パラダイムシフト
先行した部隊の状況を知って、万が一の状況も踏まえ、正面からの突入を避けた。それで
ぼくとジェシー。二人で室内のクリアリングを済ませて、初動はすんなりと上手くいった。
次は中央に位置する玄関ホールへ向かう。あそこは屋敷内において、全体の経路を結んでいる要だからだ。
その道中で幾つもの死体を
「フランシス、何があったの?」
ジェシーは柔和な声色で尋ねる。それもその筈、フランシスは正気を失った様子で座り込み、同胞と
「その遺体は、まさかジョシュアなのか?」
しかし、フランシスからの応答は何もない。だからジェシーに待機を指示して、ぼくは周囲を警戒しながら、死体の元へと近づいていく。
「ジョシュアだな……」
ぼくは死体のライフルスリングに繋がる。今作戦用の銃器を根拠に、コレがジョシュアであると判別した。彼の愛用していた。可愛らしい蛇のステッカーが何よりの決め手となって。
「それで、キミは何をしている?」
本当ならアイサムを追っていなければならない。自分の相棒失ったなら、尚更のことだ。
「おい、フランシス。ちゃんとしろ」
ぼくは五体満足なのを確認してから、フランシスの肩を強く揺さぶり、現実逃避を阻止しようと試みる。だが、フランスは首を傾げたまま立ち上がると、不可解な言動を繰り返した。
「アイサム・ビン=ナーヒドは人間ではない!」
その叫び声に呼び寄せられたのか、残存する敵どもに不意を突かれ、
「チクショウ!」
奇怪な踊りを披露するフランシスを盾に、敵が行うリロードの
ぼくらは勢いよく間合いを詰め込み、速やかに一人、二人と撃ち返す。三人目に関しては何者かによって、遠方から狙撃されたことで
『そんなに熱くなってらしくないぜ』
見事な狙撃は、チャールズの仕業だった。
『チャックか。助かった』
『ありがとう。チャールズ』
『早く上層のチームを支援してくれ。俺もバベルに指定された地点へと移動を開始する』
チャールズにーー『了解』ーー意気投合した返事を送って、中央から伸びる
直線的で遮蔽物もない廊下。四対一という勝敗を決したような状況だが、いったいどういうわけか、ショーン隊長は仕掛けようとしない。最奥の相対している人物は、暗視装置越しだとシミのような物体認識になっており、人型の生き物であるという情報しか知り得なかった。
「おい、待て! ソイツはーー」
「グレネードを使用して、突破します!」
ショーン隊長の制止を振り切り、他の隊員たちを押し除けて、ぼくは足早に仕掛ける。
先ほどの道中で拾っておいた。テロリストの手榴弾を起点にすべく、両手で安全ピンを抜き取り、アンダースロー気味に投げつけた。
そして、全員で廊下に並ぶ部屋のいずれかに飛び込み、それぞれで爆発をやり過ごした。
「お前は間違いを犯したぞ」
同室のスミルノフが口にした。
その言葉の意味をぼくは思い知る。
『クソ。助けーー』
『なんだってんだよ』
『ジェシー、お前だけでも逃げろ!』
『嫌です! 隊長!』
皆んなの
「いったい、何と戦っているんだ!?」
その答えは姿形を伴って、隣の部屋から
「私も舐められたものだな。このような古典的なやり方で、暗殺者を差し向けられるとは」
「アイサム・ビン=ナーヒドなのか……」
「如何にも私がアイサムだ」
アイサムは自己紹介を終えると、手のひらに備わる銃口から、一方的に射撃を繰り出した。何十、何百という音の連なりが、その攻撃の
このまま黙って、死ぬわけにはいかない。
ぼくはバベルの予見を頼りに、人間の限界へと挑戦する。無理矢理でも身体を起こして、アイサムから発せられる弾道を読み取った。そして、間一髪のところで迫り来る弾丸を避け切った。
「うおぉおぉおぉおお……!」
スミルノフも同様に底力を発揮する。人間離れした不気味な挙動を繰り出し、絶体絶命の危機を乗り越えていく。
「生身の癖にしつこい奴らだ!」
『二人とも、伏せて!』
そこへジェシーが加わった。しかもアイサムの機能を無効化しようと、スタングレネードが投げ込まれ、不意打ちとして効果は的中する。
「せええぇい!」
ジェシーは意識が
『チェックメイトだよ。馬鹿野郎』
チャールズの狙撃によって、アイサムの頭部は撃ち抜かれ、
ぼくらは上層部の言う通り、多くの犠牲を払って、インビジブル作戦を完遂した。ジョシュア、フランシス、セドリックにショーン大尉。
実に我々の勝利とは言い難く、現場には重苦しい雰囲気が立ち込める。
