第11話 もうこれっきりにしたい

 両者で先に戦端を開いたのは、猟師のアルフだった。4頭の魔狼を側面に回り込ませ、最新式の単発ライフルを技量で連射し先制攻撃を行う。距離があり、ダメージこそ通らないが目の前で騒がしくするアルフにビッグテールブルの注意が向く。獲物を狩るべく突進体勢をとったその時、


「かかるぞ、狼たち!」


 後方に忍び寄っていた重武装のフレッド、側面に伏せていた魔狼たちが襲い掛かった。マリアも魔法を撃ち込み弾幕とし、ブルの前に立つアルフや突撃を援護する。魔狼たちがブルに牙を突き立てようと迫ったその時、ビッグテールブルの強靭な尾が振るわれた。




 一瞬だった。わずかにブルが身体を揺すったように見えた。横から壁が迫ってきたような感覚を覚え、気が付いたら地に倒れ伏していた。全身に激痛が走り、叫び出しそうになるのを堪えるので精一杯だ。

 フレッドは、倒れていた。身を覆うハーフプレートがなければ即死だっただろう。その鎧もバラバラになった。ブルを挟んで向こうの方ではアルフが悲惨極まりない悲鳴を上げている。さらにその後ろでは、マリアが村の少女サラを庇って抵抗を続けているようだ。


「魔術書よ、我が命に応えよ!サンダーストーム!」


 威力だけなら人が扱う魔法の中で最大級。使い手によっては島をも砕くし、空を割る。しかし、それも使い手の力次第だ。マリアは知識においては確かで人一倍強い魔力も持っているが、そこまででしかない。


「そんな…!?」


 マリアは愕然とした。ビッグテールブルは、牙こそ1本失っていたが、依然として健在。多少は毛皮も失ってはいた。苦しそうに息が荒い。しかし、闘志は旺盛、身体も健在だった。


「サラさん、逃げて…!」


「?」


 サラは何を言われているのか、心底わからないと言った顔でマリアの後ろ姿を見つめていた。ひどく震え、今にも挫けそうな姿だ。奥の手は受け切られ、2度目の行使は厳しい。白兵の訓練もしていない女性が戦意を維持する方が難しいが、彼女は折れなかった。


「村に危険を知らせて…。残った仲間だけでも、遅滞戦闘はできる、できるわ。今、村に必要なのは時間なの…!」


 フレッドにマリアにアルフ。まとめ役や先導を失った調査クランの残りでは、ビッグテールブルを討ち取ることはおろか、その侵攻を食い止め、遅滞戦闘を戦いきるのも厳しい。フレッドはそれくらい、クランの中心だった。


「こんなに圧倒されるなんて…」


 フルメンバーでも対抗はできなかっただろう。でも、一当たりで粉々にはならなかった。


「必ず、村の人たちは守るわ。だから、お願い…!」


 村の人たちを救えるのはサラだけだ。彼女が逃げてクランの残りのメンバーに状況を伝えて防衛線を築いて…どれほどの時間があるのだろう。なのに、サラは動かない。


「サラさん!?」


「仕方ないな…」


 その言葉と共に、マリアは信じられないものを見た。サラを覆う魔力の層が視覚的に視える。魔法陣も7つ浮かんでいる。そんな数の魔法陣を操るのは1つの大きな都市の魔術師の頂点、司教クラス以上だ。魔力の流れを可視化できる程の魔力量に至っては、そんなもの聞いたことすらない。天と地の差。自分と比べるとそんな言葉が当てはまる存在が、目の前に突如として現れたのだ。


「サラさん、それは…!?」


「今回は特別。だから、終わったらきっちり落とし前はつけさせてもらうよ?」


 サラはちょっと怖い笑顔を浮かべてマリアの方を向いた。




 それからはもう虐殺としか言えないワンサイドゲームとなった。ビッグテールブルは突進を繰り出そうとしたが、一歩目が地を踏みしめる前に、その脚が消し飛んだ。勢いあまって牙から地面に突っ込もうとしたところ、牙が弾け飛んだ。無防備に顔を強か打ちつけ、軽い脳震盪を起こしている間に、彼の命運は決まっていた。


「『死影天・スカディ』」


 白い光が、彼の目の前に広がり意識は永遠に失われた。




 マリアは腰を抜かしていた。サラの身体から急に『具現化された』膨大な魔力があふれ、その圧力に気を奪われないようにするので必死だった。ここで気を抜けば、死すらあり得るという危機感が働き、一部始終を目撃していた。


「神様…?」


 思わず、彼女が信仰している対象の名で呼びかけていた。それほどに圧倒的な力で、サラはビッグテールブルを氷漬けにし、息も切れてはいない。その前には正体も知れぬ程とても速い魔法でブルの脚を刈り取った。無詠唱魔法の技術は珍しいものではないがそれにしても発動が速い。


「神様ではないな」


 サラは振り返ってマリアに打ち明けた。


「私は、魔王なんだよ」


「ま、おう…?」


 50年も前に死んだあの、強大な存在。百に上る魔族の各部族を率いる暗黒世界の主。勇者サイラスが現れるまで、無敵の名を欲しい侭にした…?


「うん、魔王。でもないとあり得ないでしょ、『神霊級』魔法を無詠唱、溜めなしで撃てるなんて…」


「『神霊級』魔法」


 マリアは辛うじて、神話にその存在が記されていると聞いたことがある。聞き馴染みのないその術式は、島1つを滅ぼし、空間を切り裂き…。1つの時代を終わらせることもあるほどの威力を秘めるという。


「そんなものを、なぜ…?」


「魔王だからね」


 サラは、少し悲しそうな顔をして、マリアの方に手をかざした。


「だから、こんなこともできる」


 手から一瞬、光が迸ったように見え、マリアはついに、意識を手放した。


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