セオと僕のゴール

加藤ゆたか

ゴール

 西暦二千五百四十五年。人類が不老不死を実現したのは五百年前のことだった。それから僕は五百年生きて、今はパートナーロボットのセオと変わらない日々を送っている。



「今日はタロ、いないなあ。」

 僕と並んで河川敷を歩くセオが、チラチラと河原の方を見ながら言った。

 僕とセオは休日によく一緒に散歩する。タロは今日のように河川敷を歩いている時、たまに会う女性に散歩に連れられている犬の名前だ。

「タロに会いたいのか?」

「ううん。別にそういうわけじゃないけど、いたら楽しいと思って。」

 セオが道ばたに生えている僕の腰くらいの高さまである草を手で払う。草はバサッと音を立てて揺れたが、また元の位置に戻った。何枚か葉が落ちて散らばる。

 今日は天気が良く気温も丁度いい。川の近くは高い建物も何も無いので空が広く見える。ここ数日は雨も無いので川の水も穏やかに澄んでいるようだ。チョロチョロと水の音が聞こえている。

「ねえ、お父さん。この川はどこまで続いてるのかな? 見に行ったことある?」

 パートナーロボットのセオは僕をお父さんと呼ぶ。

「そういえば無いな。いつもそこの橋までだ。」

「今日はその先まで行ってみない?」

 セオの案に乗るかどうか僕は少し考えた。確かに今日みたいな日はいつもと違うことをやりたくなる気持ちがある。ただ天気が良いというだけなのだが、きっと特別な休日になるような予感があった。

 セオは足下の石を拾っては河原の方に放り投げていた。セオも僕と同じように、今日の散歩をいつもの散歩で終わらせるのは勿体ないと思っているのだと思った。

 まだ日も高いし、少し散歩が長くなっても大丈夫だろう。

「よし、それじゃ行ってみるか。」

「うん!」

 僕らはいつもの川から離れる道を曲がらず、そのまま真っ直ぐに河川敷を進んでいった。川の方を見ると同じ川の続きなのに新鮮な風景のように見える。川の向こう岸の丘の上には等間隔で木々が並んでいる。

「あー、あんなところに公園があるよー。」

 セオが指さす方向に開けたスペースがあって、遊具のようなものとベンチが置いてあった。遊具と言っても子供が遊ぶようなものではなくて、体を伸ばしたり掴まったりできる健康器具のようなものだ。公園は綺麗に整備されているし、遊具も新しく作られたように見える。でもおそらく五百年前からこの町の景色は変わらない。建物も橋も僕らよりも早く寿命が来るので定期的に作り直されているのだ。

「今度またここ来ようね。」

 今日の目的は川の先を見ることなので、僕らは公園に長居せず通り過ぎた。

 やがて、また大きな橋が近づいてきた。この川はこんなに橋がいくつも架かっていたのかと僕は感心した。

 ところがいざ橋まで近づいてみると問題があった。この橋の上は鉄道になっていて人間が渡れるようにはなっていなかった。橋の向こう側にも道が続いているようには見えない。

「あれれ、行き止まり?」

「そうみたいだな。引き返そうか。」

「いや、待って、お父さん! さっきのところ下に降りれるようになっていたよ。そっちから回り道すればいいんじゃない!?」

 セオはよく周りを見ていたようだ。僕らは少し引き返して、下に降りる道を行くとその先はトンネルになっていて橋の下をくぐって向こう側にいけるようになっていた。

「ほら! あった! 進もう、お父さん!」

「はあ、わかったよ。」

 僕はもうだいぶ歩いたなと思っていたので、そろそろ帰ってもいいんじゃないかと言いたくなっていたが、セオが全然やる気なようなのでもう少し付き合うことにした。セオは新しい道を歩くのが楽しくなっているようだ。



 僕らは河川敷の上を川に沿って川下へと進む。進行方向に風力発電の風車が見える。

「あそこまで行ってみたいね!」

 セオはロボットなのでいくら歩いても全く疲れることはない。

 僕だって不老不死になってからは一番健康な状態の若い体を維持しているのだが、体力がものすごいあるというわけではない。普通の人間並である。何キロ歩いたのだろうか? もうこれは散歩なんてものじゃない。トレーニングと呼べるような、かなり重い運動になっていると思う……。僕の足はガクガクになっていた。

 やがて川幅が広くなっていって、遠くに海が見えるようになった。船が浮かんでいるのも見える。

「すごい。海まで来たよ。」

「……ああ。」

「これって川のゴールじゃない?」

「……そうだな。」

 目標にしていた風車は今、ベンチに座って動けなくなった僕の頭の上にある。遠くからはあんなに小さく見えていたのに、風車は想像よりもずっと大きかった。白い大きなプロペラがゆっくりと回転している。

「海、結構近かったね!」

「……そうか?」

 僕はしばらくここで休憩しようとセオに言った。

 僕がベンチで休んでいる間もセオは、海に向かって叫んだり、風車の周りをグルグルと見て回ったりしていた。

「今日は楽しかったね、お父さん。それじゃそろそろ帰ろっか。」

「ああ、そうしようか。」

 空はすっかり夕暮れである。セオが元来た道の方に歩き出した。

 ……そうだった。帰るということはまた同じ距離を歩くということだ。そう考えてしまったら僕の足は動かなくなった。

「大丈夫? お父さん。」

 僕は葛藤した。本当はバスで帰りたい。しかし、ここでセオに疲れたと言うのは恥ずかしいし、体力が無いと思われるのも嫌だった。……いや、セオはロボットである。僕がカッコ悪いところを見せたところで何とも思わないだろう。それでも……。

 くそぉ! 家に帰り着くまで僕のゴールは来ない!

「大丈夫だ、行こう!」

 僕は気合いを入れ直して再び歩きだした。

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セオと僕のゴール 加藤ゆたか @yutaka_kato

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