚できる年齢は1( 18 )歳に引き上げられた。もともと古い法律の改正というだけでなく、2( MAIパートナー )が高い精度で使われるようになったからである。2は3( マイナンバー )に紐付けられた個人情報とさまざまなSNSで集められた個人の情報を、相性のよい相手を紹介するためだけに4( 総務省 )が作り出したサービスである。はじめのうちは多くのマッチングアプリサービスと近いものだったが、二〇二六年の統計で離婚率の低さと5( 出生率 )の向上が見られたため、多くの地方自治体が好意的に導入することとなった。2を用いて結婚相手を探したい場合、6( SHarP )と呼ばれる相性のよいパートナーを紹介してくれる機器を用いることが一般的となった。6は市役所や県庁などで、1歳以上が無料で利用できる。

 法が施行された二〇二五年以降、2を利用できる年齢が成人という認識が高まっているが、利用は強制ではない。しかし、従来の恋愛による結婚は毎年割合が減り、今年二〇五〇年の四月には7( 5 )パーセント以下となっている。2は日本だけでなく、8( 中国 )等でも利用されている。


 授業を聞いていれば、あるいは新聞やニュースを気にかけていれば、時事問題で悩むことはいっさいなかった。公民の担当教師であり、僕たち二年九組の担任の糸川先生はいつもわかりやすく説明をしてくれたので、ここの問題の九組での正答率はほぼ一〇〇パーセントなんじゃないだろうか。

 六十分間のテストでもっとも悩み、そして結局空欄のままで提出をしてしまった問題がある。


 問5 二〇一〇年代と現代の結婚に関する考え方について、意見を二百文字以内で記述せよ。(プラス十点)


 このプラス十点というのは、糸川先生の趣味のような問題でつけられるものだ。百点満点プラス十点なので、書かなくてもいい。でも、高校二年生の僕たちにはもう他人事ではいられない内容だ。あと二年もたたないうちに結婚を迎える年齢になるし、SHarPを使うことだってできるようになる。サジェスト・アンド・ハピネス・ユア・パートナーデバイス。略してシャープ。僕が中学生のころねえちゃんが使って、結婚する予定だった相手を見つけてくれた機械だ。


 他の定期テストであれば、テストの終わりは達成感と憂鬱が半分はんぶんくらいになるものなんだけど、一学期の期末テストは違う。夏休みがやってくるからだ。登校日はあと十日あっても授業は午前中だけになるし、気分はすでに夏休み。僕だってそうだ。

「どうだった?」

「まあまあかな」

 最後の化学のテストは、暗記した範囲と中和滴定をしっかりと理解していたので悲惨な点数になることはないだろう。まあまあと言っているが、智は百点じゃないだろうなあ、という程度でそう言うので僕とはだいぶ見ている高みが違うのである。机を並べて弁当を食べながら、今日の放課後は何をしようかと言った夏の予定があちこちから聞こえてきた。

「智のまあまあは信憑性ないからね!」

「じゃあみっこはどうだったんだ?」

 僕と智と一緒に弁当を食べているのは女子だ。今庄(いまじょう)実佳子(みかこ)。栗色の髪の毛に着崩した制服。でも不良というわけじゃないし、争いを呼び込むことの決して無いクラスのムードメーカー。百五十センチもない小柄ながら、百八十センチを超えている智に対してツッコミができる女房役である。といっても、二人はただの幼馴染であって恋愛関係にあるわけではない。

「私は……。また化学と数学おしえてよ」

「おいおい、みっこ追試かよ!」

 クラス中に聞こえる声で智が笑うと、実佳子とほかいくつもの弁当を食べているグループから睨まれるのがわかった。

「これだから失恋大明神は」

「みっこかわいそうだよ。まだ採点中なのに」

 空気の読めない智と、近くにいるとうれしい実佳子。みんなはどっちの味方なのか調べるまでもない。僕まで睨まれたくないんだけど、そもそも僕は彼らの中では智と実佳子のおまけ程度にしか思われていないだろうからなあ。

「はいはい拝むんだぞお! ご利益あるからなあ!」

「誰が拝むかっ! ばかっ!」

 お調子者がツッコミを入れると、クラスは笑いに包まれた。いつもの九組だった。ちなみに失恋大明神というのは智のあだなだ。僕が目撃した、委員長の浦崎さんの次はテニス部の樺島さん。吹奏楽部の柚木さん。剣道部の築木さんと築木さんのひとつ上のお姉さん。先月はバレーボール部の中原さん。次々と女子に恋人になってほしいと告白をして、断られ続けている。僕が知っているこの学校の女子は以上だが、ほかにも何人か恋愛関係になりたいという告白をして断られているらしい。いつしかその噂は広まり、ついたあだなが失恋大明神というわけ。

