その50 事故物件……?


 「こんにちはー。大家の永村ですけど、いらっしゃいませんか?」

 「管理会社の杉崎です、いらしたら玄関を開けてください」


 というわけで俺と杉崎さん、それと警官の三人で問題の部屋のチャイムを押して玄関をノックする。

 

 「あ……大家さん……」

 「ああ、お久しぶりですね染井さん」

 「うん。やっぱり出てこない?」

 「そうですね……こうなったら仕方ないか……」


 何度かチャイムと声掛けをしたけど返事はなく、俺はマスターキーを使って中へ入ることを決意。ゆっくりドアノブを回し、ドアを開けると電気はついておらず、薄暗い廊下が見えた。

 このアパートは2LDKなので奥にリビングがあり、その途中に部屋が左右にひとつずつという間取り。


 「……お邪魔します」


 染井さんをその場に残して家の中へ入る。

 時刻は午前、さらにウチのアパートなのにここが異質な空間に見えてしまうのは、異常事態だからだろうか? この先にあるのが遺体とかだったらかなりへこむ……そう思いながらリビングへ向かうと――


 「誰も居ない……?」

 「いや、住孝君あそこを見ろ……!」

 「え? ……ああ!?」


 杉崎さんが指さした先にはソファでぐったりしている夫婦の姿があった……!


 「だ、大丈夫ですか!?」

 「これは事件の匂いがする……!」


 俺は警官と一緒に夫婦に声をかける。


 「ん……」


 肩を揺すると眉を顰めて呻いた。息もしていて、ふたりとも死んでいないことにまずホッとする。しかし、若干衰弱しているようで顔は青白い。


 「一体何があったんだ? すみません、起きてください!」

 「警察です、大丈夫ですか?」


 これは救急車を呼ぶべきかと思ったところで、旦那さんがうっすら目を開けた。


 「おお! 目が覚めましたか、いったいなに――」

 「うるさーい! やっと寝られたと思ったら……って、だ、誰ですか!?」

 「初めまして、私はこのアパートの大家で永村と言います。こちらの杉崎さんは契約時に会っていますよね?」

 「え、ええ……それに警察……?」

 「はい。この部屋が夜騒がしいという苦情を受けていると管理会社に通報があり、立ち合いでお邪魔させてもらいました」

 「あ……」


 騒音に思い当たることがあるといった感じで短く呻く旦那さんに、俺は質問を続ける。


 「お休み中申し訳ありません。付近の人がうるさいとの相談がありまして、睡眠不足のようですけど夜寝れていないんですか?」

 「あ、はい……」

 「それにあなた方夫婦以外の人が出入りしていたり、声が聞こえるとの話もあります。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 杉崎さんの言葉を聞いて目を泳がせる。

 しかし、警官もいることを考えて諦めたのか、


 「ここは妻が寝ていますのでこちらへ……」


 ため息を吐いて別の部屋へと案内され、リビングと違い掃除が行き届いたフローリングに座り込むと、旦那さんはポツリと話し始めた。


 「……実は、ここ最近僕の友人が夜、ウチへ訪ねてくるんです……そいつは学生時代、あまりいい関係じゃない人間だったんですが、ショッピングをしている時に話しかけられて……」

 「断ることは難しいんですか?」

 「すぐに暴力を振るうような人間なので、怖くて……情けないことですが、断って僕の見えないところで妻に何かされたらと思うと……」


 なるほど、少々気弱な人らしい。

 が、学生時代にいじめられていたりする人だと、萎縮してしまうことはあるので普段は違うのかもしれない。

 話によると、最近高い頻度で夜は泊まっていくそうなので襲われないよう徹夜をしているらしい。酒を飲むと叫んだりするため、それが近所に伝わっている、というのが真相のようだ。


 「そういうことでしたか。なら、その出入りしている人をなんとかしないといけないわけですね」

 「あ、あの、大変申し訳ないのですがそっとしておいてもらえませんか……? ぼ、僕が警察を呼んだと勘違いされたら暴れ出すので……」

 

 と、まだ消極的なことを言う旦那さんに、俺は神妙な顔で告げる。


 「お気持ちは分かります。奥さんを守らないといけないということも。しかし、現に近所からの通報があり、あなた方は被害に合われている。そしてここには警官が居る。チャンスだと思いませんか?」

 「……」

 「録音できるものなどを用意して――」


 警官がアドバイスを言おうとした瞬間、玄関が勢いよく開け放たれて染井さんの声が響く。


 「お、大家さん達! 駐車場で変な男が車に乗っている女性に叫んでいるんですけど!?」

 「なんだって!?」


 黛のことか!?

 俺は慌てて外へ駆け出して行った――

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