揺れる国
熱帯雨林に続くボロボロの道を、小さな車が走っていた。2人乗りの小さな車で、運転席にはまだまだ若いツインテールの女性が運転しており、助手席には灰色の猫が座っていた。
「サクラ、疲れてるんじゃない?さっきから顔に疲労が見え隠れしてるよ。」
猫が喋ったが、サクラと呼ばれた少女はなんてことはないように気にせず返した。
「もう夕方だしね。この先に国があるはずだから、そこで休みたいな。」
「国がなかったらどうするの?」
「車の中で寝る。その時はシロ、どいてよね?そこ。」
「どかないって言ってもどける癖に…」
灰色なのにシロと呼ばれた猫は、ブツブツ不満を漏らしていた。
その時。大地が微かにだが揺れた。
「…この辺りは凄く揺れるね。先に行きたくなくなる。」
「ほら、あれじゃない?商人さんが言ってた、何とかいう生き物が揺らしてるんじゃない?」
「なんか言ってたよね。…確認出来なかったけど。」
「サクラがカモだと思ったんだろうね。十数人で襲いかかって来てさ。…阿呆だねー。サクラの銃の腕前も知らないで。」
「…私はそんな凄腕じゃないよ?たまたまお父さんに叩き込まれただけだし…」
「両手の銃で交互に合計10発打って10個の頭貫通させて10人を倒せるのを平凡だと思ってるなら、世の中のほぼ全員が素人だよ?」
「他人から見れば凄いのかもしれないけどね…お父さんと比べたら雲泥の差だよ。お父さんなら、5発の弾丸でおんなじ事が出来ると思うもの。」
「サクラ…比べる対象間違えてると思うよ。あと自己肯定感が壊滅的に無いよ。悪いとは言わないけど、ちょっと強すぎ。」
「そうかなぁ…あ、あれ!」
「うん?」
サクラとシロが見たのは、高く聳え立つ城壁だった。
その城壁は至るところで、大小様々に崩落していた。サクラは無言で嫌悪感を見せた。
そして今、入国審査をされているところである。
「我が国に入国ですか。えぇ、構いませんよどうぞ。」
一瞬で終わった。シロは
「もう少しきちんと検査しないの?サクラの腕前とか。」
と言い、サクラに蹴っ飛ばされていた。ニャ、という断末魔を聞いて、入国審査官は恐れ慄いた。至極真っ当な判断である。
そんなこんなで入国すれば、沢山の目線がうら若い旅人と灰色の猫に集中した。元々国の中では旅人は目立つし、サクラは祖国で一世を風靡した美女である。オマケに車もこの国ではあまり見かけるものでは無い。注目されない理由が無かった。
「…なんだか、落ち着かないね。私そんなに凄い人間じゃないのに…」
「サクラ、自分の立場と容姿、それから所有物と腕前をじっくり検討して考えてね。」
彼女らはひとまず国の中を観光していた。
“それ”は畑の真ん中を走っていた時だった。
「…!?」
その瞬間、サクラは悪寒を感じ、車を急ブレーキで止め外へ出てその場に伏せた。間もなく、グラグラと地面が揺れ始めた。それなりに大きく、遠くから建物の崩れる音が聞こえた。
10数秒ほど揺れた後、地震は止まった。
「この国は何とかいう生き物が沢山住んでいるのかな。全くねー…、サクラ、始末して来て。」
「無理だよ…何処にいるかわからないじゃない。」
ひとまず中心部へ引き返した。
中心部のビル群は、まるで悲惨だった。そこまで科学技術の発達した国では無かった為それほど大きなビルが無かったのは不幸中の幸いだろうが、何箇所かは全壊していた。どのビルも程度の差こそあれ被害を受けている。ビルから瓦礫が落ちて、それが直撃したのか頭から血を噴き出す死体があった。死こそ免れたものの、恐怖で動けない人もいた。もう動かない母親を泣きながら擦る子供もいた。
「中心部への打撃は深刻だね。こりゃ復旧に相当時間かかりそう。サクラ、やっぱり野宿になるね。」
「国に入ったのに車で寝るの…?もう嫌よ。ふかふかのベッドで寝たい…誰か…」
「はいはい、今の内に願望語って。」
そんな事を語っていると、道の先から見るからに高級そうな車が走ってきた。前後を軍の車両が挟んでいる。ちょうどサクラの車の隣に止まると、中から40代に見える男性が降りてきた。彼はそこにいるのが旅人だと気づいたのか、サクラに近付き声をかけた。