 智に落ち度があるわけじゃない。ただ、恋愛に対して興味を持っている高校生が五パーセントしかいないからだ。偶然、行動力があるイケメンの智が恋多き男子だっただけだ。


 テスト最終日は、昼休みのあとにホームルームがあり、面倒だからと糸川先生が答案用紙の返却と回答例の配布があった。

「九組の平均点が七十三点で、学年で一番だったぞ。俺はうれしい」

 僕の点数は七十二点だった。平均点には届かなかったけど、ほぼ平均点だし、よしとする。明日からは憂鬱な答案返却期間がはじまるから、本当はその間に公民のテストを返してもらってテンションを維持したかったんだけど。

 答案を見返すと、できたと思っていたところは出来ていたし、無理かなと思ったところは運もなく間違っていた。白紙のままで提出した記述欄には、糸川先生の字でひとこと「結婚がいいというわけでもないから」とフォローが入っていたので、僕の本心まで見透かされていたんじゃないか。

「さてと、直接出かけるか?」

「いや、いったん家に戻ってからでいいかな?」

「私も着替えたいよお。汗びっしょりだもん」

 水都中央高校から自転車で二十分のところに智の家の神社がある。同じ中学校の実佳子も神社のすぐ近くに住んでいる。でも僕は結構遠い。電車に乗って家に帰り、原付きに乗って智の家の神社に行くまで一時間くらいかかる。

「じゃあ、三時に集合!」

 ホームルームが終わると、日直だった実佳子につきあって日誌を置きに教務室までついていった。テスト期間も終わったので、生徒の立ち入り禁止がとかれている。今更興味は無いけれど、どの先生の机の上にも答案用紙が山になっていた。

「おう、ありがとな」

 ドアのところで実佳子が日誌を糸川先生に手渡すと、僕たちは玄関に向かおうとした。

「そうだ、ホームルームで言い忘れていたんだけど、明日うちの組に転校生くるから」

「転校生、ですか?」

 糸川先生が右手をサムズアップして、校長室のほうを指示していた。

「そ。東京から来た女子だ。お前たちも仲良くしてやってくれ」

「はい!」

 智が選手宣誓をするくらいのきれいな姿勢で返事をした。

「おいおい、御崎はほどほどにな」

 僕と実佳子からは失笑が漏れた。糸川先生も智が失恋大明神であることをしっかりと知っている。なぜか僕と視線が合った先生はいたずらっ子のような笑顔を見せて、明日のお楽しみということで、とドアを閉めた。


「転校生だって。この時期にね」

「うちの高校に転校してくるってはじめて聞いたよね」

 智と実佳子は転校生に興味津津だった。夏休みの直前だ。ずいぶんとおかしな時期に転校だとは思う。でも事情は人それぞれ。それよりも実佳子の言うとおり、水都中央高校に転校してくるのはすごい。いちおう県で一番の進学校だ。僕もさんざん勉強してやっと合格できた偏差値の高いところに、難しい編入試験をパスしてやってくるのだからよほどの才女なのだろう。智くらい頭がいいのかな。

「昔のラブコメだと、転校生ってだいたいヒロインになるんだよな……。よし」

「何がよし、だよ」

「環。お前のターゲットは決まったぜ」

「そうだね、いいかも」

「いやいや、顔も名前も知らない相手をターゲットにしちゃ駄目だって」

 えー、と二人は揃ってブーイングをする。

「運命の相手はだいたい主人公の知らないところにいるのなんだって」

「主人公って、僕は主人公ってガラじゃないよ」

「中肉中背で、部活にも入って無くって、成績も中の中。しかも俺みたいにエキセントリックな友達がいる」

 自分で自分のことをエキセントリックだなんて言うのかよ。

「でもさあ、環くんも気にはなっているんでしょ? 転校生」

「お、おう。どんな子かって興味はある。でもねえ」

「恋はいきなり始まるんだから、あんまり身構えてもだめだぞ」

 失恋大明神から、高校生の恋愛に対するありがたい訓示をうけたところで一旦二人と僕は別れた。


 黄色いベスパで国道を軽快に走っていく。自転車では僕の家から高校のある市内が遠すぎるということで、通学意外ではほとんど電車ではなくこの原付きを使っていた。結構楽しいよと智に言ったら、どうやらベスパは後ろの座席に王女様を乗せて二人乗りをするためのバイクらしいので、この夏の目標の一つにしている。

山の斜面に沿って石段が見えてきた。道路から引っ込んだところには駐車場があるが、車は一台もない。ベスパを端っこに停めると、はやあしで階段を登り鳥居をくぐった。社務所の前で二人はサイダーのペットボトルを片手に楽しげに話していた。

「来たよ」

「二時四十分。はじめようか」

 わざわざ外で待っていなくても良かったのに。境内の奥にある智の家に僕たちは向かった。大きな家の二階に智の部屋はある。部屋の中は整然としていたが、さまざまなノートや本が積まれた机の上が今にも崩れそう。今までに何度も崩れたところを僕は目撃している。テーブルを囲んで僕たちは座ると、智はノートを取り出した。

