その32 異世界という認識


 「どうしたんだ、スミタカ?」

 「随分慌てているようだけど、その板がどうかしたの?」

 「興味深いですねえ」


 ネーラ達が驚いている俺に集まり口々に覗き込んでくる。別にみられて困るものではないけど、今の状況は流石に冷や汗ものだ。なんせ、異世界でスマホが使えているからだ。

 しかし、考えても答えが出るわけではないのでとりあえずログハウスについて確認をしてみると――


 「あ、そういうことか……」

 「どうしたの?」


 ネーラが俺の顔を見上げて覗き込んできたので、俺はスマホに書かれている記事を掻い摘んで説明する。すごく簡単なことだけど、伐採してすぐの丸太は水分を含んでいるためそのまま組んでしまうと、水分が放出され、ねじれや割れる原因になるらしい。特に表面が乾いても中心までは乾きにくいのだとか。

 他にも栽培関連なども載っている……このサンドムーンという人のブログは参考になりそうだな……ブクマしとくか。ぽちぽちとスマホをいじっていると、フローレが額に手を当てながら口を開く。


 「ということはしっかり水気を取らないといけないってことですね。しかし、見事に歪んでますねえ……」

 「異世界の樹だし、他に要因があるのかもしれないが、ヒビなんかはよくあることらしい。とりあえずこれはダメだな……すまないミネッタさん、俺の知識不足で」

 「うう……し、仕方がないのじゃ。スミタカに任せきりじゃからのう……」


 俺に怒っているよりも、ログハウスがダメになったことがショックらしい。すると、ネーラが覗き込んでいたスマホを見て声を上げる。


 「あ、一年くらい乾燥させたらいいらしいわよ? もしくは……自分たちで乾燥させればいいって」

 「いや、100度以上の部屋におかないとって書いているから難しいだろ。残念だけど来年まで待つしかないかなあ」


 とりあえずそれなりに伐採し、雨に濡れない場所に保管しておけばいいと思う。ミネッタさんには申し訳ないが、今のところは諦めてもらおう。


 「……ふむ、100度……小屋か……よし、私も少し考えてみよう。スミタカはそろそろ行かないとまずいんじゃないか?」

 「おお、そうだった! それじゃあ俺は一旦家に戻るよ、また夕方になったら来る」

 『じゃあ、送っていくわね』


 シュネが身を伏せて背中に乗れる姿勢を取った瞬間、何事かを叫びながらこちらへ向かってくるエルフが見えた。


 「あら、ポーラじゃない。そんなに慌ててどうしたの?」

 「探したわよネーラ! そっちの人間も! 昨日の畑がとんでもないことになってるんだけど!」

 「な、なんだって……? すまんシュネ、向こうから先に行こうか」


 俺達はベゼルさんを残し、新たにミネッタさんを加えて畑まで行く。


 「ええー……」

 「これは……」


 ――昨日確かに俺達は種を撒いた、肥料も撒いた。だけどこれはおかしいんじゃないか!?


 そこには収穫ばっちこい状態の熟れたトマト、黒光りするナスが生っており、玉ねぎの葉が空を突かんとする勢いでびっしり出ていた。


 「おお……野菜がこんなに……」

 「それにしても成長が早すぎるんだけど……食えるかな?」

 「大丈夫……?」


 不安げなネーラの言葉を背に、俺はそのまま食べられるトマトをちぎって服で拭いてから噛り付く。

 こ、これは……!?


 「美味い! 見事に熟していて、ご都合主義としか言いようがないくらい糖度もある。このまま食べて問題無さそうだぞ!」

 

 ほら、とネーラにトマトをひとつちぎって渡すと、恐る恐る小さな口を近づけ、目を瞑って噛り付くのが可愛い。


 「美味しい……! この赤い果実、初めて食べたけど本当に美味しいわ!」

 「ほほう、ワシにもひとつくれるか……うむ! こりゃ美味い!!」


 もう一人、呼んでくれたエルフにも渡すとやはり顔を綻ばせて噛り付く。フローレにも渡そうとしたのだが――


 「うふふ……太くて黒くて固いですねえ、実にいいお野菜ですよ」


 ――ナスを見てうっとりしていた。


 とりあえず時間がまずいことになってきたので俺はシュネに言う。


 「悪い、急ぎで頼めるか?」

 『お安い御用よ』

 「みゅー♪」

 「みゃーん」

 

 俺の手にあるトマトを取ろうと飛び掛かってくる子ネコ達を窘めながら、俺はシュネの背にまたがると、その場に残ったネーラ達に手をあげて挨拶をする。


 「それじゃまた後でな!」

 「気を付けてねー」

 「ああ。トマトはそのまま食えるから分けてもいい、よろしくな」


 もしゃもしゃとトマトを食べるネーラが手を振りながら頷いた瞬間、視界が動きシュネが走り出したことが分かる。今日は二つ回る予定だから急がないと帰ってこれないな……


 「っと、いつの間に随分なじんでいるな、俺」


 エルフ村に戻れるかどうかを無意識で考えてしまっていることに苦笑しながら仕事へ向かうのだった。



 ◆ ◇ ◆


 「……行きましたね」

 「うむ。しかし、見事なものじゃ。ろぐはうすとやらもこの畑も、我らエルフの希望になるぞ」

 「だけど、大丈夫ですかねえ……スミタカさん、魔法は使えませんけど力はここに居る誰よりも強いですよ? 征服されたりしません? 女エルフは全員襲われるとか、差し出せとか」

 「その時はその時じゃろうな。神の使いか悪魔の使者か……スミタカはあんまりそういうことを考えて無さそうじゃけどな」

 「そうですね。私も襲われなかったし……って、何で残念そうな顔をしてるのよ」

 

 別に、とフローレがトマトを毟ってかじる。

 その横でミネッタは、ワシらも変わるべきかもしれんな、と胸中で呟いていた――

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