怪異屋本舗
ちい。
第1話 いらっしゃい、メリーさん
ある月のない夜、少女のスマホに着信があった。画面には『着信』の文字だけ。発信者の名前すら出ていない。不審に思うも、電話に出た少女。聞こえてきたのは、古いラジオから流れてくる様なノイズ混じりの小さな女の子の声。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……」
少女は思わず電話を切ってしまった。すると、数分後にまた着信音が鳴り響いく。画面には同じように『着信』の文字だけ。ごくりと生唾を飲み込む。恐る恐る電話に出る少女の耳に、先程と同じ女の子の声がきこえてくる。
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの……」
直ぐに電話を切る少女は、スマホの電源を落としテーブルの上へと置いた。両親と妹はおばあちゃん家に泊まりに行き、家には誰もいない。普段は明るい家も、一人になるととても広く、そして静かに感じる。
蛇口から落ちる水滴の音が、とても大きく聞こえてくる。
そうだ、テレビをつけよう……
少女はリモコンでテレビの電源を入れようとするがうんともすんともいわない。
おかしい……
風呂に入る前までテレビを観ていたのだ。急につかなくなるなんて事はないはず。
すると、テーブルに置いてあるスマホが大きな音で着信を知らせた。スマホの電源は落としたはずである。バイブの震度と着信音が早く取れと言わんばかりに部屋中に響く。
意を決して、スマホを耳にあてる少女。
「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」
ぞわりとしたものが少女の背中をはしる。健気にも玄関の方へと向かう少女。膝が震えている。しかし、怖いながらも玄関へと向かう足が止まらない。
玄関の照明を付けるためにスイッチをおしたが、テレビの時と同じように反応しない。何度もかちゃかちゃと繰り返すが照明が着くことはなかった。
少女の脇に嫌ぁな汗が流れている。ごくりと生唾を飲み込む音が静かな玄関で、やたらと大きく聞こえた。
かちり……
玄関の鍵をあけ扉を開いた。
しかし、扉の先には誰もいない。玄関から一歩出て辺りを見回すも、人影どころか猫一匹いないのである。
なんだ、誰かの悪戯だったんだと胸を撫で下ろす少女のスマホから、またけたたましく着信音が鳴った。思わずスマホを落としてしまった。
慌てて拾う少女。そして、電話にでるとノイズ混じりの女の子の声で……
「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」
「……おせぇて、おみゃぁさんのこと待っとったわ♡」
振り向きざまに裏拳を放つ少女。それを読んでいたかの様に身を沈めて躱すメリーさん。
「昇竜拳!!」
体を沈めていたメリーさんが、ぐっと膝に貯めていた力を解放し、少女のがら空きとなった顎へ右拳を天へと突き上げるように打ってきた。
それを寸でのところで躱した少女は、飛び上がり無防備となったメリーさんの脇腹へ容赦のない中段回し蹴りを入れた。空中で体がくの字に折れ曲がるメリーさん。
「……がはぁっ!!」
大きな音と共に、靴箱へとぶつかるメリーさんに追い討ちをかけようと少女が前蹴りを放つ。少女の足底がメリーさんの小さなボディーへとめり込んでいく。
大きく口を開くメリーさん。その口元から涎が糸を引き垂れる。しかし、少女の追撃は止まらない。容赦のない連撃。メリーさんにガードをする暇も与えない。
そして、ぐったりとしたメリーさんの頭部を掴むと、むにゃむにゃと何かを唱えだした少女。メリーさんの掴む手の甲に何やら魔法陣の様なものが浮かび上がっている。
その手の甲に出てきた魔法陣が明るさを増す事に、メリーさんの体が透けていく。まるで少女の手に吸い込まれていく様に。
しばらくすると、メリーさんの体は完全に消えてなくなった。少女は、メリーさんを掴んでいた手を、何度か閉じたり開いたりしていたが、特に異常がないのを確認すると、羊皮紙にすらすらと文字を書き、魔法陣の浮かんでいる方の掌を押し付けた。
そして先程の様に何かを唱えると、羊皮紙にメリーさんの姿が写し出されているではないか。
「封印完了」
少女は、くるくると羊皮紙を丸め赤い紐で結ぶと筒の中へと入れた。その筒を大切そうにポーチの中へとしまい、家の中に向かって一声掛けた。
すると二階から少女と同じくらいの年頃の女の子が降りてきた。
「退治終了だもんで」
女の子にそう伝え玄関の扉を開けて外に出る少女。ひゅっと口笛を吹くと、どこからか夜の闇と変わらない真っ黒の猫が現れた。
「頼むわ」
羊皮紙を入れた筒を黒猫の背中へと括り付けた少女は軽く黒猫の喉を撫で一言いった。黒猫は少女の言葉を理解しているのか、こくんと頷くと闇夜の中へと消えていく。
「さぁて、次行こまい……」
少女はヘッドホンを耳に被せると、スピーカーから流れる音楽を聴きながら、暗い夜の帳へと消えていった。
怪異屋本舗 ちい。 @koyomi-8574
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