「それでは、これより失恋クラブ第八十五回目の戦略会議を始めたいと思います。礼」

「よろしくおねがいします」


 僕は智に恋愛を学んでいる。

 SHarPを使った結婚が当たり前の現代、わざわざ恋愛をしたいというのは中学生くらいまでの妄想であり、将来をきちんと考える高校生にほとんどその選択肢はない。しかし、失恋大明神とまで呼ばれた智は違った。

「生き物の本能は、生殖して子孫を残すことだ。他の動物がどんな感じなのかはわからないが、人間は感情をもっている。つまり、恋をせよって神様は言っているんだ」

「神様って、どの神様なの」

 はじめて僕が智に恋愛の講義を受けた一発目。どうしてか同席した実佳子がするどいツッコミを入れたことばかり覚えている。物心がつく前からの幼馴染は、家族同然の存在だ。

「そりゃあみっこ、お前よお」

「私?」

「そうじゃない! 別に俺は絶対的な神様がいるとか、そういう話をしているんじゃなくてだな……」

 優等生も実佳子相手には簡単に論理を破綻させてしまう。確かに、はじめて僕が智に恋愛を教えてくれと頼んだときに食いついてきただけあるのだ。

「悪の道に落ちないように、私も行って指導したげる」

 実佳子は本当に恋愛に興味がなく、自分よりも優しくてお金持ちでハンサムでユニークで、「智とは正反対の人」と結婚するつもりだと将来を語っていた。でも、それって智のことなんじゃないかな? そんな感じで始まった恋愛のレクチャーは、週に二回ほど。この社会のシステムから、二十世紀から急速に移り変わってきた恋愛模様の歴史、古今東西恋愛作品の読書会や智による告白の実演まで、役に立ったといえばどうかはわからないが、なんだかんだで八十四回続けてきた。最終的な目標は、智も僕も運命の相手に出会うこと。

 運命の相手と出会い、結婚することが目標ではない。恋をして二人で幸せになれれば言うことなしだけど、双方が納得した上で幸せになることが容易な現代で、もっと高みを目指さなくては行けないのだ。

「今日のテーマは、転校生」

「来ると思っていたよ」

「智は単純だねえ」

 糸川先生が教えてくれたから、もしかして運命の相手になるんじゃないか、と智は勝手に思っていたのだ。僕だって……そりゃあ、ほんの少しは期待したけどね。東京から来たって、価値観が大きく変わっているとは思えない。この地方都市よりもずっと新しい考え方が広まりやすい場所なのだ。SHarPを使っている割合も水都よりも高いだろうし、僕や智のような田舎者を果たして相手にしてくれるのだろうか。

「転校生とまず仲良くなって、水都を案内できるポジションになれば可能性は一気に広がるぞ」

「環くんのバイクで二人乗りしちゃいなよ」

「夏祭りに行って、花火に行って、デートして」

「二人で旅行にいったり、星を見たりしたら最高だね」

「それで、再び転校するんだぜ。それを引き止めるように告白できれば最高だ!」

 智と実佳子はそれぞれ思い描く「転校生が運命の相手」シチュエーションを並び立てるけど、ちょっとラブコメすぎるんじゃないだろうか。

「僕たちよりも、もっと楽しい部活とかサークルの子たちと仲良くなるんじゃない?」

「わかってねえなあ! いいか、転校生は俺たちみたいないまいち何をやっているのかわからない放課後クラブに入るって相場は決まってんの!」

「嘘だね! 全国の転校生にあやまれ!」

 一時間ばかり僕たちの議論は白熱し……。

「それでは今日のまとめ。みっこ」

「はいはい。友達になりたい。異論は? ……ないね。では、今日はここまで。礼」

「ありがとうございました!」

 いよいよ明日、僕たちのクラスに転校生が来ると思うと、なぜか少し緊張した。


 空模様も学生たちの夏休みモードを察してくれたのだろうか。見事な青空がどこまでも。そしてお手本のような入道雲が、どんっ! とそびえ立っていた。

「夏来たよ……。暑い……」

 そんな天気なので、駅に向かう途中でも気温は三十度を超えている。道の左右からセミがみんみんとやかましい。それなのに、あと九日は半日だけ学校がある。「セミ・夏休み」だ。

 みんなぱたぱたとうちわで扇いでいる。教室にクーラーはついているけど、朝練で汗をかいてきた野球部サッカー部剣道部合わせて四人が教室温暖化を招いているので涼しくない。

 一時間目は糸川先生が臨時のホームルームの時間とした。転校生が来る。しかも東京から。なにより女子。一昔前であれば、教務室の扉から何人もの男子生徒が覗き見たそうだが、今どきだれもやっていなかった。廊下はクーラーがないからね。

