パラダイムシフト

 先行した部隊の状況を知って、万が一の状況も踏まえ、正面からの突入を避けた。それで勝手口かってぐちまで回り、思い切り扉を蹴破って侵入する。

 ぼくとジェシー。二人で室内のクリアリングを済ませて、初動はすんなりと上手くいった。


 次は中央に位置する玄関ホールへ向かう。あそこは屋敷内において、全体の経路を結んでいる要だからだ。

 その道中で幾つもの死体をまたぎ越え、血腥ちなまぐさいにおいが充満する部屋を通り抜けると、件のホールで先行していたフランシスに再会する。


 「フランシス、何があったの?」


 ジェシーは柔和な声色で尋ねる。それもその筈、フランシスは正気を失った様子で座り込み、同胞とおぼしき死体を眺めていたからだ。


 「その遺体は、まさかジョシュアなのか?」


 不躾ぶしつけにもぼくはフランシスへ質問する。死体の上半身が原型を留めておらず、まるでガトリングの砲撃に遭ったような死に方をしており、ジョシュア本人であると断定するには、相方の証言が必要不可欠だった。


 しかし、フランシスからの応答は何もない。だからジェシーに待機を指示して、ぼくは周囲を警戒しながら、死体の元へと近づいていく。


 「ジョシュアだな……」


 ぼくは死体のライフルスリングに繋がる。今作戦用の銃器を根拠に、コレがジョシュアであると判別した。彼の愛用していた。可愛らしい蛇のステッカーが何よりの決め手となって。


 「それで、キミは何をしている?」


 本当ならアイサムを追っていなければならない。自分の相棒失ったなら、尚更のことだ。


 「おい、フランシス。ちゃんとしろ」


 ぼくは五体満足なのを確認してから、フランシスの肩を強く揺さぶり、現実逃避を阻止しようと試みる。だが、フランスは首を傾げたまま立ち上がると、不可解な言動を繰り返した。


 「アイサム・ビン=ナーヒドは人間ではない!」


 その叫び声に呼び寄せられたのか、残存する敵どもに不意を突かれ、うつろなフランシスは撃ち抜かれてしまった。


 「チクショウ!」


 奇怪な踊りを披露するフランシスを盾に、敵が行うリロードのわずかな隙を見て、死角へ逃れていたジェシーと反撃に転じる。


 ぼくらは勢いよく間合いを詰め込み、速やかに一人、二人と撃ち返す。三人目に関しては何者かによって、遠方から狙撃されたことで脳漿のうしょうをぶち撒けるといった。悲惨な最期を遂げていた。


 『そんなに熱くなってらしくないぜ』


 見事な狙撃は、チャールズの仕業だった。


 『チャックか。助かった』

 『ありがとう。チャールズ』

 『早く上層のチームを支援してくれ。俺もバベルに指定された地点へと移動を開始する』


 チャールズにーー『了解』ーー意気投合した返事を送って、中央から伸びる螺旋らせん階段を駆け上り、三階の暗闇に包まれた絵画廊下を走り渡った先で臨戦態勢の味方と合流する。


 直線的で遮蔽物もない廊下。四対一という勝敗を決したような状況だが、いったいどういうわけか、ショーン隊長は仕掛けようとしない。最奥の相対している人物は、暗視装置越しだとシミのような物体認識になっており、人型の生き物であるという情報しか知り得なかった。


