29話 倉吉初花は実は無双できる
「もうそろそろ理事長を強請るのも限界なんだよねぇ、今までさんざん無理してきたから・・・・・・これはさすがの私でも怒られちゃうんだろうなぁ・・・・・・」
「元はといえばお前がまいた種だろうが」
「まあ、そうなんだけど」
「なんだか変な感じだね、初花ちゃんがそんな風に喋ってると」
「!? な、何のことかな!? わたしはまだ何も喋ってないよ☆」
「あはは! 語尾に☆が付いてる!」
「そ、そんなことより早く行こうよ火累くんの教室に! 確か三組だったかな!?」
恥ずかしくなってきたので俺は話の方向を無理矢理切り替え校舎に向かって歩き始める。
俺たち三人が今いるのは俺たちの高校があるVR空間とは別のVR空間。育山火累が転校した先のVR空間だ。転校と言われて、この高校から別の高校に移られてしまっていたことを想定したのだがそうではなかったのである。米五に、というより無子に調べさせたところ、火累が移ったのは別の生徒のために用意されていたVR空間であり、そこは当然俺たちとリアル高校を同じくするVR高校なので転移できたというわけだ。
「そうだね、早く行こうか。授業は私たちの思考を模したAIに任せているとは言え、すぐに我が高校のシステム部門にバレちゃうだろうし。戻るのは早ければ早いほど私たちが怒られなくて済む」
まあ米五が理事長の弱みを握っているから、俺たちがそれほど重い罰則を受けるとは思わないがそれでもやはり何かしらは科せられるだろう。出来るだけ火累と早く仲直りすることを決意しつつ、俺、無子、アルフの三人は校門を抜ける。
「おい、君達! ここの学生か?」
走って抜けようと思ったら守衛に見つかった。
どうにかしろと無子に視線を送る。
「あ、私に管理権限が与えられているVR空間は私たちの高校があるところだけだからね。ここのAIに干渉するのは手間がかかって、洗脳とかは時間がないからやってないよ」
「つまり・・・・・・?」
無子の台詞に嫌な予感を覚えていると、同じ事を思ったらしいアルフが喉を鳴らす。
「自力でどうにかしないといけないネ!」
「チッ!」
俺はそれを聞くと同時に進路を変えてこちらに向かってくる守衛に一人立ち向かう。
「初花ちゃん!?」
「お?」
「二人は先に言ってて! すぐに追いつくから!」
かっくいいー! と口笛を鳴らす無子を無視して俺はずんずん進む。
「何だきみたちは遅刻ならこの名簿に記名をしぐもっ!? おぇぇぇぇえええええっ!」
びちゃびちゃびちゃ!
守衛の吐いたゲロを俺は華麗にステップ回避して二人の背中を追いかける。
「いやぁ、さすがだね、初花ちゃんのスキル」
にやにやと虚無がからかってくる。
「本当はこんなことに使いたくないんだけどね・・・・・・」
「でも、すごいね、初花ちゃん。これなら問題なさそうだ」
「えへへ」
アルフに褒められて俺ははにかむように笑う。
「あ、そうだ、じゃあみんなにも渡しておくね。わたしの手作りクッキー」
俺が渡そうとするとアルフがさっと手を引いた。
「あ、え、えーっと・・・・・・触っても大丈夫?」
「大丈夫だよ!?」
そんなやり取りをしているうちに校舎に到達した。靴を脱いで火累の教室を目指して廊下を走る。
「待て君達!」
すると脇の廊下から教師がわらわら湧いてきた。どうやらゲロを吐いた守衛が連絡していたらしい。
「遠回りする?」
「いや、このままで行こう。遠回りすると教師と遭遇する確率が上がる。やるなら短期決戦しかない」
「了解!」
俺は無子の台詞にうなづくと同時にグンと速度を上げて俺たちを捕らえようと迫る教師二人と距離を縮める。
「初花ちゃん!?」
アルフが心配してくれているようだがこれぐらいなら問題ない。
初めに右側の教師に狙いを付けた俺は彼我の距離がゼロになったと同時に瞬時に身をかがめ足払いを仕掛ける。
「うおっ!?」
バランスを崩して背中から後ろに倒れる教師に飛びかかり抵抗できないよう両腕を脚でホールド。そして懐から取り出したクッキーを口の中にぶち込む。瞬時に顔色を青くした教師から脚をほどいて右側の壁を蹴りつける。そのまま俺の素早い機動に目を見張り固まる教師の口にクッキーをぶち込み、無子とアルフの元にワンステップで戻る。
汗を垂らす無子と、口を開けて間抜け面をさらすアルフに俺は頬を染める。
「わたし結構VRゲームでも遊ぶんだ。だから無子ちゃんからもらったステータスがあればそれなりの動きは出来ると思うよ?」
「無子ちゃん、初花ちゃんの身体能力そんなに上げたの・・・・・・?」
「いや、常識的な範囲だけど・・・・・・この世界でそんな超人作れないし・・・・・・初花ちゃんのプレイヤースキルがとんでもないんだよ・・・・・・」
「えへへ」
俺は基本的にどんなVRゲームでも初花と体格がほぼ変わらないアバターを使っているので操作に慣れているのだ。
「さ、行こっか」
俺は未だ驚きから抜け出せない様子の二人に微笑みかけ、目の前に広がるゲロと俺に同じく唖然としている教師陣の方へ歩を進める。
瞬時に教師たちをゲロまみれにして、火累のいる四階を目指す。階段を昇っている最中に上階から迫ってきた教師とやり合うのはさすがに分が悪いのでやむを得ず進路を変更したりしながら俺たち三人は上へ進んでいく。
予想はしていたが時間とともに情報が回るのだろうが、襲い来る教師が徐々に増えていく。それに俺のクッキーを食べたからといってゲロを吐くだけで死ぬわけじゃないのでしばらくすれば復活する。その上こんなこともあろうかと多めに用意はしたもののクッキーの数には限りがある。
丁度最後の階段、すなわち四階へのそれにたどり着いた時である。
前方の数学準備室なる部屋から廊下を埋め尽くすほど大量の教師が出てきた。
「なっ!?」
「えぇ!?」
「あー・・・・・・どうやらもうバレちゃったみたいだね・・・・・・当然私が理事長の弱みを握っていることを知らない職員たちが本気を出して大量の教師を生成したらしい。まあこちらに干渉されないようにはしてるけど・・・・・・捕まったらおしまいだね。ははっ」
「笑ってる場合じゃないよね!?」
俺は笑う無子に悲鳴を上げて階段を急いで駆け上がる。
逃げるしかない。相手に出来る数ではない。幸いにもあとは四階に上がって廊下を駆けて火累のいる教室に飛び込んで仲直りを果たし、共に元のVR高校に戻るだけだ。
数が多いせいで思うように進めない様子の教師軍団から出来るだけ距離を稼げるよう全力で走る。目的地にたどり着いた。プレートには『一年三組』と記されている。
再度火累との仲直り作戦を頭の中で反復しながら扉に手をかける。無子がとんとんと俺の肩を叩いた。
「初花ちゃん、火累くんとの仲直りどれだけかかりそう? 三十秒くらい?」
「え? どうだろ、分かんないけど三十秒じゃ終わらないかな」
「ふむ・・・・・・じゃあ、その間あれを私とアルフくんでしばらくここに留めておかないといけないということだね」
「? あれ?」
顔を真っ青にしたアルフの視線の先を辿る。
当たり前だが大量の教師がこちらに迫ってきていた。
・・・・・・うわぁ。
「さて、どうしようか?」
無子が楽しげに、にやりとこちらに向かって笑ってきた。
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