~夢の彼方へ~
あいる
第1話~ゴール(夢)はいつか~
私は今まで一番でゴールテープを切ったことはない。
優劣を付けない小学校の運動会、勝ち負けだけに一生懸命な中学や高校時代、誰に期待されることもなく、かといって存在感も無いわけではなく、それなりの学生生活を過ごしてきた。
そうなんだ、今までやり遂げたことなんて一度もないのかもしれない。
大学入試もそこそこの私学の推薦枠に滑りこんだし、それなりの大学だったから、単位もほんの少しの努力で取ることが出来た。
まさしく平々凡々な青春時代。
苦くもなく、甘くもないままに学生生活最後の年を迎えた。
そんな私が初めて恋をした、同級生などではなくてアパートの近くにあるお弁当屋さんに働く青年だった。
唐揚げ弁当
生姜焼き弁当
鮭弁当
焼き魚弁当
どれをとっても美味しいそのお店で時折、弁当を買った。
「いらっしゃいませ、今日も唐揚げ弁当ですか」
いつも注文するお弁当の名前を出されて少し恥ずかしくなる。
「あの、今日は焼き魚弁当にします」
本当は唐揚げ弁当のつもりだったのに私の口からはそんな言葉がでた。
出来上がりを待つあいだ、店内の小さな丸椅子に座る。
奥で作業をする彼のことを何気ない風を装って目で追う。
「お待たせしました」
袋に入れながら私の方を向く、特別な存在になれるはずもなく、もうすぐ卒業を迎える。
◇◇◇
卒業式にとレンタルした袴姿の私が鏡に映っている、馬子にも衣装とは言ったもので、鏡に映る自分が少しだけ綺麗にみえる。
卒業式を終えて大学のカフェテリアで謝恩会が開かれ、二次会に行く人と帰る人とに別れた。
「とうとう社会人だね」
大学に入って唯一の友達である
「ほんとに、んで、遠距離恋愛大丈夫?」
明香里には同級生の彼氏がいる、離れ離れになるのが嫌でたくさんの会社にエントリーシートを送ったけれど、結局内定が貰えたのは地元の小さな企業、この春は悲しい春だと落ち込んでいる。
「
確かに遠距離恋愛で上手くいくのはほんのひと握りのカップルだろう。
それが、縁だと言うのだから仕方ないのかもしれない。
私が四月から勤めるのは、関西に本社がある自動車の部品メーカー、私ですら研修の後にどこに配属されるのかもわからない。
彼氏と二人で卒業のお祝いをするという明香里と別れ私は住み慣れたアパートへの道を歩いた。
「こんばんは」
不意に後ろから声が聞こえた、振り向くといつもの白衣ではない彼が笑っていた。
「卒業式だったんですね、おめでとうございます」
思いがけない言葉に驚く私に彼は優しい言葉をかけてくれた。
「ちゃんと未来に向かっている人って素敵ですね、僕なんか夢を追ってダラダラと何となく生きてるだけなんで、尊敬します」
「でも、夢を持ってるって素敵じゃないですか」
「ゴールなんてあるのかも分からないし、いつも不安になるばかりです」
彼がどんな夢を持っているのかを知りたかったけれど、聞けなかった。
それから一ヶ月後、本社のある大阪へと配属された私のほのかな恋は終わりを告げた。
◇◇◇
あれから約10年の月日がたち、私は平凡な主婦になった。
「お母さん、今度のお遊戯会で、僕の役、お馬さんなんだって」
物語の主人公には選ばれなくてがっかりしている
「世界一カッコイイお馬さんになれたらいいね、お母さん楽しみにしてるからね」
テレビのワイドショーでは今年の芥川賞が発表されていた。
「三度目の挑戦で初の芥川賞に輝いたのは『ゴールを目指して』で受賞された
そこには、あの頃と同じように恥ずかしそうに笑う彼の姿があった。
あの日の彼の夢は叶えられたのだ。
─ちゃんとゴール出来たんだ─
思わず涙ぐむ私の顔を悠斗が心配そうに覗きこんだ。
「ママね、嬉しくて涙が出ちゃっただけだからね」
「そっかぁー、僕もカッコイイお馬さん頑張るね」
夕暮れの空からは優しい茜色の光がさしていた。
このゴールはきっとスタートライン、彼の夢がこれからも輝き続けますようにと祈った。
~おしまい~
ゴールを目指して頑張っている全ての方に捧げます、夢を諦めないでください。
いつかきっと……
~夢の彼方へ~ あいる @chiaki_1116
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