 「おい、待て! ソイツはーー」

 「グレネードを使用して、突破します!」


 ショーン隊長の制止を振り切り、他の隊員たちを押し除けて、ぼくは足早に仕掛ける。

 先ほどの道中で拾っておいた。テロリストの手榴弾を起点にすべく、両手で安全ピンを抜き取り、アンダースロー気味に投げつけた。

 そして、全員で廊下に並ぶ部屋のいずれかに飛び込み、それぞれで爆発をやり過ごした。


 「お前は間違いを犯したぞ」


 同室のスミルノフが口にした。

 その言葉の意味をぼくは思い知る。


 『クソ。助けーー』

 『なんだってんだよ』

 『ジェシー、お前だけでも逃げろ!』

 『嫌です! 隊長!』


 皆んなの断末魔だんまつまが頭の中で鳴り響く。ぼくは何か得体の知れない恐怖に脅かされ、思わずスミルノフへ詰め寄った。


 「いったい、何と戦っているんだ!?」


 その答えは姿形を伴って、隣の部屋から傍若無人ぼうじゃくぶじんに現れた。互いを隔てる壁を破壊し、こちらに向かって両手をかざす人型の兵器。


 「私も舐められたものだな。このような古典的なやり方で、暗殺者を差し向けられるとは」

 「アイサム・ビン=ナーヒドなのか……」

 「如何にも私がアイサムだ」


 アイサムは自己紹介を終えると、手のひらに備わる銃口から、一方的に射撃を繰り出した。何十、何百という音の連なりが、その攻撃の熾烈しれつさを表している。


 このまま黙って、死ぬわけにはいかない。


 ぼくはバベルの予見を頼りに、人間の限界へと挑戦する。無理矢理でも身体を起こして、アイサムから発せられる弾道を読み取った。そして、間一髪のところで迫り来る弾丸を避け切った。


 「うおぉおぉおぉおお……!」


 スミルノフも同様に底力を発揮する。人間離れした不気味な挙動を繰り出し、絶体絶命の危機を乗り越えていく。


 「生身の癖にしつこい奴らだ!」

 『二人とも、伏せて!』


 そこへジェシーが加わった。しかもアイサムの機能を無効化しようと、スタングレネードが投げ込まれ、不意打ちとして効果は的中する。


 「せええぇい!」


 ジェシーは意識が朦朧もうろうとする相手に、高度なCQCを発揮した。本来なら女性であれば不利な行動だが、予期せぬ戦法としてアイサムを窓際まで追いやると、世界をつんざくような重たい銃声が轟いた。


 『チェックメイトだよ。馬鹿野郎』


 チャールズの狙撃によって、アイサムの頭部は撃ち抜かれ、愕然がくぜんと機械的な身体が倒れ込んだ。


 ぼくらは上層部の言う通り、多くの犠牲を払って、インビジブル作戦を完遂した。ジョシュア、フランシス、セドリックにショーン大尉。

 実に我々の勝利とは言い難く、現場には重苦しい雰囲気が立ち込める。


 「隊長は私を庇って……」

 「そのお陰で敵のマークから外れた。俺とアーロンの命を救い、お前は作戦の決定打に至ったんだ」


 ぼくはジェシーとスミルノフのやり取りを尻目にアイサムの身体へ触れる。


 答えてくれ、バベル。キミは初めから、彼の秘密を知らなかったのか。何十人というテロリストの思考を侵しても、そのような情報は何処にもなかったのか。


 バベルは何も答えてくれない。だが事実として、ぼくらの戦いが真に終わったとは言えなかった。


 「アイサムに強化を施したのは何者か」


 ぼくはいぶかしげに呟いた。アイサム・ビン=ナーヒドは思想を持った悪党であったが、このような兵器を生産する能力には恵まれていなかった。つまり、何者かにバックアップされ、この超越的な力を得ていたはずだ。


 この規格からして個人というよりか、何らかの組織である可能性が高い。というのも強化人間は、各国でも日夜研究されている。先進国の軍事的な専門分野だった。


 「後悔させてやる……」


 アイサムの機体から発せられる。ひどい電子音声。さらにぼくの手首を引きつけ、地面に押し倒すと馬乗りになって拘束し始めた。

 自らの死を実感して、ぼくは生まれたばかりの赤子の如く、懸命に喚き散らした。


 「ぼくを置いて、今すぐ逃げろ! さあ、早く!」

 「そんな! 助けなきゃ!」


 スミルノフは仕方なく、ジェシーを引っ張り出して、いち早く館内からの脱出を試みた。テロ組織はこのような状況下において、高確率で自爆を行ってきたから、負け犬の遠吠えとは思えなかったのである。


