写真好き女の子

戯 幽

写真好き女の子

これはわたしのお母さんが聞かせてくれたお話。

もう、20年くらい前かな。お母さんがまだ大学生だった頃。




「あー、やっちゃたかも…。」


あたしはさんざん部屋をひっくり返した後、つぶやいた。


携帯がない。


「だとしたらやっぱりあそこかな…。」


今日、”元カレ”になった琢磨の顔を思い浮かべながら溜息をついた。



昨日の夜、琢磨の運転で郊外に車をとばした。


自他共に認めるドラ息子である琢磨は、都内在住だというのに車を持っている。あたしが付き合っている理由の8割はこれだ。


ドライブの目的は肝試し。


廃墟をあさるとは、お世辞にも高級な趣味とは言えない。ドラ息子の面目躍如である。


そこはどうやら有名な心霊スポットらしい。都内から簡単に行けるということでも有名なようだ。



「そろそろ見えてくるぞ」のんきな琢磨の声がする。道は大きく右にカーブしている。見通しの悪い道路を法定速度以上のスピードで曲がっていく。その時、ドンっという音とともに車ががくんと揺れた。「うわっと!?」思わず二人とも声が出た。車を脇に寄せて降りてみる。


道の真ん中には、黒い何かが動いていた。あれは…。猫だ。黒い猫が、血を流しながら弱々しく動いている。


「なんだ猫かよ、驚かせやがって。俺の車、傷ついてないだろうな。」


「ちょっと、そんな言い方ないでしょ。早く病院に…。」


「なんだよ、猫くらい。それより、なんかここに傷ついてる気がするなあ。」


だめだ、こいつは。私の中で琢磨は”彼氏”から”元カレ”に格下げになった。



そんなあたしの心境の変化も知らず、琢磨はさっさと運転席に戻った。「待ってよ。」仕方なく私も車に乗り込む。猫のことは気になったが、こんなところで足もなく放り出されるわけにもいかない。



道中にそんなことがあったにもかかわらず、琢磨は運転を続ける。


そして、何事もなかったかのように問題の廃墟に到着した。


「大丈夫だよ、何にもねえって。ってか、何もあるわけないだろ。それとも、さっきの猫のこと気にしてんのか?」


何にも考えていない声で、何にも考えていない琢磨が呼んでいる。


しかたない。気が進まないという気持ちを体中で表現しながら、だらだらと歩いていく。


たかが廃墟、されど廃墟、である。夜中に忍び込めばかなりの雰囲気が出る。あたしは霊とか信じないが、怖いものは怖い。


「もう帰ろうよ」と声をかけようとするあたし。


「なんだよ、怖いのか?」


挑発するような琢磨の声。


「そういうわけじゃないけどさ…。」


その時。


りーん、りーん。


電話が鳴った。


「なんだ?!」琢磨の声がうわずっている。


目の前、黒電話がなっているようだ。廃墟の、黒電話が。電話線は切れている。もちろん、廃墟の電話線が刺さっていたって鳴るわけがない。


「逃げろ!」


二人で悲鳴をあげ飛び出した。琢磨に、さっきまでの威勢の良さは無い。



たぶんそのときだ。携帯を落としたのは。



まいったな、と声に出しながらきょろきょろと目を動かす。まだ探していないところはないか。


ん?箪笥の下になにかある?


手を思いっきり伸ばす。届いた。引っ張り出す。


あった!でも、なんであんなところに…。


まあいい。ホッと胸をなでおろしたその時。


りーん、りーん。


あの音が、携帯から聞こえる。着信中の画面。でも、こんな着信音にした覚えはない。


番号は非通知となっている。


「ひっ。」


声をあげて携帯を落とした。


りーん、りーん。


おかしい、留守番電話に切り替わらない。


すでに一分は過ぎている。


おそらく、電話に出るまで鳴り止まない。


覚悟を決めて通話ボタンを押した。


「…、もしもし?」


「あ、やっと出てくれた!」


素っ頓狂な声が電話口から流れる。若い女性、いや、女の子の声だ。


「昨日は来てくれてありがとう!私、退屈でさ。でも、いっぱいお話しようと思ったのにすぐ帰っちゃって。この電話落としてくれたから、じゃあ届けてあげようかなって。いっぱい写真も撮ったよ!見てね!」


がちゃ。一方的に話して相手は切ってしまった。


誰?知らない声だった。怖いというより、ポカンとしてしまった。


そういえば写真がどうとか言ってたっけ…。


おそるおそる、携帯の写真フォルダを表示させる。


昨日深夜の日付で写真が何枚もある。


おかしい。どうして、あたしと琢磨が一緒に写っているの?昨日は二人だけだったのに…。


一枚、一枚とすすめる。手ブレが激しくて、よくわからない写真も多い。


アングルも変だ。下から見上げていたり、かと思えば天井付近から撮影したかのような写真もある。


撮影者である何者かはだんだん操作に慣れてきたのか、はっきりと撮れている写真が増えてきた。



最後の一枚を見て、あたしは理解した。


あたしと琢磨と、もうひとり。


上半身しかない半透明の女の子が写っていた。




怖くなったお母さんは、霊感が強いと評判の友人に携帯を見せたそうだ。


その友人は「悪い霊じゃなさそうなんだけど…。」と前置きしたあとにこう続けた。


「その女の子、今あんたの右肩にいるよ。」

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