幕間2 くだらない思い出
「ずっと前から好きでした! ぼくと付き合ってください!」
「・・・・・・は?」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。だってあたしはこいつと直接話した事なんてほとんどない。まさかそんなやつに告白されるなんて思ってもみなかった。
あたしが理由を求めていると思ったのかこいつは慌てて付け加える。
「あのずっと、初めて見た時からこの人だって思って! 僕の運命の人だ! って! 要するに一目惚れって言うのかな!? それで話してみたら内面も素敵な人だなって思って!」
いやろくに話したことないでしょ、あんた。
「だから、好きです! 遊梨浜由希さん! ぼくとお付き合いしてください!」
「・・・・・・」
まあとは言ってもこんなにも率直に想いをぶつけられれば悪い気はしない。こいつがあたしのどこを気に入ったのか少しも分からないけど、どこか琴線に触れるところがあったのだろう。
だからあたしは今までの態度を少し改めようと思ってとりあえず問う。
「とりあえず名前を教えなさい」
まずは友達からだ。そのためには名前を知らないといけない。あたしはこいつが、かんちゃんと呼ばれていることしか知らないのだから。おそらくこのかんちゃんとやらもいきなり付き合えるなんてことは思ってないだろう。とりあえず先に気持ちを伝えておいて、というつもりのはずだ。だってロクに話したことすらないのだから。
と思っていたのだが。
「ぇ?」
「・・・・・・は?」
かんちゃんとやらの頬を涙が伝っていた。
頬は紅潮したまま口は半開きに。固まった顔を涙だけが流れ落ちる。
え?
「・・・・・・あ、ごっ、ごめんっ!」
「あっ」
それに気づいたかんちゃんとやらは目元を覆って回れ右して走り去っていった。
一人ぽつんと残されたあたしは、思わず前に出していた右手を下ろす。
なんだか胸がずきずきと痛んだ。
*
かんちゃんとやらを邪魔者だと思って接するのは止めようと思って登校した翌日。
誰一人あたしに話しかけてこなかった。
要するに、あたしの唯一の友達である彼女が話しかけてこなかった。
何をしているのだろうかと本を読むふりをしながらちらりと横目にうかがうと、彼女はかんちゃんとやらを慰めている様子だった。かんちゃんとやらはかなりダメージを負っていた様子だったし、彼とも仲のいい彼女からすれば放っておくことは出来ないのだろう。
一人でいるのは寂しかったが話しかけに行くことはしないのでその日は随分と久しぶりに一人で本を読んで過ごした。
翌日。
さすがに告白が無謀でありそもそも成功の可能性がなかったことに気づいた彼も立ち直っており彼女もこれまでのようにあたしと話しに来るかと思ったのだがそんなことはなかった。またしても一日中あたしは一人で過ごした。
翌日。
また一人だった。
翌日。
また一人。
翌日。
やっぱり一人。
ずっと彼女は彼と話していてあたしに一瞥すら寄越さない。
いい加減、いつまでも立ち直らない彼にむかついてきたころだったが、さすがに土日を挟めば立ち直るだろう。
そう思って月曜日の朝。
彼女は話しかけてこなかった。かんちゃんとやらは欠席のようだった。
ならばなぜ彼女はあたしに話しかけてこないのだろうか。
そんなことを思いながら昼休み、用事があって職員室から戻る廊下でのことである。
窓枠に肘を乗せた彼女がぼんやりと外を眺めていた。
その横顔にはいつも楽しそうに浮かんでいる笑顔の影すら見あたらず、常にきらきら輝く大きな瞳は倦んだように漂う雲を追っていた。
そのまま立ち去ろうと思った。他人を慮るのはあたしにふさわしくない。
でも、あたしの足は彼女の背後で止まった。彼女とかつての関係に戻りたかったからだ。
・・・・・・友達だからというのもある。
「ね・・・・・・え」
妙に身体が熱い。上手く声が出てくれなかった。
けれどいつもあたしの言葉をどんな些細なものでも拾ってくれていた彼女はそれに気づいてずいぶんとのろのろと振り向いた。
彼女の瞳があたしの顔に向けられる。
眼球は軽く充血し、目元が腫れている。よく見ると頬に涙の痕がある。
なにやらとても悲しいことがあったらしいことは分かるが、他には何も分からない。何を言えばいいか分からない。真っ白になった頭で言葉を探していると、どこかぼんやりとしていた彼女の瞳があたしを捉えたのが分かった。
ああ、良かった。これで彼女が会話を繋いでくれる。悩みを打ち明けてくれるだろう。
