ゴールの先の景色は違っても
御剣ひかる
間違ってもいないし駄目でもない
子供達の甲高い応援の声が響く運動場で、運動会が行われていた。
陽太は初めての小学校の運動会で緊張していた。
体育の時間ではのびのびと走り、いつも誰よりも早くゴールしていた陽太だったが、今はスタートに立つ前から心臓がやたらとうるさく聞こえ、手足がガチガチに固まっていた。
どんどん自分の番が迫ってくる。
三年生の姉、観客席の両親と祖父母、みんなにいいところを見せるんだ、と思えば思うほど体が小刻みに震えた。
とうとう陽太の番だ。
スタートラインに立つ。
「よーい」
先生の大きな声が聞こえて、二秒後に電子ピストルが鳴る。
思い切り走り出した。
スタートしてしまえばいつものように体が動く。
よし! ぼくがいちばんだ!
そう思った瞬間。
陽太の足先が小さな石を踏み、気をとられた瞬間に、バランスを失った。
あっと思った時には陽太は転んでいた。
運動場のあちこちから上がる悲鳴も陽太には聞こえていない。
涙を浮かべて立ち上がろうとする陽太の隣を、ライバルたちが駆け抜けていく。
あぁ、ぼく、まけたんだ。
そう思うと、立ち上がる気力が急速にしぼんでいった。
陽太は運動場に這いつくばったまま、ぐっと歯を食いしばった。
「がんばれー!」
どこからか声が上がる。
それはすぐに波となって運動場を一周し、また続けて駆け巡る。
しかし陽太にはその声を慰めや応援とは取れなかった。
いつもはきちんとはしれるのに。
ぼくがほんとうはいちばんなのに。
そう考えるとどんどん涙があふれて、ぽたりぽたりと地面に落ち、吸い込まれていく。
先生がそばに来た。
「陽太くん、大丈夫? 立てる?」
先生が手を貸してくれようとした。
びりになるより、けがでうごけなくなったほうが、いいのかな。
陽太はそんなことを考えた。
「ようたー! 立てー! 走れ! ゴールしないと『さかさはりつけくすぐりのけい』だー!」
女の子の大きな声が聞こえた。
どっと笑いが起きる。
おねえちゃんがいったんだ。
陽太は涙をぬぐって立ち上がった。
運動場中の拍手と声援を受けて、陽太は力強く走ってゴールした。
うたたねをしていて、昔の夢を見ていたらしい。
陽太はベッドの上に体を起こした。
横の机の上には、「不合格」の文字がやたらと目立つ、第一志望の大学の合否通知がおいてある。
「僕はあの時と変わってない。肝心な時に転ぶんだな」
陽太の成績では余裕で合格だろうと言われていた志望校だった。が、前日に発熱してしまい、解熱剤を飲んでまで臨んだ試験の、半分以上は記憶にない。
陽太は合否通知をぐしゃりと握って、ゴミ箱に放り投げようとした。
「陽太ー! まだ落ち込んでるなら『逆さ磔くすぐりの刑』だよっ!」
勢いよく部屋のドアがあいて、入ってきたのは大学生の姉だった。
他県の大学に通う姉は大学の近くに下宿をしているが、今日、帰省したらしい。
「姉ちゃん、ノックぐらいしろよ」
陽太は力なく笑って仁王立ちの姉を見上げた。
「お母さんからあんたがかなり落ち込んでるって聞いてたから慰めに来てやったんだぞ。感謝しなさい」
ふふん、となぜか得意顔の姉に、陽太の笑みは苦みを増す。
「もう姉ちゃんの体力じゃ僕を逆さ磔にできないだろ」
憎まれ口を返してやると、ますます姉はふんぞり返った。
「そんなもん、大学の男連中に頼めば一発よ」
そんなことのために他の人を呼び出さないでやってくれ。
陽太はがくりとうなだれた。
「第一志望は落ちたけど、第二志望は受かったんでしょ? あんたは隣のゴールに跳び込んだだけで、間違ってもいないし駄目でもない。ゴールの先に見える景色がちょっと変わったって、その景色を楽しまなきゃ」
姉が陽太の肩をぽんと叩いた。
「……そうだね」
「まだあんまり納得してない顔だねー。本当にくすぐりの刑に処しちゃうぞ」
姉はニヤニヤしながら陽太の脇腹をつついた。
「ばっ、やめろっ」
陽太は笑いながら逃げた。
「そう、その顔。笑顔で走ってたら納得いくゴールにたどり着けるんだよ。ファイト」
姉はまたドヤ顔で仁王立ちだ。
彼女はそうやって自分自身を鼓舞してずっと頑張ってきているのだ。
それが判るから、陽太は今度は心からうなずいた。
「よーし、人生の先輩のありがたいお言葉に感謝してスイーツをおごってくれていいのだよ」
「調子に乗るな」
「ちぇー」
陽太の部屋に、久しぶりに
(了)
ゴールの先の景色は違っても 御剣ひかる @miturugihikaru
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