パリスの審判

@maco314

第1話

  水が乏しくとてもではないが野菜や果実を栽培するには不向きな土地でリンゴ農家をやっている男がいると知った。カラカラの土地で作ったにしてはとても美味しく人々は何故かと噂している。気になった僕はいても立ってもいられずそのリンゴ農家に会いに行った。みなさんはどうやって栽培していると考えるだろうか。重労働の結果水を引くことに成功したのか、便利な農薬を完成させたのか。答えはいずれもノーだ。僕の視線の先にいるリンゴ農家と思われる人何やらブツブツ言いながらリンゴらしき物を作っているではないか。勿論自分も食べたことがあるのであれがリンゴだと分かっているが。一抹の不安を抱えながらも男に話しかけた。

「どうやってつくってるんですか。」

疑問がそのまま口からででしまった。初対面でもその方法を教えてもらうためにたくさんシミュレーションをしたというのに。

「魔法だよ。見ての通りね。物珍しいかね。」

余裕げに見せかけているがリンゴを魔法で作ると言うものは難しいらしい。汗で服の色が変わってしまっている。

「僕にもできますか。」

「ああ勿論。科学の力を借りてリンゴを栽培するのと魔法でリンゴを生成するのなんか大差ないさ。」

いや大差あるだろとツッコミたくもなったが飲み込み自分も見様見真似してみる。するとあら不思議。リンゴが完成・・なんてことは起こらなかった。できたのは空気のキャンバスに赤の絵の具を垂らしたようなもの、よく言っても目をつぶって描いた絵ぐらいが妥当だろうか。

「それはね君の中のリンゴさ。君はリンゴの鮮やかな赤にとらわれて何であるか分かっていない。いいかい。リンゴというものはエネルギー61カロリー、タンパク質0.2グラム、脂質0.3グラム、炭水化物16.2グラム、灰分0.2グラム、カルシウムその他諸々含んでいる。そして神話では禁断の果実としてってとこれは知っているようだね。ちょっと話しすぎたみたいだ。まあとにかくそういうことさ。」

男はそれきり魔法について語ることはなくいそいそと農業に勤しんだ。そういうからくりだったのか。それならリンゴは出来損ないだったけどあれならできる。



 何年経っても忘れない。抱きしめた時の温もりや照れ屋なところとか。の癖にたまに爆弾発言をして僕の心臓をいじめてきたり。ほんとすべてが可愛かった。心臓に刻まれた最後の証は僕を過去に絡め取って離してくれることはなかった。だからこそできた。

「これでこの悲しみが最後の君の証じゃなくなるね。だってたくさん幸せだったのにこんなのないよね。」

そう、本気で愛してた僕だからこそ魔法で彼女を蘇させることができるんだ。


「私だけを愛して。」

リンゴのように頬を赤らめた君。きっとたくさんの勇気があっただろう。僕にとってはアーメンや聖歌よりも清く、もし有神論支持者ならば断言しただろう。

             彼女は世界一美しい神だと。



 「私だけを愛して。」

データからたぐり寄せたのだろうか。完璧にできた彼女もどきの台詞は呪言のようにのしかかり、僕の枠はぼやけていくように感じる。まるで空気のキャンバスに溶けたあのリンゴのように。とりあえず出来損ないのリンゴをあげておけば良いものか。


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