母の一撃


 さて、家に置いて来た猫二匹が気になるけど私は本懐である夕飯の買い物のためスーパーへ足を運ぶ私。気合を入れるため髪を結び、自動ドアをくぐる――


 「キャベツと玉ねぎが安いわね。最近お肉やお魚よりお野菜高いから困るわ。『向こう側』より食料事情はいいけど、自分で狩ることができないからお財布にはきついわね」


 さすがにこの世界に生まれ落ちてから37年も経っているのでそういうものだと理解している。働くことで命の危険なく給料がもらえるここは素晴らしいと思う。


 「さて、それじゃメインを――」

 「ふうん、12時からサーロインステーキ特売ねえ」

 「「「……!」」」


 私が青果コーナーから移動しようとした瞬間、不意に近くの奥さんがチラシを手に口にした言葉を聞いて周囲に居た私を含めた主婦の耳が大きくなる。

 ステーキか……今日はお肉だと決めていたのでこれは好都合……


 「……」

 「……」

 「……」


 そう思い移動を始めると、狙いをつけた他の人も数人移動する。これは恐らくライバルであろう。買い物は戦いと、私のこちら側の母がいつも口にしていたものである。


 そして――


 「さーあ、いらっしゃいませいらっしゃいませ! ただいまより国産牛のサーロインステーキが100グラム500円! 今晩のお供にいかが――な!? も、もうないだと……!?」

 「……」

 「……」

 「……」


 母の時代は押し合いへし合い、怒声が飛ぶいわば激戦と呼べるものだったけど、今は物量はそれなりにある。立ち位置、獲物の位置、そして手の速ささえあれば目標をゲットできるのはそれほど難しくない。

 販売のお姉さんが驚愕した声を上げて再び在庫を出すが、まるで最初から無かったかのようにカートは空になっていた。


 「ま、毎度ありがとう……ございます……」

 

 後は汁物を作るための材料を買い、用事を済ませた私はスーパーを後にする。


 「結愛はお肉の油が苦手だし、ウルフあたりに回して……スリート達にもいい猫缶を買ってあげようかしら」

 

 そんな帰り道――


 「……あら? 子ネコ……?」

 「……」


 ――行き倒れ? の子猫を見つけた。


 「あらあ……汚いわね……息は、まだあるわね。これもなにかの縁か、とりあえず動物病院に連れて行かないと」


 買い物袋を左腕に下げ、右腕で子猫を抱いて胸元へ持っていき商店街にある動物病院へと向かい歩き出すと、

 

 「にゃー」

 「ひゃあ!?」

 

 子ネコが目を覚まして頭を胸に擦り付けて来ていた。


 「目が覚めたのね、ちょっと我慢しててね。すぐに検査してもらうから」

 「にゃーん♪」

 「あ、ちょ、そんなに顔を胸に埋めないの」

 「にゅふふふ……」

 「邪悪な気配!?」


 抱いていた子ネコが明らかに私の胸を揉みだしたので手首のスナップを活かして子ネコを地面に投げると、嫌な音と共に地面にへばりついてしまった。


 「あ、ごめんなさい!?」

 <ぐぬぬ……大当たりだと思ったのに……>

 「喋った!?」

 <し、しまった!? にゃ、にゃーん♪>

 「誤魔化せると思ってるの? ……あんた、前世はなにドラゴンだったのかしら?」

 <へ? お、俺はウインドドラゴンだった……けど、あんたは一体……?>


 なんと、探していたドラゴンがあっさり見つかり私は目を丸くする。


 「私は水守、かつてあんた達ドラゴンと戦った向こう側の人間、その生まれ変わりよ」

 <な、なんだと……!? 俺だけじゃなかったのか……>

 「ええ、あなたの仲間のドラゴンも居るわよ。恐らく全員この地にいて、私達はみんなを探しているのよ」

 <どうして――>


 私はウインドドラ猫に現状を話してあげると、興奮気味に背筋を伸ばして鼻を鳴らす。


 <へへっ、そりゃいいな。王国の人間に一泡吹かせるのはアリだ。俺達をこんな風にしてくれた礼はしてやらないとな>

 「決まりね。それじゃ、家に帰るとしますか!」

 <うへへ、お母さん……帰ったらお風呂に入れていただけるんですかね!?>

 「……そうね、旦那か息子が帰ってきたら頼もうかしら」

 <そんな!? 娘さんなら……。お?>


 なおも縋りつくウインドドラ猫を摘まみ上げ、近くにある電柱に手を置いてぐっと力を込める。

 

 「もし、結愛に何かしたら――」

 <……!?>

 「こうなるから、ね?」

 <はい……>


 とりあえず上下関係をはっきりさせた私は家へ帰ると、なにやら不穏な気配が漂っていることに気づく。


 「あら、家には誰も居ないはずだけど――」

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