31話 弾けろシナプス
「頑張ってね初花ちゃん・・・・・・」
「う、うん・・・・・・がんばるね」
からかうように笑ってぽんぽん肩を叩く無子に、生気を失った顔で儚く微笑むアルフ。
アルフの精神的犠牲を無駄にするわけにはいかない。
俺は固く誓いつつも、アルフに気づかれないようひっそりドン引きして扉をガラリと開ける。映像授業を受けていた様子の生徒たちの驚きを含む視線が俺に集まる。俺はそれらに構わず教室中に視線を走らせる。
「!?」
「見つけた!」
目を見開く火累を捕捉した俺は決して逃すまいと急いで奴の方へ向かう。しかし火累は逃げずに動かない。まあこいつは逃げるような奴でもないか。
火累の席にたどり着き向かい合った俺は火累と目を合わせる。火累の視線から感じられるのは敵意のみ。こちらを睨む火累が口を開く。
「・・・・・・何の用だ。一生関わるなって言ったよな」
「うん。でもわたしは肯定してない」
火累が舌打ちする。
「・・・・・・あんたらがどう思おうがオレにはあんたらと金輪際関わるつもりはない。だから何を言おうと無駄だ。帰れ」
「ううん、帰らない。だってわたしと火累くんの間に誤解があるから」
俺は一つ深呼吸を挟み、予め形にしてきた言葉を紡ぎ出していく。
「確かに火累くんに初めに近づいた動機は攻略するためだったよ。でも、今はそれだけじゃない。火累くんと関わっていく内にそれだけじゃなくなったの」
「・・・・・・」
後ほど恥ずかしさで死にたくなるのだろうが、それでも俺は内心を伝えようと努力する。
「今は火累くんのことをわたしは本当に友達だと思ってるんだよ。火累くんがひねくれた頑固者で、常に無愛想で、いつも偉そうで、正直な話、いらいらすることもたくさんあるけど。でも、あなたをそんな人間だとちゃんと認識した上であなたと友達でいたいとわたしは思ってるよ。だから決して打算なんかじゃない。あなたのことを好きになる人間もちゃんといるんだよ。わたしだけじゃなくてアルフくんも無子ちゃんもそう」
この辺りの台詞は米五から由希の昔話を聞いて構成したものだが、どれも嘘偽りのない本心だ。
「だから戻ってきてくれないかな」
俺が言うと目を伏せた火累が歯をギリギリと食いしばったのが分かった。
「・・・・・・それもオレを攻略するための方便だろ。ちゃんと分かってるんだよ・・・・・・!」
「えっ!? ちがっ」
これで仲直りが完了すると思っていただけに返された答えに焦り、慌てて否定しようとすると火累が机を叩いて立ち上がった。
「何が違うのよ! 分かってるのよ、あんたの考えてることは! どうせあたしみたいな人と関わった経験が少なそうな人間は優しい言葉で寄り添えば仲直りできるとか考えてるんでしょ!?」
「っ!?」
微妙に図星をつかれて返す言葉を失う俺に、火累の顔がゆがみ眼球がきらめく。
「ほら! やっぱりそうなんじゃない! 本当に帰って!」
「ほ、本心なのは誓って嘘じゃないから!」
「・・・・・・!」
火累が言葉を詰まらせた。
「本当にわたしは火累くんのことを友達だと思ってるし、もちろん攻略しようとも思ってるけどそれだけで付き合ってるわけじゃない!」
「・・・・・・ょ」
「え?」
火累が俯いているせいでよく聞き取れない。
「もういいから黙ってよ・・・・・・! 信じそうになるでしょ!?」
「・・・・・・え?」
キッと上向けられた瞳は涙をたたえ、ぶつけられた言葉に俺は間抜けに音を漏らす。
それは間違いなく火累の口から飛び出した言葉だったけれど一瞬分からなかった。だってそれは由希の言葉とは思えないほどに弱々しかったから。
「あんたが本当のことしか言ってないって信じそうになるでしょ!? そんなことあり得ないのに! あたしなんかと友達になってくれる人間なんているはずないのに! だからあんたが本当のことを言っているはずがないの!」
「そんなことない!」
