第1話 異世界集団転移

 目を開けた時にはざわざわとクラスメイトや教師は騒ぎ、一人の少年は茫然とその周囲を見渡していた。


 長瀬尚一ながせなおかずは目に飛び込んできた巨大な壁画、足元に描かれている魔法陣を見てここが地球とは異なる世界であることを瞬時に把握する。


 そして、異世界転移、転生された日本人にはユニークスキルやギフトと言った特別な力を与えられたりして異世界美少女とハーレムしたり無双したりと充実した毎日を過ごせることが殆どだ。


 尚一は日本では所謂オタクと呼ばれる人種で、容姿はラノベ主人公のような黒色の長い前髪に黒目、身長は165cm程度とごく平凡なものだ。これと言った特技もなく、勉強も運動神経も微妙で将来社会に出れば間違いなく先輩や上司から怒られっぱなしのダメな大人になることは間違いなかった。


 周囲がざわついている中、尚一は異世界に来られたことにわくわくしており、異世界で勇者だったり冒険者になって気ままに生きることを決意した。


 想像を膨らませながらも尚一に声をかけてくるものがいた。


 「おい、何でてめぇニヤけているんだよ!キモいんだよ!」


 「こいつ、絶対エロいこと考えてたに違いないぜ。キモオタだしな」


 尚一に声をかけてきたのは山田檜やまだひのきといい、毎日尚一に難癖をつけては虐めてくる生徒の筆頭のようなものだ。檜の近くで馬鹿笑いしているのはその取り巻きの藤木亮ふじきりょう一藤礼いちふじれい野中志乃のなかしのの三人で、この世人は頻繁に尚一に近づいては絡んでくる。


 確かに尚一はオタクではあるがキモオタと罵られるほど容姿が醜いわけでもなく、言動が中二病のように見苦しいわけでもない。コミュ障というよりはどこか消極的で受け答えは明瞭で物静かであり、陰気さは感じないごく平凡なアニメや漫画、ラノベが好きなオタクだ。


 尚一達の眼前には巨大な石造の扉があり、解き放たれたその扉から銀色の鎧を規定た騎士のような男と白衣に装飾品を身に纏わせた教皇のような老人が現れた。


 「ようこそ、セントルイス王国へ。勇者様、そして御同胞の皆様。私はこの国で教皇の地位に就いておりますグイール・バルバトスと申す。以後、お見知り置きを」


 グイールと名乗った老人は好々爺然とした微笑を尚一達に見せ、いきなりのことで何が何だか分からずに混乱していた生徒達を促し、謁見の間へと尚一達を誘導した。


 案内された謁見の間は異世界あるあるのヨーロッパ風の雰囲気を漂わせており、扉はかなり豪華である。


 「さて……勇者様方にはこれから国王陛下と謁見していただきます」


 いきなりのことで何が何だか分からずに再びざわざわとしながらもそれに頷くしかなかった。


 そして、グイールは大きな扉を数回ノックした。


 「陛下、勇者とその御同胞をお連れしました」


 扉の向こうから「入れ」と返事が来る。


 大きな扉が開き、グイールを先頭に直和達は謁見の間へと進み左右の壁際には騎士が控えていた。


 謁見の間の一番奥には玉座らしき豪奢な椅子があり、強面の悪人顔の中年男性が座っていた。


 グイールはある程度進むとピタッと立ち止まり、片膝をつき頭を下げた。


 日本でそのような習わしがない尚一達も動作に不慣れながらもグイールに合わせて土曜の姿勢を取って見せる。


 「面を上げるがよい」


 尚一達は言われた通り顔を上げると王様は声を低く唸らせながら尚一達を見下ろす。


 「余がこの国の国王、ジャギィ・アミダ・セントルイスと申す」


 異世界ファンタジーテンプレの自己紹介から始まり、グイールに視線を向け、やっと状況を説明しだした。


 「そなたらを召喚したのはこの世界の神でもあるマフディー様です。我々人間族が足掻寝ている守護神でこの世界を創造した神でもあり、大魔神サタンからこの世界を倒した救世主でもあります。そして、マフディー様はこのままでは人間族が絶滅してしまうと悟られたのでしょう。それを阻止するべくこの世界よりも優位種である人間であるそなたらが呼ばれた。その力を発揮し、マフディー様の御意思の下、魔人族と魔王軍を討伐し、我ら人間族を救っていただくためです」