「おまたせ。今日はみんなにお知らせがあります。転校せ……。落書きをするな!」

 糸川先生が黒板を見れば、「ようこそ水都中央高校へ」「みんな楽しい2年9組へようこそ!」「失恋大明神」といろいろと転校生を歓迎する言葉がたくさん書いてある。わざとらしく糸川先生はため息をつくと、それを消すこともなく再び僕たちの方に向き合った。

「急な転校で、九月までと短い期間しかいないそうです。なので、夏休みとちょっとの期間だけ、このクラスの仲間になります。どうせ誰かから漏れていると思うけど、東京から来た女子だから、しっかりといろんなことを教えてもらうこと! その土地の人にしか教えられないことはたくさんあります。高校二年生の夏なんだから、一緒に青春するんだぞ。入ってください」

 先生は時折古臭い「青春」という言葉をよく使うが、僕たちはもう慣れていた。ガラっ、とドアを開けると、見慣れないグレーのブレザーを着た少女がゆっくりと入ってきた。全員の視線が彼女に向けられる。黒くて肩よりも長いまっすぐな髪はつややかだった。リボンのついた髪飾りがアクセント。整った目鼻立ちなのに、クールというよりも優しそうな表情だと思ったのは、緊張しているだろうに、彼女の表情は柔らかそうだったから。

 なんだか学園ドラマに出てくる女子高生のようだ。僕たちとはやっぱり違う感じがする。すた、すた、と先生の横に並ぶと、身長はあまり高くないように見える。でも、スタイルがよくって小柄には全然見えない。

「お……おはようございます」

 凛とした声が第一声、朝の挨拶をした。

「おはようございます!」

 その礼儀正しさに、僕たちは、運動部はその場に立ち上がって返礼をする。びくっ、と彼女は驚いたが、どうやらこのクラスのノリを正直に受け取ってくれたみたい。こんどはとびきりの笑顔で、名乗った。


「転校してきた、玉置(たまき)晴波(はるな)です。水都中央高校のみなさん、どうぞよろしくおねがいします!」


 はきはきとした自己紹介を誰も聞き逃しはしない。そして、全員が。

 僕の方を向いて「嘘だろ?」という顔をしていた。

 僕も「嘘だろ!」という顔をしていただろうし、転校生のタマキ・ハルナも「嘘だろ……」という動揺を隠せずにいた。


 糸川先生は、人の名前がなんであれ、決してからかったり笑ったりする人ではない。二者面談の時に、先生は一人ひとりの名前の由来を聞いて、それぞれが名前を大切にしているかどうかを確かめているというので知ったのだった。

 だからって、僕 榛名(ハルナ) 環(タマキ) と、転校生の 玉置(タマキ) 晴波(ハルナ) を同じクラスに、しかも僕が前ハルナが後ろの席順にする必要は悪ふざけだと思った。名簿番号順に自己紹介をする中でも、全員が僕のほうをちらっと見るのだ。

「榛名環です。えっと……、」

 自己紹介をしようとして、僕は真後ろに座るハルナとはじめて向き合った。栗色の大きな瞳が僕を見上げて、とても不思議なものと品定めしているように思えてきたので、「よろしく」としか言えなかった。

「御崎智です。家は神社です」

「よっ、失恋大明神っ!」

「うるさいな! 部活はしていません。高校生のうちに恋愛をして、運命の出会いができるように日々訓練しています。よろしく。あと、ハルナさんが環と結婚した場合、ハルナ・ハルナになるのか婿にタマキ・タマキを迎えるのか気になっています……いてっ!」

 後ろの席の男子にこづかれると、冷えた笑いが起こったが、すぐに静まった。智がそれを言わないでいて欲しかった。ハルナのほうを振り返ると、あきらかに愛想笑いを僕に向けていたのだ。


 その日の授業は四時間目で終わったが、三人の教師が僕とハルナが同姓同名? であることで驚いていた。智のようなことを言う人はいなかったけど、びっくりするよね。 

「ねえ、ハルナさん。放課後は暇? 水都はじめて? 部活は?」

「えっと」

「どうして水都に来たの? 東京の学校のことを教えてよ!」

「それは」

「九月で帰っちゃうの? ハルナさんってとってもかわいいから、ずっといてほしいな」

 授業が終わるたびに、数名の女子がハルナの机の回りを囲って口々に質問をしていた。僕の机もそのエリアで、トイレに立てないくらい混んでいた。教室をやっとの思いで出ると今度は別のクラスの友達は知り合いから

「環と同姓同名の女子が来たって本当か?」

「もしかしておまえが転校生ってことはない?」

「環ちゃんかあ。女子だと名前のイメージかわるなあ」

「ばーか」

 どうやら情報が錯綜しているらしいが、九組で本物のハルナを見てくれればその誤解はなくなるだろう。誰に対しても、楽しそうに答える姿はすでにクラスに溶け込んでいるように見えるし、すでに僕の机は占拠されたうえに並び替えられて昼食会の会場になっていることだろう。