「旅人さんですね?私はこの国の大統領です。我が国へようこそ。」
「お邪魔しています。」
「大統領さん大変だねー。こりゃ復旧時間かかるよー?」
シロが聞くと、
「いえいえ、問題ありません。この状態にしておくのですから。」
「…?」
サクラが首を傾げる。
「あ、旅人さんは少々理解に苦しむかもしれないね。職業柄多くの旅人と触れ合ってきたから、この話が余り旅人に通じない事も分かっていますよ。」
「そうですか…。では、何故?」
「直さないと大変だよー?この状態は危険すぎるからね。」
「危険でも構いません。我々はこのままを維持します。というのも」
サクラとシロは興味深そうに耳を傾ける。
「直しても仕方がないからです。」
サクラはますます理解に苦しむようになった。
「仕方がないとは…?」
「ご説明しましょう。我が国は非常に政情不安なのです。数年前からいくつものテロ組織が活動をしており、一昨日も2つのビルが自爆テロで崩壊しました。そんな状態ですので、何度直したところで破壊されてしまうのです。それなら直すだけ無駄だということになり、法律で修復を禁止しました。」
「へぇー。そりゃそうなるよねー。」
「…」
「我々は賢い判断が出来ましたよ。その後、2年前ほど前から地震が頻発するようになりましたが、元々壊れているものが更に壊れたところで、大きな被害が出るわけがはありません。今回はこれまでより大きなものだったので少々被害が出てしまいましたが、それほど重傷でもありません。」
「おじさん、天才だね。惚れ惚れするよ!」
「…はぁ。」
「そんな訳で、我々は復旧を行いません。納得して頂けましたか?」
「…はい。ありがとうございました。」
「では、私は用事があるのでこれで失礼しますね。我が国の観光、楽しんで下さいね!」
大統領一行が去ると、シロが開口一番
「サクラ、今すぐこの国を出て。急いで。」
「…シロ?なんで?テロ組織に襲われるから?」
「そういう意味じゃない。というか、テロ組織に襲われてもサクラが負けることはないでしょ。」
「いろいろ言いたいけど…まあ置いといて、何で?」
「いいから、今すぐ!手遅れになる前に…」
仕方なく、サクラは一泊もせず出国した。
サクラは国を出て暫く車を走らせると、
ちょうど丘についた辺りで止めた。
「もう良いでしょ。何で出国させたの?」
「サクラ、あっち見て。」
シロが示した方角には、先程出国した国が見えた。
「あそこに一体何がっ…!」
まさにその瞬間、地震が来た。しかも、これまでとは比較しようも無いくらい激しい地震が。サクラは立てなくなり、地面に伏せた。目の前で、国が崩壊していくのが見えた。20秒ほど経過して、揺れはようやく収まった。サクラは立ち上がると、
「シロ…まさか…」
「あの国に行く時とあの国にいた時、地震があったでしょ。あれ、多分前震だよ。」
「前震…本震の前の揺れってこと?」
「そういうこと。大統領さんが話してた時、ふと思い出したんだ。」
「…あの国はもう…」
「多分駄目だよ、もう。だって、元々あれだけボロボロになってたんだよ?間違いなく被害は甚大だね。もう国として成立しないんじゃない?」
「…何であの国の人達に言わなかったの?」
「今更対策しようとしたところで無駄だって分かってたし。そもそも、多分あの人達に言ったって信じて貰えないだろうし。」
サクラは再び国の方を見た。先程の国は、もはや原型を留めていなかった。
「…結局今夜は車で寝ることになりそうね。」
「死ぬよりマシだよ。ほら、どこうか?」
「まだ走れるからいい。…いきましょ。」
「はーい。」
少女と猫は車に乗り込んだ。そして、車は砂煙をあげて走り出した。サクラは運転しながら、亡くなった人の冥福を祈った。
亡くなった人の中に大統領が、それも地震以外の理由…
テロ組織による刺殺…によって含まれていることを、
サクラは知らなかった。知る由も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます