第5話 旅立ち
尚一は初めての異世界の地で人の心の温かさに触れる。
瀕死の重傷を負った自分自身を見ず知らずの人間が手を差し伸べ治療を施してくれたことが心から嬉しかったのだ。
しかし、そんな安堵とした時間も消えていった。
「……ここにいたのか?死にぞこないの無能さんよ」
それは尚一にとって聞き覚えのある声だった。そう、セントルイス王国の騎士達だ。
「……んっ、誰だ?」
ジョセフはそっと立ち上がり騎士達に尋ねる。
「貴様ら部外者に関係はない。俺達はこの男を殺すように命令されているだけだ。さぁ、早くこのガキを引き渡せ!」
騎士の一人はジョセフに剣を突きつけ脅迫する。
「それが人に物を頼む態度か?」
「何だと?」
ジョセフは微動だにせず、騎士に言い返す。そのことに神経を逆撫でされた騎士は侮辱されたと認識し、ジョセフに斬りかかる。
その瞬間、騎士が握っていた剣は宙を舞い地面へと突き刺さり、ジョセフは騎士の顔面に一発ジャブを入れる。
鼻に綺麗に入ったからなのか涙が流れ、赤くなった鼻を押えながら騎士はふらつく。
「いっ……たくないぞ?その程度の攻撃で俺にはきか……ん……ずをぇい!」
騎士の頭部は急に膨張し、血飛沫をあげながら破裂したのだ。
「貴様……、一体何をしたんだ!?」
声を震わせながら他の騎士はジョセフに剣を向ける。
「……んっ、”スパーク”であいつの脳細胞を破壊しただけだよ」
ジョセフは涼しい顔でそう言うも「詠唱どころか魔法陣も無しに……」と信じられない様子だ。
「それに”スパーク”は掌から放出する魔法だぞ!」
この世界で人間が魔法を発動するためには二つの方法があると言われている。
一つは、呪文名を詠唱することと、二つ目は魔法陣を作ることだ。
しかし、ジョセフはその二つをせずに光属性魔法”スパーク”を発動したのだ。
「俺は彼をお前達に引き渡すつもりはない。死にたくなければさっさと消えろ!」
「ふざけやがって……」
「仲間が殺されたってのにおめおめと帰れるかよ!」
理性を失った他の騎士たちがジョセフへと襲い掛かろうとするが、断末魔をあげる余裕すら与えずにジョセフは瞬時に喉を切り裂いたのだろう。
尚一の眼からジョセフが微動だにせずどのようにして襲い掛かる騎士を殺したのかが理解できずにいた。
「尚一、君の選ぶ道は二つだ。一つはこのまま死んだあいつらの仲間に追われながらビクビクと生きていくのと、二つ目は俺達と一緒にワトソン王国で生きるかだ」
ジョセフの口からは二つの選択肢を与えられた。
今の尚一の状況を考えれば前者を選べば何の才能も無しに召喚された自分が逃げながら生きていくのは自殺行為だと判断した。
後者を選ぶにしても無能だからとまた裏切られるのではないかと不安もあったが尚一は当然、後者を選んだのだ。
「後者を選びます……」
「そうか、なら今すぐワトソン王国へと帰るとするか。ジンジャー、”エニィウェアゲート”でワトソン王国へ――」
「――レッツゴー!」
ジンジャーはジョセフが最後まで言うよりも先に”エニィウェアゲート”を発動。
”エニィウェアゲート”を潜ると検問所の近くへと通じており、尚一は検問所を見上げていた。
「何やってんだ、早くしないと置いて行くぞ?」
ジョセフの声掛けにてハッとした尚一はジョセフ達の後を追う。
検問所には如何にもファンタジー世界にいそうな屈強な身体つきをした男達が門の前に立っていた。
「誰だ……って、ジョセフさんじゃないですか?」
「すまない、一人よそ者がいるが通してくれるか?王様にこの少年のことを報告しなければいけないし……身元は俺が保証するよ」
「分かりました。ジョセフさんの連れの方でしたら何も問題はないでしょう」
検問所に立っている門番はすんなりと通してくれたのだ。
ジョセフは小説で読んだ通り相当な功績を持っているのだと認識した尚一は勇気を振り絞る。
「ジョセフさん、その……僕みたいな無能だからと追い出され殺されかけた日本に帰っても将来社会不適合者になる人間が言うのもあれだけど……」
「……んっ、どうしたの?」
「僕を弟子にして下さい!」
尚一は弟子にするよう懇願したのだ。
「弟子ねぇっ……」
どこか乗り気でないジョセフの表情を見て尚一はしょんぼりと俯く。
「一応俺はこの国では学生をしている身で弟子は二人いるけどぶっちゃけ、俺みたいな奴よりちゃんとした人に……」
「――それでも僕は、ジョセフさんに戦い方を教わりたいんです!僕には魔法の適正もないし勇者と比較しても非力で戦闘力面でも足手まといにしかならない無能ですけど……僕も変わりたいんです!小説でもあなたは地球にいた頃から相当な努力を積んでこの世界で強くなったと記されています!だから、僕も…………」
尚一の強い眼差しはジョセフをしっかりと見つめる。その思いに嘘偽りはなく、生きていくためにはジョセフのような人物に戦い方を教えてもらう必要があった。
「分かった……君がそこまで言うのなら弟子にしてもいい、とは言っても俺の教えることなんて殆どアクション映画やプロの格闘家達の試合の動画で身に付けた技ばかりだ。自分でも本当に正しいのかは分からないがそれでもいいなら君を弟子として育てていく」
「ありがとうございます、師匠……」
零れていく涙を袖で拭い、ジョセフに感謝の言葉を述べる。
「師匠って……尚一、君なら間違いなく強くなれる。昔の俺みたいな目をしている君なら。そして、能力なんかなくったって強くなれるんだと証明してやろうじゃないか、戦いの最中に能力だって開花する可能性だってあるんだ。今を超える力を、次世代へと紡ぐ力を人間は持っている」
尚一はジョセフの言葉一つで世界が救われた気がした。
今まで無能だと罵倒され、蔑まれていた自分が初めて身内以外から希望を見出してくれる言葉を述べてくれる人物が現れたことに。ジョセフの神々しさは勇者と称され特別待遇を受けている同級生たちよりも輝かしかった。
誰にも負けない強い信念を貫き通したであろう憧れのジョセフ・ジョーンズは、尚一に新たな希望を見出してくれたのだ。
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