 弁当の袋を持って僕が向かったのは、屋上だった。スポーツは禁止されているが、お昼を食べるくらいは勝手にどうぞという寛大な先生たちの考えで、鍵は生徒でも開けることができる。普段であれば上級生や運動部員がたむろしていて僕みたいにあまり目立たない生徒が行くこともないのだが、屋上の床で目玉焼きが作れるくらいに直射日光で熱せられたエリアにわざわざ行く人が今日は誰もいなかった、と智からメールが来たのでたまには夏っぽい場所で食べることにする。実佳子はクラスの女子とお昼を食べるので、智と二人きりだ。

「みっこは多分、玉置さんといっしょに食べてるんじゃねえの」

「かもなあ」

 屋上でもわずかな日陰に体操着袋をクッションにして腰掛けた僕たちは、ホームルームでのできごとを思い思いに話し始めた。

「糸川、わかっていて環と同じクラスにしたよな」

「わかっていてって?」

「面白いから。それに、そっちのほうがクラスのみんなも玉置さんに声をかけやすいと思ったんだろ」

「かもねえ」

 サケの切り身ののっかった弁当箱のご飯は、自然の熱で暖かくなっていた。

「玉置さんさあ、すっげえかわいいな」

「うん。僕もそう思った」

 かわいい優等生。僕と智の共通見解だ。しかし、いちいち僕が呼ばれているようでむず痒い。

「いつの間にか慣れるだろう。そして、慣れた頃には転校しちゃうんだぜ」

「九月までだもんね。本当、変な転校だよ」

 智は何やら、考え事をしているみたいだった。多分、昨日計画した転校生との計画がすべて流れてしまったからじゃないだろうか。そうだようなあ。僕も、こんななんとも言い難い転校生が来るなんて思っていなかったから。ハルナだってきっと面倒な人がクラスにいると思っているのだろう。

「環はどうしたい?」

「どうしたいって?」

「同姓同名ってなんとなく逆境だけど、やってみようと思う?」

「はぁ? 今更何言ってんだよ」

「今更だって? ようやく始まったんだぞ。ものすごくいいきっかけになったじゃないか。俺はチャンスだと思うね。出会いは微妙というかマイナスから一気に、っていうところが」

 バカか!

 弁当を食べ終わった僕たちは、暑くてやっていられないから教室に戻る。廊下にも人の姿は見えず、クーラーの偉大さの前に人は無力だと思い知らされるのだった。

「環がその気がないのであれば、俺が行っちゃうぞ」

「また告白するの?」

「だって、かわいいじゃないか。玉置さん」

 そりゃあ、そう思う人はたくさんいると思うけど、実際に告白したいって思うのは少数じゃないかだろうか。憧れる相手と将来結婚できる可能性はほとんどゼロなんだし、ハルナはハルナで似合う相手もいることだろう。告白して恋仲になりたいというのもわかるけどさあ……。

「お前、失恋大明神だってことを知られたらもいうチャンスもないんじゃないの。自己紹介の時に茶々も入っていたし」

「大丈夫だろ。新しい学校で、まわりもみんな知らないんだからさ、今教室にいない俺のことを気にする余裕はないって」

 智の言うとおりだな、と教室のドアを開けると、「あっ、失恋大明神来たよ!」と誰かが叫んだ。いったい誰が教えたのだろう。クラスの女子に囲まれたハルナは、ばっちりと智の方を向いていて、はっきりと「失恋大明神」と口が動いたのが見えた。


 ショートホームルームが終わると、ハルナは押し寄せる人の波にさらわれるように下校してしまった。これでは水都の街を案内するなんて、どだい無理な話だ。

「ねえ、今日も暇だよね?」

 かわりに声を駆けてくれたのは実佳子だった。

「暇、だけど。みっこは玉置さんと行かなくていいの?」

「いいの、いいの。私はみんながハルナちゃんを連れ回して疲れたなあ、ってタイミングでそうだよねえ、って仲良くしに行くつもりだから」

 策士だった。

「ハルナちゃんがハルナちゃんだったから、昨日の計画全部駄目になっちゃったじゃん。だから、考えなおさないとね」

「そうだな……、みっこから僕たちに声をかけてくるって珍しいね」

 いつも智が決め打ちで予定を入れてくるし、まれに僕が提案をすることもあるけれど、実佳子からはもしかしたらはじめてではないだろうか。

 まだ早い時間だったし、夏休みに入ったから晩ごはんも食べに行きたいねと行っていたので、僕は直に智の神社に向かった。別に未成年の飲酒をして騒ごうというつもりはなく、夜が遅くなるのでベスパで出かけるのがいやだったからだ。

 外はとにかく暑いのに、神社の境内は涼しいのは大きなヒノキやナラノキが木陰を作っているからで、毎日のように草むしりを智のお父さんがしているので風が吹き抜けて涼しいくらいだ。

