25話 万事どうでもよし
由希が絶交を宣言した次の日。
VR高校のホームルームの時間が再来週の発表会の準備のための時間に充てられた。
「・・・・・・おい」
俺はずっと外を眺めている火累に声をかける。倉吉初花でいるのは止めた。倉吉初花は他者に敵意を向けるのに向いていない。姿は倉吉初花なのだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・無視してんじゃねえよ。発表内容詰めるぞ」
クソ野郎はこちらに視線すら寄越さない。
腰を浮かし奴の肩に手を伸ばす。
「発表内容を相談するって言ってんだろ」
俺の手がパチンと払われた。
同時に鋭い視線がこちらに振り向く。
「うるさい。あたしに話しかけないで。独りで勝手にやってなさい」
「はぁ?」
「昨日、二度と関わらないでって言ったでしょ」
それだけ言うと奴は視線を切って体勢を元に戻した。
舌打ちが漏れる。
「・・・・・・分かったよクソが」
もちろん一人でやるのはこいつにやらされているみたいで癪なので発表会のことなんて何もやらずに読書をかました。
授業と授業の合間の休み時間。
無子が友人と話していた。
「ははーん。疑ってるね? よし、じゃあ今からキミが考えている事を当ててあげよう」
「大した自信でござるな? よかろう、では拙者が思ったことを当ててみよ!」
しばしの沈黙。
無子がにっと笑う。
「この口調めんどくせー、って思ってるね」
「んなっ!?」
驚いた偽ござるが立ち上がりその拍子に机の上からシャーペンが転がり落ちる。シャーペンは火累の足下でぴたりと止まる。火累に気づいた様子はない。
「育山くーん、そこのシャーペン取ってくれない?」
ぼんやりと外を眺めていた火累の視線がちらりと無子に向き続いて自身の足下に落ちる。
「・・・・・・」
そのまま火累は再び視線を外に戻した。
普段の俺ならフォローに入ってやるところだが何もしない。
「・・・・・・」
「ははっ、まあ、だよねー」
そんな火累に偽ござるは唖然とし、楽しそうに笑った無子は自身でシャーペンを取る。
偽ござるが無子の耳元に口を寄せる。
「育山うじはいつもああなのでござるか?」
「まあね」
無子が首肯すると偽ござるがべぇーっと舌をだす。
「・・・・・・うへぇ」
また別の授業と授業の間の休み時間。
俺が火累とは反対側の隣人と「今の授業難しかったねー」「ねー?」なんて思ってもないことを言いながら次の授業の準備をしている時のことである。
俺の左斜め後ろ、つまり火累の後ろの男子生徒がトントンと火累の肩を叩いた。かつて火累が自らノート見せてやろうかと申し出た男子生徒である。
「育山くん、良かったら今の授業のノート見してくんねぇ? おれ、また寝ちゃってさ」
俺は彼らから視線を切って「ん? 初花ちゃんどうかした?」「え? あ、ううん! 何もないよ!」「・・・・・・今、育山くん見てたでしょ?」「へ?」「かっこいいよねぇ、育山くん」「そ、そういうのじゃないよ!」「あはは、照れてる照れてる」なんていう会話を続ける。
「・・・・・・」
火累は男子生徒に一切リアクションしない。
そんな火累に首をかしげた男子生徒は何度か名前を呼ぶ。
五度目にしてようやく火累が振り向いた。
「うるさい黙れ。オレはお前のためにノートを取ったわけじゃない」
怒りを含む声が辺りをピシャリと震わせ、教室がしんと静まりかえる。
ガタリと誰かが席を立った。
「・・・・・・なんだよ」
火累にノートを貸すよう頼んだ男子生徒は苛立たしげに呟き、友人のところへ向かった。
教室中の誰もが口を閉ざしつつもひっそり火累に注意を向ける。
それに気づいた火累は舌打ちをすると教室を出て行った。
それから数秒、空気は弛緩しざわざわとクラスメイトは騒がしさを取り戻す。
「・・・・・・育山くんこわ」
「あはは・・・・・・」
主に火累に対するマイナス感情を孕んだ話題で。
ざまあみろ。
・・・・・・と、今のがここ最近のハイライト。
別にこれらのエピソードに限らず、奴は順調にクラスメイトからのヘイトを稼いでいた。
リアルでも同様だ。
リアルは一週間に二回しか通わないからVRほどではないものの、それでも確実に奴に対する周囲の評価は悪化している。
奴の他人に対する敵意が増大しているのだ。
アルフ、あるいは立川などは奴が孤立しないよう小まめに話しかけていたが、奴の態度の悪さのためにかえってアルフや立川の友人が奴に悪印象を抱く結果になっていた。
だからといって奴にそれを気にした風もない。
常にぼんやりと席に着いている。
俺の知ったことではないが。
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