26話 立川沙耶は聞き上手

 休日。

 俺は自室で寝転びアニメを見ていた。

 登場人物たちが楽しそうに笑って文化祭をしている。


「・・・・・・チッ」


 湧き上がった苛立ちに俺はアニメを止め、EPの電源を落として仰向けに寝転がる。

 気分を晴らそうと何をしても必ずこうなる。

 VRゲームでモンスターやプレイヤーを大量にぶっ殺そうが、読書をしようが、何をやっても身が入らないし、しまいにはそんな自分に苛立ち、止めてしまう。ただ見るだけで楽しめるアニメなら気晴らしになるかと思ったのだが逆効果だった。

 俺はこんなことをするためにこの高校に進学したのではない。

 俺の過ごしたかった高校生活はこれではない。

 大勢からちやほやされて告白される高校生活を俺は目指していたのだ。

 なのに、ここ一週間は倉吉初花を演ることすら億劫で後半はほとんど俺の思考を模したAIに操作は任せていたほどだ。

 それもこれも全部、由希の奴が倉吉初花を否定したからだ。

 だから俺は素直に初花を演れないし、楽しくない。


「・・・・・・あ~! クッソ・・・・・・! ・・・・・・散歩でも行くか」


 抑えきれなくなった苛立ちに俺は大きく息を吐き家を出る。

高度を落とした太陽が赤く輝き俺の影を遙か後方まで伸ばしている。

 まるで血に濡れたみたいに赤く染まった世界に、滅亡しねえかなと、思わず破滅を願いながら見慣れた町並みを横目に進む。

まもなく目的地である散歩道に着いた。

左に住宅地、右に川。どちらもこの散歩道からは見下ろす形となっており、間の斜面にはよく整備された雑草が生えている。視線を前にやれば橋を電車がガタゴト通り過ぎ、上を見やれば茜色の空を鳥や車が飛んでいる。耳朶を震わすのは側の川のせせらぎと、風にゆれる植物の擦過音。あわせて草の香りが鼻腔をくすぐる。ときおり汗を額にランニングする人や、気持ちよさそうに自転車で駆ける人々とすれ違いながら俺は脚を動かす。こうしていると思考がどこかに飛んで一時的に全てを忘れることが出来る。要するにリラックス出来るので、ストレスでどうにかなりそうな時など俺はよくここに来る。

 いつもの散歩コースを半分ほど過ぎたころである。


「あれ、優くん?」


 呼ばれた名前にゆっくり振り返る。

 ランニングウェア姿で目を丸くした立川がいた。額が汗で濡れていたり、呼吸の乱れようから判断するにどうもランニング後のクールダウンに歩いていた様子だ。

 ・・・・・・何でこいつがここにいるんだよ。

 うんざりしていると立川があははと虚しく笑いながら寄ってきた。

 どうも顔に出ていたらしい。

 だが立川は走り去ったりすることなく俺の横に並んだ。


「偶然だね。私は近所に住んでるんだけど、もしかして優くんも?」

「・・・・・・まあ」


 だからといって立川を怒鳴るのはただの八つ当たりなので俺がうなずくと、同時に二人並んで歩き始める。


「へえ! まさか近くに住んでるとは思ってなかったなぁ・・・・・・。優くんは散歩?」

「ああ。・・・・・・お前はランニングか?」


 俺が問うと立川が照れたように笑う。


「うん。じつは高校に入って全く運動しなくなっちゃったから運動不足が心配で。定期的に走ることにしてるんだ」

「・・・・・・へぇ」


・・・・・・だからこいつは体力があるんだな。

シャトルランの記録で負けたことを思い出し、悔しくなっていると立川が言った。


「私、ここ好きなんだよね。この時間帯だと暑くも寒くもないし、うるさくもない。むしろ聞こえる音が心地いいぐらい」

「・・・・・・分かる。無心になれるっていうかな」


 あまりにピタリと俺の内心と一致する立川の言葉に思わず肯定を返してしまった。

 そんな俺が意外だったのか立川はほんの少し目を丸くして、それから微笑む。


「そうそう。どうにもならないことがあってもここに来ると気分が晴れたり」

「それな」

「だよね。・・・・・・優くん、良かったら一緒に走る? ランニングの方がスカッとして気持ちいいと思うけど」

「・・・・・・考えとく」


 視線を逸らしてそれだけ口にした俺に立川はあはは、と笑う。

 まあ仮に立川と一緒に走ったら確実に大きく後れを取るからな。


「じゃあ優くんは何か悩みごと?」


 喉が詰まる。

 唐突に犯された間合いに咄嗟に言葉が出てこない。


「・・・・・・いや、別に」


 しばらく経っても逃してくれる気配のない立川に俺はそれだけ口にする。

 だがやはりその間と答えは致命的で立川は追及の手を緩めない。


「それって・・・・・・由希ちゃんのことだったりするのかな」

「違う、あいつはどうでもいい」


 俺の口から否定の言葉が反射的に飛び出る。

 立川の台詞に含まれていたニュアンスが致命的に間違っていたからだ。俺は断じてあいつとの仲が険悪であることを憂いているわけではない。

 唐突に強く言葉を発した俺に驚いた様子の立川がそのまま小首をかしげる。


「えっと、・・・・・・じゃあ・・・・・・?」


 そんな立川に俺は頭をガシガシ掻いて深く息を吐き出す。

 この流れで無言を貫くのは誤解を生む。


「・・・・・・つまらないんだよ、学校が。もうバレてるから言うけど、俺はかわいい倉吉初花でいるためにこの高校に進学したんだ。でも、最近はそれが出来ない」

「・・・・・・?」

「・・・・・・」


 理由を求める立川に俺は無視を決め込んだ。由希がむかつくから初花でいられないなんて認めたくない。

 それからしばらく俺を待っていた立川だったがやがて視線をふっと切ると口を開いた。


「じゃあ、今度は私の悩みごと、聞いてもらってもいいかな?」

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