「転校生は残念だったけど、俺たちはかねてよりの計画を実行しようと思う」

「そうだね。僕ははじめから転校生に頼るつもりはなかったけど」

「環くん、強がらなくてもいいのに。それで、何からやろうか?」

 誰も参拝客のいない石段に座って、智がノートを取り出した。

「まず絶対に外せないのは花火。次点で夏祭りだね。芦原まつりはもう終わっちゃったから、水都まつりかな」

 信濃川、そして阿賀野川。悠々と流れる大河がふたつも海に流れ込む街、ここ水都では水辺にちなんだお祭りが夏のあいだにいくつも開かれる。僕たちが期末テストでひいひい言っているあいだにも、芦原神社のまわりに沢山の露店がならぶ芦原まつりに智はひとり繰り出して、ナンパを試みたそうだ。ナンパという死語はいまや犯罪と紙一重の行為として使われているため、智は一貫して「出会いを求める」と言っている。

「夏休みだから、遊園地行きたいよね。せめて水族館とか。環くんは?」

「僕は水族館がいいなあ」

 遊園地は水都にないので、県外に出なければいけない。市内にある水族館と違い日帰りが難しいので、そこそこ仲良い相手がいないとそもそもなりたたないだろう。

「水族館、実は俺行ったことないな」

「マジで? おまえ本当に水都市民?」

「失敬な。いいじゃないか」

「昔から智はそういうのに興味がないんだよねえ。ね、それなら私と行ってみる? ペンギンいるよ?」

「なんでみっこと行かなきゃいけないんだよ」

 さらり、とそういうことを言ってしまうのが智の失恋大明神たる所以だ。

「二人でじゃないよ。環くんも。それに、もうひとりくらい女の子誘ってさ」

「ダブルデートだな! すげえ行きたい!」

 でもそのハードルはとても高い。失恋大明神を気にせずに水族館につきあってくれる暇な女子が、果たしてまわりにいただろうか。

「水族館も決定で。そうだよ智、文化祭の準備をやろうって言ってたよね」

「もちろんだ。文化祭準備とくれば青春の山場……だけどなあ……」

 先週まで、やる気の塊だった智が、文化祭に食いつかない。どうしたものだろう。

「環、わからない? 文化祭。いつあるか」

「秋分の日でしょ?」

「そ。それで、玉置さんが九組にいる期間は?」

「九月いっぱいだよね。それが……、あっ」

「気づいた? ハルナちゃんはちょうど文化祭の時期に転校してきたんだよ。もう、彼女メインで行くよね。私たちのクラス、占い喫茶をやるんだよ。メインはハルナちゃんにするでしょ!」

 はじめは失恋大明神がいるからと誰かがふざけて言い始めた企画だったが、思いのほか票をあつめてしまい、紆余曲折を経た結果「占い喫茶」に落ち着いたのである。天真爛漫でよく見知ったクラスメイトよりも、あまり面識のない転校生のほうがほどよくズバズバ言うことができると僕は考えた。

「だよねえ。玉置さんはずっとそっちに出ているかあ」

 転校生がいても、いなくても。僕たちの計画が大きく変わることはないのかもしれない。


 青春真っ盛りな夏休みの予定はこのくらいにして、僕たちは水都の新町に繰り出すことにした。長大な大河と運河によって後天的に島になったエリアの繁華街は、まわりに高校や大学が多く点在することから高校生が出歩いても危険ではない。ボウリング場やゲームセンターもあるが、僕たちはその奥にあるさびれたお好み焼き屋さんに向かっている。

 新町の中を縦横に結ぶ運河に沿って柳の並木がさわさわと風に揺れている。明治に開口した大きな港町であり、ガイドブックでは水都を勝手に東洋のベニスと呼ぶこともあるくらいだ。西堀と呼ばれる大きな堀から辻を一本うつればアーケード街。黄色いのれんが太陽で焼けてほとんど店名を読み取ることの出来ない店に、僕たち三人は入っていく。入り口をくぐったとたんに、ソースと油ものと鰹節の混ざった香ばしい香りに包まれた。

「いらっしゃい……、失恋クラブの三人か」

 カウンターの向こうで話しかけながらも、キャベツを切る手を止めないのは僕たちの担任である糸川先生だ。担任の実家の飲食店に通う生徒なんて考えにくいとは思うだろう。しかし、なかなかここは居心地がいい。実家では先生面をまったくしない、気の良いアラフォー独身である。いつも必ずいる、というわけではないのけど、学期末だしテストも終わったしで、先生がいるような気がしていた。