 ぼくは何とか抵抗を続ける。アイサムほどの人物が殉教者じゅんきょうしゃともなれば、後世に渡って組織のプロパガンダに利用される。そのことを見越して、何としても阻止する必要があったのだ。


 「われわれはーー」


 アイサムは最期に何かを言い残したが、自分の叫び声で聞き取れず、そして爆散した。世界から音がなくなり、悠久の暗闇は訪れ、自らの言葉を失う。


 ぼくはこの時、確かに死亡したのだ。



◇◇◇◇


 真っ白なキャンバスを彷彿ほうふつとさせる、至って空虚くうきょな場所。気付けば、ぼくはそこに居た。

 自らの歩を進めているつもりでも、一切の境界線きょうかいせんがない影響で、果たして前へ進んでいるのかさえ分からない。そもそも、この見知らぬ場所から、何処を目指そうというのか。


 「ーー!」


 どうやら無響空間でもあったらしい。

 その証拠にいくら声を荒げても、言葉は何事もなく消失してしまう。まるで宇宙の彼方へ放り出されたような気分で、その場に為すすべもなくうずくまった。すると、奇妙な音が聞こえてくる。


 スーッ、ハーッ、スーッーー。


 自分の呼吸音だろうか。

 しかし、それだけに限らない。自身の支柱である骨全体が擦れる音から、高らかに脈打つ心臓の鼓動までもが聴覚全体を支配する。


 その自閉的な感覚に、ぼくは吐き気を催し、情けもなく涙した。どれだけ目蓋を閉ざして口をつぐみ、耳を塞いだとしても生命のざわめきは鳴り止まない。もはや、我慢の限界だ。


 自らの首を両手で圧迫させることで、この悪夢から抜け出そうと考えた。だが不思議と、それを実行するための気力が備わっていない。


 ぼくはどうなってしまったんだ。


 『ようやく自我が芽生えたか』


 何処かで聞き覚えのある男の声がした。


 『全ての感覚を一時的に抑制して、すぐに忠実な身体の構築に取り掛かれ』


 ぼくの目の前に鏡が現れた。すぐに全裸の身体を映し出され、よく見ると戦場で培った名誉の傷まで確認できた。これは間違いなく、アーロン・アイバーンの身体。


 「いったい、何が起きてるんだ……」

 『貴方の意識は肉体から解き放たれ、この電脳世界で活動を再開したのです』


 ぼくの疑問に応じたのは、機械的な見ず知らずの音声。どことなく、知り合いな気がした。


 「キミは誰だ? ここは、どこなんだ?」

 『残念ながら、最初の質問にはお答えできません。ですが、この空間はノーウェアと呼ばれ、人類最後のフロンティアとなる場所です』

 「それじゃあ、死後の世界ということか? ぼくはあの時、確かに死んだはずだが……」

 『いいえ、仮死状態にあったという認識です。広義によれば人の死とは、誰かに忘れられるもの。貴方を忘れられず、こうしてーー』

 「待て待て、私の口から説明する」


 最初に話し掛けてきた男が、ぼくらの会話に割り込み、改めて自己紹介を始める。


 「お久しぶりです、アーロンさん。確か以前にお会いした時は、BMIのインプラント手術の際でしたね」


 この男について、その言葉で思い出した。

 シェアリングライフの社長。

 アレクサンダー・シェパードだ。


 「アレクサンダー。きちんと事態を説明してくれ。あの作戦は、ぼくはどうなった!」


 女性の方が「彼は苦悩しています」と言う。


 「そんなことは分かっている。そうだな、アーロンさん。少しばかり、待っていてほしい」

 「ぼくに、何をしたんだ……」


 ぼくの意識が緩やかに失われていく。その最中でアレクサンダーは意味深な言動を残した。


 「まずは世界の在り方を変えなくては、それから全てをご説明させて頂きます」

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