クロッシングポイント

NOTTI

第1話:まさか自分が

今年もこの時期が来た。それは、社内人事だ。拓海は毎年この人事を気にしていたのだ。彼は入社して5年だが、同期は主任や主任補佐など役職の推薦を受けている人が少しずつ出てきた。しかし、彼には声が掛かることはほとんどなく、彼の周りには新入社員や入社3年目までの社員が代わる代わる座っていた。そして、今年は役職付きの上司は昇任することが内示されていて、その動向も気になっていた。


 そして、人事の公示日を迎え、社員が緊張に包まれていた。なぜなら、退職と配置換えは事前に通知されているが、昇任や新規採用などは当日にならないと動向を明かされない。そのため、多くの社員が緊張の面持ちで異動者一覧を眺めていた。彼もまた昨年の昇任試験を受けて試験結果は合格を勝ち取っている。しかし、昨年は神頭課長が昇任待ちで1年待ちになったことがあった。そのため、今年の昇任が見送られる可能性もあるのだ。


 そして、ボードの前に向かい、ボードに目をこらした。そして、○(異動)・◎(昇任)のいずれかを見つけた。


 すると、喜田拓海という名前を見つけた。これで、◎もしくは○が付いていると彼は異動昇任もしくは昇任することになる。結果は、◎だった。つまり、来年も営業課で働き、主任という役職を就くことが決まった。彼は胸をなで下ろした。しかし、彼はその結果を見た瞬間、自分の同じ職場のメンバーを気にしていた。なぜなら、これまで彼を育ててくれていた大川隆治営業部統括部長が今年度をもって定年退職を迎え、久野隆俊総務部管理課長も定年退職を迎えるという彼にとっては人生の転機のような事態に陥っていた。そして、今回定年退職する二人は彼の第1のゴールである役職昇任試験を彼が受験すると知って、合格できるように空き時間や業務時間外で傾向と対策を作って勉強に付き合ってくださった恩人なのだ。その2人が今年で定年を迎えると言うことで彼にとっては二人から“これからの子の会社を頼む”という心からのメッセージだったのかもしれないと思ったのだ。


 実は彼が入社したときに周囲は優秀な人材ばかりで彼が萎縮していた。なぜなら、彼は社長推薦で受かった社員で、毎年採用者200人に対して5人というとても社内では名誉ある選抜で選ばれた社員だった。しかし、彼は入社当初から業務成績が思わしくなく、社長推薦社員としてふさわしくないのではないかと思うこと、周囲からハラスメントを受けたこともあった。そんな彼に変化があったのは入社2年目のことだった。それは、ある日、次年度の担当者を決める会議をしていたときに彼が担当していた取引先から連絡があり、部長は「喜田くんまた何かやらかしたのか?」とふと頭をよぎった。すると、その予想を大きく裏切る言葉が電話の向こうから返ってきた。それは“次年度の我が社の担当を喜田くんに任せていただきたい”という先方の担当者からの直々の指名だった。


 この頃、拓海はまだまだ荒削りな社員で、取引先から何度もクレームの電話や担当者を変えて欲しいという要望が上がっていた。そのため、周囲からは“彼は何をやってもうまくいかない”と思われていた。そのため、彼が取引先から呼び出しをされると毎回部長以下役職者はヒヤヒヤしていたのだ。それだけに、この電話を受けた部長は開いた口が塞がらなかった。


 彼がまさかこんなにも取引先から信頼されていたとは思いもしなかった。そして、彼が当該企業の信頼を得られるだけの技量があると思うと部長は虚を突かれた。


 なぜなら、彼が担当している取引先企業は付き合いこそ長いが、5年の間で担当が7人も変わっている。担当が変わっている理由も“この社員は自分たちのことしか考えていない”・“うちは取引を辞めようと思う”と言われて、部長や課長などが取引先に出向いて直接謝罪したこともあった。


そのような過去があるにもかかわらず、彼は取引先から好印象で、その取引先から育てていただいたのではないかと思うくらい厚い信頼を得ていた。


 彼にとって何がゴールなのか分からなかったが、この頃から少しずつゴールに対する意識が変わっていった。そして、昇任試験を受けられる入社3年目になった。その年に受験するには過去2年間で課長賞以上の受賞実績や部内業績上位者、各課長の推薦書ならび嘆願書など上司からの評価などが十分になくてはいけなかった。しかし、彼は取引先から信頼を得ていたが、契約件数が年間30件とかなり少なく、課長賞の条件である、年間150件以上、契約総額2億円など示されている受賞基準を満たすことが出来なかったため、課長賞を逃し、部内上位にも届かないという悔しい結果を突きつけられた。


 そして、彼は3年目に関してこれまでの営業に対する意識を変えて望んでいた。その結果、彼が担当する企業が増えて、各取引先からも大口の注文や一括注文など大きな金額の動く注文を得られるようになっていた。


 しかし、彼が取ってきた契約の横取りなどが横行していて、彼の成績としてカウントされるのではなく、当時の課長補佐だった友倉さんがお気に入りの社員に一部を振り分けていたのだ。もちろん、彼がなぜこういうことをしたのかは明確に分かっている。それは“友倉さん本人の人事評価のため”だった。


 当時、各部署の上司は部下から年に3回評価をされることになっていた。そのため、自分のイメージを上げるためにも何らかの便宜を図らなくてはいけないと思っていたのだろう。


 そのため、彼が実際に受けてきた金額と全く違う金額で毎月営業インセンティブの計算をされて、本当はもらえる金額がもらえていないというどこかおかしいと思うようなことが起きてしまっている。


 彼が頑張ってもそのように搾取されることが増えたことで、拓海は久野管理部長に相談に行った。


実はこの年度から社内のハラスメントなどの相談や調査を行い、直接指導・是正を促すためのハラスメント委員会が新たに設立され、その委員会の委員長に任命されて就任したのだ。


 そして、相談後にこの問題は解決し、当該管理職とその管理職から便宜を受けた社員に関して処分が言い渡された。


管理職側に減給と役職者ハラスメント研修の受講、社員側には減給と不正に受け取った報酬の全額返金、ハラスメント社員研修の受講とかなり厳しい処分が下った。


 その後、彼は業績を順調に上げて、課長賞を受賞し、当該年度から新たに創設された課長推薦枠で受験することが認められるなど、彼の中には大きな成長を実感していた。


 この頃、彼は同じ会社の社員との食事会が増えて、他の部署の人と交流する事が増えた。


 そして、意見交換や雑談などをしながら彼は成長するために必要な事を参加した社員たちから聞き出し、答えを探していた。


 彼が営業1課に配属されたのも、社長から“この子は将来有望だからさまざまな部署で経験を積ませたい”という意向からだった。そこまで、社長に期待をされた社員は過去にもいたが、そのプレッシャーで潰れてしまった社員が多く、休職せずに役職者まで上り詰めた人は少なかった。


だからこそ、彼は上を目指してどんどん進んでいきたいと思ったのだろう。


 そして、上に上がったときには今回やられた人たちを見返して、悪いことが出来ないように社内改革を進めたいという希望も心の中に持って、これまでも業務に勤しんでいた。


 そんな彼は今年の春から新たなステージで会社のために働くことになり、更なる会社の成長を支える社員として活躍出来る事を光栄に思っていた。

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