旦那様と眠りたい
ユラカモマ
旦那様と眠りたい
アメリアとワイアットは夫婦である。が、新郎新婦両家の仲は代々悪く、そのあまりの悪さに
「もうベッドに入るか?」
早くもベッド横で待ち構える夫にアメリアは口元を隠して頷く。そろりと寄ると額にキスを落とされた。
「今日は止めておくか。疲れただろう、眠ればいい」
そう言うとワイアットはさっと上着を羽織り部屋を出ていった。ポツンと一人部屋に残される。ほっとした気持ちと不安な気持ちが入り交じりなんとも情けない。
(明日からがんばろう、
翌日から立派な花嫁となるべく修行を決意したアメリアだがその道は易くはなかった。第一に花嫁の世話役兼教育係のケニー夫人、この人は非常に細かくきっちりしていないと気の済まない人でアメリアの書く文字一つ一つの形、色、大きさの一つ一つに一々難癖をつけ始めれば止まらなかった。第二に家風の違いである。アメリアの実家ジンデル家は自由で穏やかな家風だったので特別な事でもない限りのびのびと暮らしていたのだが、その点嫁ぎ先のブレスコット家は厳格で常日頃自由にのびもできない環境だったのである。そしてさらにもう1つアメリアを悩ませているもの、それは夜のアレの授業である。いかんせんワイアットはあの初夜以降夫婦の寝室に足を踏み入れないので耳年増になる一方で実践はまったくだ。そんな中同じく他家から嫁いで来られていてよく相談相手にもなってくださっている義姉のファビアン夫人が濃い色のビンを1本くださった。
「それならこれはどうかしら。私の極秘ルートで入手した特別なお酒よ。これを飲むと体がぽかぽかして熱~い夜が過ごせるって触れ込みの」
ふふ、とアメリアもクラっとする位艶っぽくいたずらっぽくファビアン夫人はほほえむ。
「ワイアット様は義理堅いから私からの贈り物なら飲まれるはずよ、がんばって」
決行は今夜、アメリアはファビアン夫人からの贈り物を抱えてワイアットの私室に乗り込もうと覚悟を決めた。
ワイアット様の私室は夫婦の部屋の隣である。だから遠くはないが今日まで何となく立ち入れずにいた。けれどいつまでも立ち止まっていては先に進めない。意を決してノックすると扉は案外すんなりと開かれた。
「ファビアン夫人から二人の結婚祝いお酒を頂いたので…せっかくだから一緒に頂きませんか?」
そう誘うとワイアットは少し考えるそぶりを見せたがお酒のラベルをぐるりと見てアメリアを招き入れた。アメリアは酒に詳しくないのでファビアン夫人に心の中でありがとうございますと叫ぶ。
「もうここでの暮らしには慣れたか?」
「…はい。まだ至らない点は多々ありますが」
「そうか」
アメリアはすすめられたソファに腰かけてワイングラスに注がれるベビーピンクを眺めながらワイアットと他愛もない会話をしていた。普通のようでまだ数えるほどしかないこの時間はまるで奇跡のようだ。気づくと持ってきたお酒の意味も忘れつい自分が多くを飲んでしまっていた。
(体がぽかぽかする…)
それになんだか体が重たい。隣に座るワイアットを見ると平然としているのに乗り込んだアメリアの方が先に顔を赤くしてしまっている。
「ワイアット様はどうして部屋を訪ねてきてくれないのですか? 結婚式の疲れならもう取れましたよ」
それに頭もぼんやりして口が軽くなっている。すりと体をすり寄せるとワイアットがアメリアの肩を抱き止めた。
「私はもう嫁いできたのです。あなたの子を産むのが私の使命です。先日は覚悟が足りず失礼しましたがもう大丈夫です、だから…」
「私と一緒に寝てください」
ぎゅ、とワイアットの服をつかんだ手が震える。お酒のせいだ。夫婦なのだから共寝しなくては、そして子を成さなくては、夫婦とはそういうものだ。けれどワイアットの答えは意外なものだった。
「不安にさせたのは悪かった…だが別に子を成すことだけが夫婦の務めでもないだろう。こうして共に過ごすときを楽しむ。それも夫婦であることの意義だろう」
ぱちくりと瞬きをするアメリアを胸に抱いてゆっくりとワイアットは語りかける。
「急に決まった婚姻だったから私たちには時間がなかった。互いを知る時間も心の整理をつける時間も。だから私たちは焦って次に進まなくてもいいと思う。夫婦であってもまだ私たちは始まったばかりなのだから。代わりにこれから共に時を過ごそう。そして夫婦になっていこう」
ワイアットの胸は温かかった。ふわふわと期待していたのとは違うけれど優しい温かさに抱かれてアメリアは眠りに落ちる。翌朝アメリアはすぐ横で眠る夫を見て悲鳴を上げた。
旦那様と眠りたい ユラカモマ @yura8812
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