第4話

……4


 何とか今日も無事に仕事を終え、重たい体を引きずり会社を出る。まるで泥水に漬かったあとのような気分なのもいつものことだ。

 雑踏のなかで電車を待ちながら俺は携帯電話でメールをチェックする。何が来ているという期待もない。電車が来るまでの時間潰しだ。案の定、迷惑メールのほかは実家からの安否を打診するメールが一通あるだけだ。最後に友人からメールを受信したのはずいぶん前のような気がする。

 学生時代の友人たちとはすっかり疎遠になってしまった。もともと交友関係は広いと言えない俺だが、それでも数年前までは何かと連絡を取り合ったり会って食事したりしていた。

 一番馬が合う友人の川口と最後に遊んだのは一年ほど前だろうか。川口とは高校以来の付き合いで何かと馬が合ったが、会うたびに少しずつものの考え方が変わっていくのを感じた。当然会社の愚痴というより悪態を聞かされたし、俺のほうからも同じようなはなしはしたからそれは気にしていない。だが次第に川口の態度は気に障ることが多くなった。

 高慢とまでは言わないが、何かにつけて俺のやることなすことにケチをつけるようになった。どこか、俺を試しているふうな態度も気に食わなかった。学生時代には聞いた覚えのない、「常識だろ」とか「こんなことも分からないのかよ」とかいう口癖も嫌だった。

 ふと思った。こいつの口癖は上司から移ったものじゃないか。態度もその上司に似てきたものではないか。散々悪態をついている相手でも日々接していれば似てくるのはありうるはなしだ。川口は自覚のないまま自分が唾棄する人間の分身になろうとしているのではないか。

 そう思ったとき、俺の腹のなかに泥水が浸水したような薄気味悪い感触が広がった。もしあいつが俺に対しても同じ思いを抱いていたら? 俺自身が中瀬のようになり始めていたら?

 そう思うと怖くなり、次第に川口との連絡を避けるようになった。気付けば一年近くが経過したが、それでいいという思いもあった。

 そんなことを思ううちに気付けばホームに電車が流れ込む。俺は朝と同じように満員電車に自分の体を詰め込んだ。とにかく、今日も何とか終えることが出来た。

 電車に揺られながら目を閉じる。立ったままなので眠ることは出来ないが、目を閉じていると夢の情景のようにむかしの光景が甦る。あれは学生時代、川口や他の友人たちと旅行に行ったときの光景だ。あのときはよかった。子供に帰ったようにはしゃいで、笑って、ときに怒ったりもした。

 あの頃の自分はもういない。友人たちもいない。彼らにはもう一生会わないほうがいいのかもしれない。

 会えば、夢は崩れてしまう。

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