「嘘よ! あんたは絶対にあたしのことなんて友達だと思ってないのよ!」
その一言に一瞬俺の中の全てが止まったように錯覚した。拍動も呼吸も細胞分裂も。再び動き出したと同時に、全身の血がカッと頭に上り痛いほどに上の歯と下の歯が衝突する。
今にもぶちまけてしまいそうな激情を抑圧するのだが、その切れ端がかすかに漏れ出る。
「・・・・・・ッ」
「だから帰りなさい! もう分かったでしょう! あたしのことをどう頑張ったって騙せないことを!」
だがしかしそんな俺に気づいた様子もなく好き勝手言い放題の由希にブチッとどこかがキレたのが分かった。
俺の腕が由希の胸ぐらをひっつかみぐいと己の方へ引き寄せる。
「さっきから聞いてりゃ、訳分かんねえこと言いやがって・・・・・・! 俺がお前と打算で友人やってるだと・・・・・・?」
「っ!?」
「ふざけてんじゃねえよ、クソが! なんで俺がお前みたいなクソ傲慢野郎と友達やんなきゃいけないんだよ、アホが! 倉吉初花には育山火累と友達やる理由はあるが、孫崎優には遊梨浜由希と友達をやる理由なんてないんだよ! それを打算だ打算だと勝手に一人でわめきやがって・・・・・・!」
「!?」
「俺がお前と友達やってるのに理由なんてねえんだよ、分かったか! もっと言うとな倉吉初花だって育山火累を攻略するためだけに友達やってるわけじゃねえ! 何度も何度も繰り返し言ったが! 倉吉初花は育山火累を普通に友達だと思ってるんだよ! 倉吉初花がそんなゴミ人間なわけねえだろうが! ふざけるなよ!」
「で、でも」
「そんなに言うなら孫崎優が遊梨浜由希と友達やって得することを挙げてみろ!」
言葉を詰まらせた由希だったが、しかしすぐに口を開く。
「そんなの分かるわけないでしょうが! あたしはあんたのことを全然知らないんだから何考えてるかなんて分からないわよ! あんたが証明しなさいよ・・・・・・!」
出来るはずのない証明をしろと言われて、もうどうでもいいやと今までこらえていたことをぶちまける。
「あのなぁ!? 今までお前が絶対に怒るからあえて言わないでいたけどなぁ!? お前、リアルとVRを混同してんだろうが! バカなのか!?」
「んなっ!?」
火累の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「俺が打算で友人やってんじゃないかとお前が疑ったのはVRの俺だ。リアルの俺は何も関係ない。なのにお前はリアルの俺もそうなんじゃないかと疑いやがった。バカめ! そんなわけないだろうが! よく考えろ!」
「はぁ!? 中身は同じあんたでしょうが! あたしの推論はどこもおかしくないわ!」
「なら俺が証明してやるよ・・・・・・! 初花と優が別人だって事をなぁ!」
俺は叫ぶとただでさえ近かった火累の顔をぐいと近付けぶっちゅーっと奴の唇に俺の唇を押し付けてやった。
十分に時間が経つと俺は奴を突き飛ばし、ぐいと口まわりをシャツで拭う。目を見開き口を中途半端に開けて間抜け面をさらす火累を俺はビシィッと指差す。
「なっなっなっ・・・・・・! あんた何を・・・・・・!?」
「これで分かったか、リアルとVRの区別が付かないバカ! 俺は今リアルじゃ絶対にしないことをした! それはここがVRだからだ! そして俺が今、倉吉初花だからだ! 以上のことから孫崎優と倉吉初花は別人なんだよ!」
俺がずんと一歩近づくと顔を真っ赤にした火累がさっと一歩下がる。
「分かったか! なんならもう一回してやろうか!」
「わ、わわわわわわわわわわ分かったから!? それ以上近寄るなアホ!」
ちゃんと理解させることが出来たようなので、俺は勢いもあるしせっかくだからとそれ以上後ろに下がれない火累に限界まで近づき宣言する。
「お前を絶対に惚れさせてやる!」
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