「学生セット三つ! 俺は豚玉」「めんたいチーズ」「魚介をお願いします」

「あいよ!」

 三人で来ると必ず全員が別のメニューを注文する。ここのお好み焼きはシェアしてもかなり大きなものであり、四人で三つ、くらいが丁度いい。

「食べていくのは良いけど、三人ともおうちには言ってあるんだろうな?」

「ええ」

「はい」

「あっ」

 先生は無言で店の外を指差した。帰れということではない。家に連絡をしてこいという合図である。僕の帰りが遅いのを心配するのはもっぱらばあちゃんで、通話でしか連絡ができないのがやっかいなところだ。焼き上がりまでまだ時間があるし、と一旦店を出る。夕日も沈み活気が出てきたアーケード街には大勢の人たちが行き交っていた。水都中央高校の制服もちらほら見られる。他の高校の生徒もみんなすでに夏休みに突入しているようなテンションで、足取りは軽そうだ。

ばあちゃんは気をつけるんだよ、とだけ言うと電話を切った。そのくらいであれば電話の必要もないと思うんだけれど、こういうところは先生らしい。人通りも増えてきたなあ、と思いながら店のドアに手をかけた瞬間だ。

「あれ、榛名環、くん?」

 僕かどうか少し疑問の残る声で話しかけられる。

「玉置さん」

 お昼に見て以来のハルナだった。制服姿で、日中はあんなに暑かったのに汗をかいている様子は見られない。

「一人なの?」

 悪気もなしに僕が話しかけると、眉を立ててなにか抗議しようとして、ため息をかわりについた。

「そうなんだよ。学校を案内してくれたみんな、部活に行っちゃって。学校のまわりをうろうろしてみて、ここにたどり着いたんだ」

「なんだよみんな薄情だな」

「違うよ! 何人からも今日晩ごはん食べよう歓迎会しようって言われたし!」

「ふうん」

 それに関して、僕は特に疑っているわけではなかった。ハルナと仲良くなりたいというのは男子も女子も一緒だ。ただ、進学校ながら部活動に一生懸命なうちの学校の校風的に、転校生との時間のほかにきちんと部活動をしなくてはという使命感でそっちに行ったのだろう。誰かがハルナの歓迎会を開くと思っていて。

「たぶん、明日にはクラスみんなでの歓迎会の連絡が来ると思うよ」

「どうしてわかるの?」

「どうして……って言われてもなぁ。九組がそういうクラスだからとしか。そうだ、玉置さんご飯まだなんでしょ? 食べていく?」

 僕はドアを開けてみせた。空腹にはたまらない香りがアーケードに広がる。我慢ができなかったのか、ハルナは「いい?」と確認を取りながら一歩を踏み出していた。


「なにこれ、カレーの味がする!」

 悪名高き? 失恋大明神と実佳子と、ついでに担任もいるという不思議な店だったが、学生セットの唐揚げを食べてハルナはとっても満足そうな表情を見せた。水都のなかでも新町唐揚げはなぜがカレー粉をまぶして揚げている。僕の誕生日やクリスマスには鳥の半身を揚げた大きなカレー味の唐揚げが食卓に並ぶのが当たり前だったが、局所的すぎて全国的には全然知名度がないそうだ。

「わたし、水都にはお米しかないと思ってた……」

 確かに水都は日本一の米どころ。そして他の食材の平均レベルは高いものの、どうしてお米以外の影は薄い。だから、そのギャップにハルナは驚いているみたいだった。

「食べてるかあ?」

 山盛りの唐揚げはみるみるまに減っていき、先生がお盆に乗せた豚玉を持ってくる頃には一人一個ずつしか残っていなかった。

「先生、豚玉は一つですよ」

「いいんだよ。ぼくも食べる!」

 隣のテーブルからひとつ椅子を拝借し、お誕生日席に陣取った先生は一応有料(百円)のコーラを人数分持ってきて、全員の前にサービスだと並べてくれた。

「玉置さん、ようこそ二年九組へ。あらためて、乾杯!」

 先生は勝手に音頭をとって、強制的に乾杯をした。ちん、とグラスがぶつかる音はちょっぴりと歯がゆい感じがする。

「まあ、先生の中でも糸川先生はいい先生だから、ね?」

 実佳子がフォローをしてくれるが、僕たち三人ほどハルナはまだ打ち解けていなかった。当然か。

「先生ひどいですよ。熱いうちに食べてね」

 ハルナに分厚いお好み焼きを切り分けながら、僕は今日一日の苦情を申し立てる。

「ひどいって、ああ、榛名と玉置さんを同じクラスにしたってこと?」

「そうです」

「玉置さんが嫌だって言うなら他のクラスに動いてもらってもいいんだけどな。でも、ぼくは名前がどうであっても関係ないだろと思ってる」

 先生は僕とハルナを交互に見ながら、見事な手際で二枚目の豚玉を五等分にしてくれた。

「そりゃあ、今更って感じですけど」

「わたし、九組で良かったと思っています」

 お世辞のようにハルナが先生をフォローすると、やったあ! と実佳子がハルナに抱きついた。こういうところで仲良くなるのがうまいんだよな、実佳子って。

「それに、榛名環さんがいたって、おかしくないと思っていたし。まさか同じクラスメイトになるとは思っていなかったけど」

 そう言ってくれると僕もほっとする。なにせ相手はかわいい転校生。僕が一方的に悪者にされるんじゃないかと内心ひやひやしていたからだ。

「誰も気にしないだろ。それが俺たちのクラスだ。玉置さんがよければ、卒業までずっといたらいいよ」

「お前が言うな!」

 もぐもぐと智が言った。

「俺も、からかわれはするけどクラスメイトの一人として認めてもらっている。と思う」

 それは間違いない。バイタリティの塊のような智は、空気が読めなかったり暑苦しかったりはするけれど、仲間はずれにしたり無視したりなんてことはできない。だって友達だから。