 グイールは異世界転移テンプレの台詞を尚一達に並べ、当然の如く生徒達からはブーイングを受けていた。


 「ふざけんじゃねえぞ!俺達にこの世界を救えってことか?」


 「俺達はそんな力持ってねえぞ!早く家に帰してくれよ!」


 グイールの話しによれば人間族は創造神なのか守護神なのかよく分からないマフディーなる存在を崇めており、尚一達はこの世界の歪さに危機感を覚え、猛然と抗議をしていた。


 「何で関係ない俺達がそんな理由のためだけに殺し合いをしなくちゃいけないんだ!俺達には明日の予定だってあるんだぞ!」


 「そうです!生徒達を社会に送り出すためにも授業をしなければいけないんです!今すぐ元いた世界に返してください!生徒達にあなた達の人殺しに強力なんてさせません!」


 生徒に続き、身長150cm程度の女教師の小畑香澄は教皇と王様に申し出をする。


 「しかしだな、一度召喚されたものを元いた世界に返す方法は解明されていないのだよ……」


 静寂となり重く冷たい空気が体全体に伸し掛かり、尚一達は何を言われたのか分からない表情でジャギィとグイールを見やる。


 「どうして解明できてないんですか!」


 香澄は甲高い声で叫ぶ。


 「そなたらを召喚したのはマフディー様です。我々人間には異世界に干渉できる能力も魔法も持ってはおりません。それどころかそんなものを使用できる生物は人間以前に魔人族ですら扱えませぬ。そなたらが還れるのは全てマフディー様次第です」


 「うっ…………嘘でしょ……」


 香澄は脱力したようにストンと膝から崩れ落ちる。周りの生徒達も当然騒ぎ立てる。


 「帰れないなんて嫌だよ!」


 「そうよ!今日の放課後彼氏とデートの約束あるのに!」


 「戦争なんて嫌だよ!」


 「WHY?WHAT?イミワカンナイ……」


 生徒達はパニックになり、尚一も落ち着いてはいられなかった。しかし、尚一は創作物である異世界ファンタジーを読み漁っていただけあって、予想していたいくつかのパターンを構想していた。


 それ故に最悪のパターンでなかったのは幸いであり、他の生徒達より平常心でいられた。


 最悪なパターンは荒野に召喚されるか奴隷扱いする国王の下に召喚されることだってある。


 生徒達は狼狽え、ジャギィとグイールの瞳の奥底に侮蔑が込められているような気がしていた。


 そんな中、浦堀孝二うらほりこうじという一人の生徒が声を上げ注目の的となっていた。


 「みんな!ここで喚いていても帰れるわけじゃないんだ!この世界を救ってみんなで一緒に帰ろう!それに、違う世界の人間が黙って滅ぶよりも俺達がその人達を救うべくして呼ばれたのなら救済しようじゃないか!グイールさん、どうですか?」


 「うむ、その通りですな。マフディー様もこの世界の救世主の想いを無下にすることはないはずです」


 「俺達にはこの世界の人達以上に力があるんですよね?この世界に来てからいつも以上に力が漲っている気がしていたんです」


 「マフディー様によって召喚された異世界人はこの世界の者と比較するなら数十倍の力があるそうですからな」


 孝二は握り拳を作り、戦う意思を見せる。


 絶望の表情をしていた生徒達は孝二の存在感に圧倒され活気と冷静さを取り戻し、新たに希望を見出していた。


 女子生徒の半数は孝二に視線を向け、「私達もやります!」とやる気を見せる。


 「そう言うと思ったよ。孝二、俺もやるよ」


 「トンダ……」


 「孝二とトンダ達もその気なら私もやるしかないわね……」


 「アイリ……」


 「アイリちゃん達が一緒なら私も……」


 「玲凰……」


 トンダと呼ばれている飛田一也とんだかずやは孝二とは親友でスポーツマンらしく髪は短髪で身長は185cmと日本人の中ではかなりの高身長の男子だ。


 冨樫とがしアイリは幼少期に剣道とフェンシングを習っていたことから剣の腕には自信があり、学年で一、二位を争うほどの黒髪ロングの清楚系美少女で身長は168cmと女性の中でも高身長の部類で、城村玲凰しろむられおは天然交じりの美少女で誰にでも分け隔てなく優しく接していることから学年一の女神様と男子生徒からかなりの人気を得ている。


 玲凰の清楚で可憐な容姿に惚れた男子は数多く、ほぼ毎日告白されているようだが、玲凰はそんな告白をすべて断り長瀬尚一という一人の男子に常に話しかけているもいつも返事は曖昧で恋仲どころか友達関係にすら発展していない。


 尚一が目の敵にされているのはそれが原因の一つであるのは紛れもない事実だった。


 孝二率いる他の生徒達は全員賛同するも香澄は「ダメですぅ~」と涙目で孝二達を止めるのだが時すでに遅し。


 結局、グイール達の勝手な都合で訳も分からない戦争に参加することになり、クラスメイト達はアニメやゲーム、学校の授業で習ったであろう戦争に参加するというものがどういうものなのかを理解してはいないだろう。


 崩壊しそうな精神を保守するためにも一種の現実逃避をせざるを得ないのは現状を考えれば仕方のないことだった。


 尚一は賛同こそしたものの内心、グイールとジャギィを観察した。


 グイールとジャギィはその後も魔人族や魔王軍のことを罪のない人間も平然と殺す冷酷非情であると強調し、正義感の強い孝二は「それは許せない!」と怒りを露わにしていた。


 尚一は二人の話しがどこか胡散臭く感じ、魔人族と魔王軍を滅ぼすことで世界に平和がもたらされると思い込ませているような気がして、グイールとジャギィを要注意人物として警戒していたのだ。

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