彼女の目尻が吊り上がった。
「この人でなし! あんたのせいで! かんちゃんが壊れちゃったじゃないの!」
彼女の声があたしの鼓膜を突き破らんとぐわんと轟く。
「・・・・・・は?」
距離がぐいと近づき打って変わって生気を取り戻した彼女の瞳があたしを射貫き涙をたたえる。呼吸は荒く、声音は激しい。飛び散る唾液があたしの制服を汚した。
あたしは怒られていた。
「は? じゃないよ! ちゃんと責任とってかんちゃんに謝ってよ!」
「・・・・・・え?」
彼女が歯をギリギリと鳴らす。
「どうしてそんな態度でいられるのかなぁ!? あなたはあなたのことが好きだったかんちゃんの名前を知らなかったんだよ!? かんちゃんの気持ちが分かる!? とってもとっても勇気を振り絞ったのに名前すらも知られてなかった! 分かんないよね! あなたには! だって平気で返事の代わりに名前聞けちゃうんだもんね!?」
「・・・・・・」
「あなたは史上最悪の方法で振られたかんちゃんがどうなったか少しでも考えたことあるかな!? 少しでも気にかけたかな!? かんちゃんがどんな気持ちでいるのか想像したことあるかな!? ないよね!? かんちゃんはねぇ・・・・・・! あんなに優しいかんちゃんがねぇ!」
彼女は涙をこらえるように唇を噛む。
「わたしに怒鳴ったんだよ!? 至近距離で! 今よりもずっと近い距離で! 大声で! わたしに怒りをぶつけたんだよ!? べつにわたしが何かしたわけじゃない! わたしはかんちゃんを気遣って慰めてた! そんなわたしの優しさを! かんちゃんが! ぐちゃぐちゃに踏み潰した! これがどんな異常事態かあなたに分かるかなァ!?」
「・・・・・・ょ」
「分かんないよね! かんちゃんに土下座して謝っ」
「分かるわけないに決まってるでしょうが!」
あたしの口から迸る激情に彼女の肩がびくっと震える。
「もっと言えばねぇ・・・・・・! どうしてあたしがあの男のことを気遣わなくちゃいけないのよ!? 名前なんて知らなくて当然でしょ!? だってあたし、あいつと一回も直接話したことないのよ!? 興味もないのに名前を知っておけと言う方が無理な話よ! これはあいつが勝手に玉砕しただけ!」
「なっ!」
「それをどうしてあたしが怒られないといけないわけ!? それも当事者でも何でもないあんたに!」
「!? わたしは当事者だよ!?」
「当事者の意味を辞書で調べてから言いなさい! それに人でなしはあんたよ! 他人の気持ちを考えてないのはあんたよ! あたしは当然のことをしただけ! なのに! 唯一の友達のあんたに憎悪をぶつけられる! あんたこそあたしの気持ちを考えなさいよ!」
「なんでわたしが友達でもないあなたの気持ちを考えないといけないの!?」
「・・・・・・は?」
何かがごっそり削れた。欠落した。
「あなたは知らないと思うけどね! わたしはそもそもかんちゃんがあなたに気がある風だったからあなたに近づいたの! 別にあなたのことなんてどうでもいい! わたしはかんちゃんに好かれたくてあなたに近づいたの! だからわたしにただの知人であるあなたを気遣う義務はないしわたしは人でなしじゃない! 人でなしはあなただけよ!」
心がぼろぼろと崩れて暗く穴が空く。
思考も感情も自我も全てがそこに吸い込まれあとには虚無が残る。
頭の中が墨で塗りつぶされ、喉から声が欠落する。
力が消えて、脚が沈む。
鼓膜は何も捉えない。
世界は遠ざかり、独り隔離される。
・・・・・・。
気づけば周りには誰も居なくなっていた。
時刻を確認すれば授業直前。どうやら予鈴が気付けになったらしい。
ともかく授業には出ないと。
何も考えられないあたしは足を引きずり席に着いた。
もう友達なんて二度といらない。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったもので一度は世界の破滅すらも願ったあたしだったがやはり人が恋しかった。けれども、やはり怖かった。そんな時に知ったのがVR高校で今の自分とは全く違う自分なら友達を作れるかもしれないと、
そこに進学することをあたしは決意した。
・・・・・・ちなみに。
あたしにトラウマを刻んだ彼と彼女は紆余曲折大スペクタクルを経て結ばれたらしい。
世界で一番どうでもいい。
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