第12話 なすりつける

 アリアが目を覚ましたのは夕暮れ近くになった頃だった。サラが顔を覗き込んでいる。


「ひいっ!?」


 サラの顔を見て思わず後ずさりしたマリアだが、それがなぜだか全くわからない。


「ひいっ、てっ…さすがにしがない村娘でも落ち込んじゃうなあ」


「あ…サラさん…?」


「どうした、マリア。夢でも見てたのか?」


 サラの上から、鎧を失ったフレッドが顔を出す。肋骨でも折れているのであろう、顔をしかめている。すぐに治療、癒しの光を―――


「今、魔法使うのはよした方がいいよ!ね、フレッドさん?」


「ああ、そうだな」


「え、なぜです!私は怪我らしい怪我も…」


 あくまで癒しの魔法を行使しようとするマリアに、フレッドは心配そうな声で返した。


「しかし、君はここ10年以上貯めこんだ魔力を放出したばかりではないか?骨折をどうにかできるのか?」


「は…?」


 なんだそれは。混乱するマリアに、サラはあるものを指し示す。


「あれ、やったのマリアさんなんですよ?」


 その示された指の先には、ビッグテールブルが氷漬けになって転がっていた。何か強力な風属性の氷魔法(魔法4大属性の中で、気温を操るような術も風属性に当たる)で生きたままの姿で封印されている。


「わ、たしが…?」


「おう、びっくりしたぞ。一撃で魔狼も1匹残して全滅、俺も危うく死ぬところだったのに…それをさらに一撃で仕留めて」


「まるでマリアさん、聖女様みたいでした!」


「そんなはずが」


 ない。そのことは、自分が一番よくわかっている。でも、確かに記憶がある。幼きあの日に神官から魔力制御について習い、願掛けを始めたこと。それは、いつの日か本当に必要な時に人の命を救えるように、微弱でも魔力を魔法石にストックしていくこと。10年間、毎日魔力を貯めたその魔法石は、消滅したが…


「私が、ビッグテールブルを…?」


 実感はないが、自分の記憶も、周りの認識も、間違いなくそうらしい。だから、たまたま氷漬けを免れた逞しい脚と長い牙は彼女に分配する権利が認められた。




 結局、ブル種の脚肉は滋養強壮に良いため、怪我人を抱えることになったフレッドのクランが受け取ることになった。長い牙は村に分配された。クランが責任を持って『戦士ギルド』の調達部で換金し、現金や物資にして村に渡す手はずとなった。

脚は金貨20枚にも満たないのに対し、牙は立派なものだったため30枚以上相当の価値が認められた。そのため、命を懸けたフレッドたちの働きに対してリターンが少ないとクランの仲間内で議論が起こったが、討伐者のマリアの意見が通った。


「フレッドさんの命が助かっただけ、良かったと思いましょう?今回の調査は空振りだったけど、最低保証の任務褒賞金はいただけるのですし」


成功報酬金は獲得品とは別に金貨10枚の約束で、今回の任務での最低保証は1人頭銀貨2枚だった。予定していた収入の10分の1だが、決して丸々赤字ではないし、フレッドが生きて戻っただけ僥倖というものだろうとの主張だった。


「すまん、みんな。怪我が癒えたら、この埋め合わせは必ずする」


 そう言って一番痛い目を見たフレッドやアルフに頭を下げられては、各々納得するしかなかった。




 一方、村の方は大いに沸いていた。予定の金貨100枚にはならないが、金貨30枚以上の価値があるビッグホーンブルの牙の権利を手に入れ、手間もかからず換金できた上に、氷が解けるたびに新鮮なブルの肉が手に入る算段が付いたのだ。切り売りしてもいいし村で消費してもいい。フレッドたちと折半になるが、解体が済めば骨も売り飛ばせる。将来的に金貨何百枚にもなる財産だ。


「いやあ、シスター様様ですな!」


「本当に、信心深いというのは救われるのですな!」


 協議員たちは心にもないことを口々に言いあってマリアを称えている。それ以外の村民たちも、生活が楽になると聞かされてやはりうれしそうだ。

 そんな中、サラは元の生活に戻っていた。ブル討伐を見ていただけということにしておきたかった彼女は、ひたすら知らぬ存ぜぬを貫き通した。マリアに全部ひっかぶってもらったわけだが、無理やり森に連れていかれて命を助けてあげたのでお相子以上だ。


「効力が、明らかに変わってきている…」


 サラは今、自分が放つ半自動魔法術式の『誘惑』に違和感を持ち始めていた。人の心を歪めるならまだしも、今回のように記憶を改変することは明らかに性能を逸脱している。詳しく検証したいが、あまり何回も試せるものでもないので、自分が立てた仮説に従って、人を実験台にしないようにいくつか試してみる。

 元々、サラの扱う『誘惑』は単純に人の心を惑わすだけというはずだった。しかし、元からあった可能性が解放されたのではないだろうか?人の心にのみ働きかけるのではなく、人を構成するあらゆる要素に。そもそも、心を操るだけで記憶が弄れるのだろうか?脳内の様々な器官を操る必要はないのだろうか?記憶とは決して脳と魂だけが司るわけではない。体全体の各器官とて記憶は持つはず。目を覚ました瞬間のマリアが、サラの顔を見て体をこわばらせたように、例えば目に。


「ちゃんと自覚すれば、色々できるよね…?」

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