27話 俺がメインヒロインだ

「じゃあ、今度は私の悩みごと、聞いてもらってもいいかな?」

「・・・・・・まあいいけど」

 

 ちらりとこちらに視線を寄越し微笑んだ立川に俺は戸惑いつつもうなずきを返す。

 

「少し恥ずかしいんだけどね、実は私も優くんと同じで大勢から告白されるためにアルフっていうキャラクターを作ってこの学校に入学したんだよね」

 

 俺は軽く目を見開き立川の方に振り向く。

 そんな俺に立川ははにかむような笑みを見せて続ける。


「私はね、女の子のかわいい瞬間がすごく好きなんだ。例えば恋をしている女の子とかね」


 全く予想していなかった告白だったが今の台詞はストンと胃の腑に落ちた。それと同時に俺の口から言葉がこぼれ出る。


「ああ、鼻血」

「!? ま、まあ、だよね・・・・・・」


 俺が自身の台詞に気づいたのはすでに立川が真っ赤に染まった後だった。

 返す言葉の見つからない俺が黙り込んでいると立川がんんっと咳払いをする。


「優くんの言ったとおり、かわいい女の子を見ると思わず鼻血が出ちゃうぐらいには好きなんだ。だから昔から恋バナに参加するのは大好きだったし、出来るだけ彼女たちを間近で見るために恋愛成就を応援したりね」


 俺も思い返せば同じことをしていた。かわいい女の子の振る舞いを学ぶために学校に行っていたようなものだった。


「初めはね、それだけで満足だったんだ。でもね、中学生の時に私にすごく仲のいい女の子の友達が出来たんだよ。学校にいる間はずっと一緒にいたし、放課後もほとんど毎日勉強したり遊んだりで一緒にいたんだ。それぐらい仲が良かったんだけど、中学二年生の六月ごろにね、その子に好きな男の子が出来たんだ。それでね・・・・・・」

「?」


 言葉を切った立川に首をかしげる。

 怪訝に思っていると、立川が唐突にずいっと俺との距離を詰めてきた。


「私にいつも話してくれるんだよその男の子の好きなところを!」

「お、おう・・・・・・」


 火照った頬とギラギラ輝く眼球とよだれを垂らす口の端に俺の顔が引き攣る。はっきり言って普通に気持ち悪かった。


「その男の子とこんなことを喋ったとか、ここがかっこいいとか、ここがだめだけどそこがかわいいとか・・・・・・!」

「・・・・・・鼻血出てるぞ」

「はっ・・・・・・ごめんね興奮しちゃった」

「お、おう・・・・・・」


 俺の指摘に立川は恥じ入るように俺から距離を取り鼻血を拭き取る。

 なんなんだこいつは。

 呆れていると、こほんと空気を締め直すように立川が咳払い。


「でもね、ある日突然思ったんだ」

「なにを?」

「その感情は私に向けられてるわけじゃないんだなぁって」

「・・・・・・まあ、そうだな」


 それはそうだなという気持ちだった。

 呆れる俺に気づいた様子もなく立川は続ける。


「それに気づいたらすごく寂しくなったんだよね。別に私は彼女の恋をしている姿がかわいいとか関係なく彼女のことが好きだったんだ。当然、彼女に好きな人が出来てから私と一緒にいてくれる時間は減ったから寂しかった。その時に思ったの」

「・・・・・・」

「女の子から恋愛感情向けられたいなぁって」

「・・・・・・ほーん」


 そのどこかに向かって呟かれた願いはバカみたいだったけど、だからこそ想いが込められているのが理解できてこの上なく真剣なのが分かった。


「悔しかったんだよね、きっと。明らかに私に向ける感情よりも男の子に向ける感情の方が大きかったから。それで私のかわいい女の子大好きっていう思いそれが合わさってこの学校で大勢から告白されることに決めたの。・・・・・・その点で言うと初花ちゃんはすごくかわいかったよ!」

「・・・・・・ああそう」


 嬉しいような恥ずかしいような。

 顔を背けた俺に立川が微笑む。


「だから私も最近悩んでるんだ」

「なにを?」

「由希ちゃんが優くんに言ったこと」

「・・・・・・ああ」


『打算で友達やられて許せるほど落ちぶれていないの』だったか。立川は火累を攻略しようとしているわけではないが、この学校に入学した動機が俺と同様ならば由希

から信用を得ることは難しいかもしれない。


「でもね、私は由希ちゃんと友達でいたいんだ」

「・・・・・・」


 立川が沈みゆく夕日に目を細める。


「楽しかったんだよね。VRもリアルも。まだ全然一緒に過ごしてないけど、それでもこれからもこの日常をずっと続けたいなって思うぐらいには。もちろん蒼星ちゃんも一緒にね。・・・・・・私は前みたいに過ごしたいんだよねぇ」

「・・・・・・」

「だから、私も最近、つまらないんだよね。優くんもでしょ?」


 つまり、お前も以前と比べてつまらないと言っているのだろう、と。


「・・・・・・」


 答えない。答えないが、答えはそれ以外にありえない。

 俺が黙り込んでいると、立川がたたっと数歩俺より先に進んでくるりと振り返った。夕日を背にする立川が後ろ手に組んで俺を下からのぞき込む。そして口の端を挑戦的に吊り上げる。ほんの少し頬は恥ずかしそうに赤らんでいたけれど。

 それはなんだか


「悔しくない? 優くん。火累くんを攻略するって一回決めたんでしょ?」


 倉吉初花が俺に話しかけているみたいだった。

 そんな倉吉初花は存在したことはないしこれからも存在しないのだけれど。だって、倉吉初花は挑発しない。でも、きっと、孫崎優に対しては挑発するのだろう。倉吉初花と俺は同一人物で、倉吉初花は俺のことを全て知っている。そして初花は火累を攻略したい。初花は優しいから他人を煽ったりはしないけれど、俺に対してならそんな遠慮は必要ない。だから初花が存在したならきっとそう言うのだろう。


「止めていいのかな? みんなをわたしの、あなたの虜にしたいんじゃなかったのかな。それともそんなのもう無理だ! って諦めちゃうのかな」

「・・・・・・アホか。んなわけねえだろ」


 何かがふつふつと湧いてくる。それは気づけば血液に混じり、循環し、俺の全身に熱を与える。


「うんうん。じゃあ、聞いてみようかな」


 そう呟いた初花はいつの間にかすぐそこにいて、惚れてしまいそうなぐらいに魅力的で小悪魔みたいに刺激的な笑みを咲かせていた。


「わたしは、そしてあなたは、だあれ?」


 ・・・・・・あぁ、くっそ。

 お前は最高のヒロインだよ。俺の人生の主人公の背中を見事に押しやがる。

 そんなの決まっているだろう!


「超ド級の美少女倉吉初花だ。育山火累の攻略なんて朝飯前のメインヒロインだ!」

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