「御崎くん」

「はい! なんでしょう!」

 いきなりハルナに名前を呼ばれて、機敏に姿勢を正した智に先生は吹き出した。

「その、失恋大明神って……」

「あっ、ハルナちゃん教えてもらわなかったんだ~?」

「うん。あだなだよ、って。えっと」

「今庄実佳子だよ。みっこって呼んでね」

 美味しいものをみんなで囲みながら、しめやかに歓迎会は続いていった。先生がつきあってくれたのは豚玉一枚で、めんたいチーズが焼けるころには会社帰りのサラリーマンが入ってきたのでふたたびカウンターの向こうに戻っていく。

「……今どき告白して恋愛してって、面白いよねこいつ」

 味方ができた実佳子は、どんどん自分の幼馴染をいじっていく。

「わたしも今まで見たことないよ。でも、良いんじゃない?」

「良いって?」

「だって、昔は自由恋愛だったんだし、禁止されているわけでもないから……」

 はあ、と何故かハルナは深い溜息を吐いた。転校初日で疲れたのだろうか。

「わかってくれるか同志・玉置ハルナ!」

 智は嬉しそうにハルナの右手を両手でつつんでぶんぶんと振り回す。いや、迷惑だから。僕は無理やり智を引き剥がす。

「そんなに失恋ばかりして、辛くないの?」

「失恋?」

「御崎くん。何度も何度も、自分の好きって気持ちをゴメンナサイされて、辛くないの?」

「辛いさ。大いに辛い。しかし、人間は恋をする生き物なんだ。俺は本能に従って生きていきたいよ思うんだ!」

 それは、誓いの言葉だ。僕にもほかの人にも、智はなんどもそう語っている。店のお客さんの何人かがこっちを向いたが、気にする人はいない。

「辛い……けどね。みっこも環もいつもありがとうな……」

 智が失恋をすると、一週間ほどなぐさめ期間が必要である。まったく面倒でかなわないが、勇気を出した智は素直に尊敬できるし、失恋こそが恋愛成就の良い教訓だから、と強がっている。実佳子にだけは決して見せない涙を僕には何度もさらけ出していた。

「さっき、先生が失恋クラブとか言っていたよね」

「うん。僕たちいちおうサークルで、先生が顧問なんだ」

「うっそ! 本当にクラブなの? 失恋クラブぅ?」

 ハルナは今日一番の驚きをしていた。僕と実佳子も仲間というところにびっくりしているらしい。

「SHarP研究会って変な名前つけてるけど、みんな失恋クラブって言ってるなあ」

 実佳子も特に否定はしなかったので、ますますハルナは混乱している。

「僕もそうだよ」

「そうそう。この夏の第一目標は俺も環も恋愛成就ね。第二目標は失恋すること」

「第二目標で失恋なの?」

 この時のハルナには理解できなかったかもしれない。でも、失恋には恋愛成就と同じプロセスを踏む必要がある。なによりも、運命の相手と出会い、告白をすること事態ハードルがすごく高いんだ。十分な目標だと思っている。

「僕たちは、高校を卒業すれば結婚ができるよね。MAIパートナー制度の言うとおりにすれば、程度はどうあれ幸せになることができるんだ」

「それなら、どうして三人は失恋クラブなんて作ったの?」

 間違いなくハルナは興味を持っていた。僕たちのちょっとした青春への憧れを、眩しく感じたのかもしれない。

「運命の相手と出会ってみたいから、かなあ」

「環よく言った!」

 智は肩を組んできて、良い夏にするぞ! と具体性のない目標を叫んでいる。実佳子だってきっと、秘めたる想いを伝えたいと願っている。

「ハルナちゃんも良かったらおいでよ。恋愛はともかく、普通にあちこち遊びに行くからさ」

 実佳子もすっかり失恋クラブらしさが出てきていた。あるいは女子一人だけで退屈だったからとっさにハルナにそう声をかけただけなのかもしれない。

「わたし……」

 盛り上がる僕ら三人に向き合って、ハルナはとんでもないことを言い出した。

「わたしも、運命の相手にめぐりあいたいな……って思ったこと、ある」

 おっ? と驚く僕たちの向こうで、先生がかつてない怖い表情を浮かべていた。

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