「隊長は私を庇って……」
「そのお陰で敵のマークから外れた。俺とアーロンの命を救い、お前は作戦の決定打に至ったんだ」
ぼくはジェシーとスミルノフのやり取りを尻目にアイサムの身体へ触れる。
答えてくれ、バベル。キミは初めから、彼の秘密を知らなかったのか。何十人というテロリストの思考を侵しても、そのような情報は何処にもなかったのか。
バベルは何も答えてくれない。だが事実として、ぼくらの戦いが真に終わったとは言えなかった。
「アイサムに強化を施したのは何者か」
ぼくは
この規格からして個人というよりか、何らかの組織である可能性が高い。というのも強化人間は、各国でも日夜研究されている。先進国の軍事的な専門分野だった。
「後悔させてやる……」
アイサムの機体から発せられる。ひどい電子音声。さらにぼくの手首を引きつけ、地面に押し倒すと馬乗りになって拘束し始めた。
自らの死を実感して、ぼくは生まれたばかりの赤子の如く、懸命に喚き散らした。
「ぼくを置いて、今すぐ逃げろ! さあ、早く!」
「そんな! 助けなきゃ!」
スミルノフは仕方なく、ジェシーを引っ張り出して、いち早く館内からの脱出を試みた。テロ組織はこのような状況下において、高確率で自爆を行ってきたから、負け犬の遠吠えとは思えなかったのである。
ぼくは何とか抵抗を続ける。アイサムほどの人物が
「われわれはーー」
アイサムは最期に何かを言い残したが、自分の叫び声で聞き取れず、そして爆散した。世界から音がなくなり、悠久の暗闇は訪れ、自らの言葉を失う。
ぼくはこの時、確かに死亡したのだ。
◇◇◇◇
真っ白なキャンバスを
自らの歩を進めているつもりでも、一切の
「ーー!」
どうやら無響空間でもあったらしい。
その証拠にいくら声を荒げても、言葉は何事もなく消失してしまう。まるで宇宙の彼方へ放り出されたような気分で、その場に為す
スーッ、ハーッ、スーッーー。
自分の呼吸音だろうか。
しかし、それだけに限らない。自身の支柱である骨全体が擦れる音から、高らかに脈打つ心臓の鼓動までもが聴覚全体を支配する。
その自閉的な感覚に、ぼくは吐き気を催し、情けもなく涙した。どれだけ目蓋を閉ざして口を
自らの首を両手で圧迫させることで、この悪夢から抜け出そうと考えた。だが不思議と、それを実行するための気力が備わっていない。
ぼくはどうなってしまったんだ。
『ようやく自我が芽生えたか』
何処かで聞き覚えのある男の声がした。
『全ての感覚を一時的に抑制して、すぐに忠実な身体の構築に取り掛かれ』
ぼくの目の前に鏡が現れた。すぐに全裸の身体を映し出され、よく見ると戦場で培った名誉の傷まで確認できた。これは間違いなく、アーロン・アイバーンの身体。
「いったい、何が起きてるんだ……」
『貴方の意識は肉体から解き放たれ、この電脳世界で活動を再開したのです』
ぼくの疑問に応じたのは、機械的な見ず知らずの音声。どことなく、知り合いな気がした。
「キミは誰だ? ここは、どこなんだ?」
『残念ながら、最初の質問にはお答えできません。ですが、この空間はノーウェアと呼ばれ、人類最後のフロンティアとなる場所です』
「それじゃあ、死後の世界ということか? ぼくはあの時、確かに死んだはずだが……」
『いいえ、仮死状態にあったという認識です。広義によれば人の死とは、誰かに忘れられるもの。貴方を忘れられず、こうしてーー』
「待て待て、私の口から説明する」
最初に話し掛けてきた男が、ぼくらの会話に割り込み、改めて自己紹介を始める。
「お久しぶりです、アーロンさん。確か以前にお会いした時は、BMIのインプラント手術の際でしたね」
この男について、その言葉で思い出した。
シェアリングライフの社長。
アレクサンダー・シェパードだ。
「アレクサンダー。きちんと事態を説明してくれ。あの作戦は、ぼくはどうなった!」
女性の方が「彼は苦悩しています」と言う。
「そんなことは分かっている。そうだな、アーロンさん。少しばかり、待っていてほしい」
「ぼくに、何をしたんだ……」
ぼくの意識が緩やかに失われていく。その最中でアレクサンダーは意味深な言動を残した。
「まずは世界の在り方を変えなくては、それから全てをご説明させて頂きます」
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