一方そのころ母ちゃん達は
――休日の昼下がり、旦那と子供達が出かけている主婦はまあまあ忙しい。
「さて、お洗濯も終わったし、お買い物に行こうかしら」
<母上、落としていたぞ>
「あら、ありがと。スリートは連れて行っちゃったし、ファイヤードラ猫とお留守番しててね」
途中で落としていたらしいタオルを持ってきてくれたウルフちゃんを抱きかかえ干し、縁側に戻るとすっかり刈りあがった猫が尻尾を揺らしながら声をかけてきた。
<え、俺も?>
「お散歩に行きたいかもしれないけど、その恰好はちょっと怖いもの。石とか投げられるかもしれないわよ?」
<……やめとこう>
「賢明ね。それじゃ、なにかあったらこの板……スマホを貸してあげるわ、画面は出しておくからここを押してね」
<分かった。食い物と飲み物は……あるな>
「そんなに遅くならないから大人しく待っててね」
<ああ>
<美味いものを頼むぜ>
リビングにあるご飯を見て舌を出すファイヤードラ猫と、縁側の座布団の上で背伸びをするウルフをひと撫でしたあと、私は戸締りをして外に出ると商店街へと向かい歩き出す。
普段は車通勤なのでこういう時に歩いておかないと体がなまってしまうのよね。
「昨日は焼き魚だったし、今日はお肉かしらね。猫が増えたから餌代もかかるわあ」
とぼやきつつも、幸い私も旦那も稼ぎは悪くないので猫が数匹増えたところで家計にそれほどダメージは無い。前世では最悪な終わり方をしたけど、今世は最愛の人と結婚出来て修や結愛を産み、正直なところ幸せの絶頂というやつなのだ。
「……それだけに『向こう側』が鬱陶しいのよね」
鋼刃と出会ってお互いがお互いを知った時に、なにかあるだろうという思いはあった。願わくば子供たちにはなにもないといいと考えていたけど、修が勇者であったことを思い出したのでその願いはむなしく崩れ去った。
向こうには親兄弟は居ないし、未練はない。『扉』を閉じて干渉できなくすれば私達の億票は達成可能……そのためにはドラゴンの存在は不可欠なんだけど――
「修達は見つけられるかしら?」
「あら、神緒さん!」
「あ、山本さん」
待っていたかのように目の前に現れたのは、井戸端会議仲間の山本さんだった。
私や他の主婦よりも一回り歳が離れているけど、気さくな人で情報通なため皆仲良くさせてもらっている。……逆に言うとこの人にやっかまれると、あらぬ噂が立ちそうなだけなんだけど……」
「お買い物? もう、お宅のお子さん大きくなったから食費も大変でしょ? 隣の川向さんちなんて息子が引きこもりでどうしたらいいかっていつもぼやいているわ。あ、そうそう聞いた? 青木さんの家がね――」
でた……! 山本さんのマシンガントーク! 暇な時ならいざ知らず、忙しい時に巻き込まれると昼から夕方まで拘束され、もはや呪言ともいえる内容はプライバシーギリギリ。
ふむ、まあ今日は暇だから少しだけ付き合いましょうか。
「――それでしたら聞いてますわ、飼い犬のビート君が脱走を図ったけど、5メートルで旦那さんに捕まったアレですよね? 最近面白い話だと、上原さんの新しい彼氏、三日で逃げたらしいですよ」
「あら、それは知らないわねー。フフフ、さすが神緒さんね、相手にとって不足は無いわ。それならとっておきを出すしかないわ、三原さん、ついに浮気がバレたみたいで昨日大騒ぎだったらしいわよ? 私は見てないんだけど、灰皿は飛ぶわ怒鳴り声はあるわ警察がくるわで一時騒然とか。それと最近空き巣が目撃されているらしいわ、ばったり、なんてことが無いようにね」
そして――
「あら、もうこんな時間? ごめんなさいね、まだ洗濯が終わってないから帰るわ」
「ごきげんよう。そう言えば土倉さんを最近見てないですね」
「ああ、今は旅行中よ、そろそろ帰ってくるはずね」
まさか把握しているとは。
そんなこんなで山本さんは『それじゃ』と、満足げな表情で帰っていく。
「ふう……流石は山本さん、情報には事欠かないわね。しゃべる猫の話を誘導したけど無かったのは残念だったわね。事件の匂いも無し、か。向こう側の人間も慎重に動いているのかしらね?」
だいたい二時間ほどお互いの情報を交換して私は商店街に向かう。
もし土倉さんが居ればもう一時間は追加で話していただろうけど、幸いというか旅行中とのこと。彼女もなかなかの情報通なので帰ってきたら不思議なことが無かったか聞くべきね。
「さて、お昼はノッカーでパスタセットでも食べようかしら?」
――商店街に到着し買い物と昼食を済ませるかと足を進める。そういえばあの子達は大人しくしているかしらね?
◆ ◇ ◆
<……暇だな>
<いいではないか、部屋の中で過ごせるだけでありがたい>
<まあな。……おめえの元飼い主は残念だったな>
<仇はとった、冥福を祈るのみ。お前もその、毛が大変だったな>
ファイヤードラ猫とウルフがリビングのソファで身体を伸ばしながらのんびりと会話をしていた。特にやることもなく、構ってくれる真理愛も居ないため、水守が買い物に出てから即退屈していた。
<ま、これはいずれ生えてくるから大丈夫だ。……向こうに戻ったらドラゴンになれると思うか?>
<カイザーが戻れているから、あるいは……しかし俺は――>
と、ウルフが言葉を切り顔を上げると、庭へ目を向ける。そこで物音が聞こえたファイヤードラ猫が耳をピクピクと動かし、身をかがめて縁側へ
<……>
<賊か?>
<そのようだぜ、母親に連絡するか>
<そうだな。……む、ガラスの板が真っ暗になっているぞ>
ウルフが置かれたスマホに手を置いてペシペシ叩くがまるで反応が無かった。スリープモードになり、ボタンを押さないと表示されない状態になっていたからだ。
<チッ、俺達でやるしかねえぞ>
<よし、役に立つところを見せるチャンスだな>
二匹は人影を追い、忍び足で移動を始めた――
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