24話 生まれる場所を間違えた
「じゃあ最終問題です。わたしはどうして以上のようなことが出来るのでしょうか?」
米五の声に強制的に思考が最終問題に引きずられる。
以上の事というのは、小学生でノーベル賞級の研究をしたり、『テレパシー』なんていう意味の分からない【スキル】を持っていたりという事だろう。
いや分かんねえよ。
「はいじゃあ正解は」
やはり早々に口を開いた米五がそこまで言ってピタリと動きを止める。なにやら
「さすがにこれ言うのはまずいかな」などとぶつぶつ呟いている。
しかしすぐに思い直したのか「まあいいや」と笑うと、なにやら自身のEPを操作し始める。
適当にそれっぽく動かしているだけなのでは、と思うほどにとてつもない早さで動く米五の両手に呆気にとられていると俺のEPと接続したイヤホンがピピッと鳴った。
怪訝に思ってEPの操作を試みる。
うんともすんとも言わなかった。
「は?」「え?」
「あ、キミたちのEPの全機能を一時的に停止したから。さすがに録音されるのはまずいからね」
俺と立川は唖然とする。
こいつ天才じゃん・・・・・・。
おそらく米五の言っているのは、EPに搭載されていると思われる全音声録音機能だろう。まあ搭載していないかもしれないが念のためといったところだと思う。
「はい、じゃあ準備も整ったところで最終問題の正解を発表します」
俺がもはや畏怖すら覚えていると、ごほん、と声の調子を整えるように米五が咳払いをした。わざわざEPの録音機能を止めてまで発表することとはいったい。
俺の喉が無意識にごくりとなる。
米五の口角がつり上がる。
「わたし、米五蒼星がデザイナーズヒューマンだからでしたー」
ちっとも深刻さを見せずにさらりと口にされたその台詞に。
「は?」「え?」
俺と立川はそろって間抜け面をさらした。
デザイナーズヒューマン。
それは産まれる前に、多くは能力を優れたものにするために遺伝情報を改変された人間のことである。遺伝子操作技術の発展に伴い可能になった技術だが、当然、倫理的な面からそのような目的での遺伝子改変は法律で禁止されている。
つまりこいつの容姿も頭脳も運動能力も優れているのはそのおかげということだろうか。
出来の悪い生徒にそうするように米五は俺たちに説明を加える。
「で、わたしの遺伝子操作を担当した医師がこの学校の理事長。もちろん極秘でね。法律を犯してまで遺伝子操作が行われた経緯はいろいろあるんだけど、とりあえず今は省くね。まあ、というわけだからわたしは理事長の法律を犯したっていう弱みを握ってることになるんだよ。だからいろんな無茶が通る。例えば高校には確実に必要のない【スキル】なんていう制度の導入とか、『テレパシー』なんていう無茶なスキルとか。まあ、こんなところかな。・・・・・・あー、楽しかった」
んーっと気持ちよさそうに伸びをする米五。
スキルありの学校なんてどうやって国に認めさせたんだよ、などを初めとした疑問は尽きないが俺は一つ、最も腑に落ちないことを尋ねる。
怒りはすでにどこかに消えてしまっている。
「・・・・・・そもそもお前はどうしてそんなに手間をかけてこの学校を作ろうと思ったんだ?」
俺の方を向いた米五がぱちぱちと瞬く。
腕を下ろした米五が「ああ、そういえば言ってなかったっけ」と独り言のように呟く。
「この世界がつまらないからだよ」
その極めてシンプルな動機に。
俺は出会ってから初めて米五を近くに感じた。
俺も同じ事を思って今まで生きてきたから。
それらのことを『テレパシー』で知っているのだろう米五は俺に微笑みかける。
「わたしはさ、デザイナーズヒューマンだから。全部分かるし全部出来るんだよね。産まれるところを間違えたんだと思ってるよ。今でも、ずっと、これからも。だって、周りに同じ生物がいないから。わたしはホモ・サピエンスだけど、周りとは確実に違う。だから何も伝わらない。共感できない。楽しくない。つまらない」
何を言っているか少しも分からない。
ただそう言われればそうだったかもしれないと。
俺も自信の幼少期を振り返って思った。
俺の世界はここじゃないと常に思ってきたから。だから俺はVRに夢中になったのだ。
「だから、わたしは、研究も楽しかったけど止めた。学校でも行ってみようかなって思ったんだ。飛び級ばっかりでロクに通ったことがなかったから。わたしこれでもフィクションは結構たしなむんだよ」
米五が俺にウィンク。
「すごく面白いんだよね、虚構の世界。世界がわたしたちを楽しませるために動く。そりゃ、もちろん登場人物たちにとってはそうじゃない。苦しくて苦しくて仕方ないと思う。でも、絶対に、これは確信してるんだけど、わたしよりは楽しいんだろうなって。わたしの世界はずーっと平坦だから。辛くはないけど楽しくない」
どこかを見つめ憧れるように、そして自嘲するように笑う。
米五蒼星は思ったよりも普通の人間なのかもしれない。
「でも、楽しくなかったんだよね、学校。当たり前だけど、みんな普通だから。だからわたしは一人称じゃなくて三人称で世界を楽しもうと思った。どうせわたし自身がこの世界を楽しむことは出来ないから」
滲む諦観。
嘆く生誕。
下す決断。
そのとき彼女の内心は如何様だったのだろうか。
「そのときわたしは決めたんだ。近くで物語を観察しようって。そのために必要な舞台を考えてVR高校を作った。で、期待通りキミたちみたいな面白い人たちが入学してくれたから面白くなるようにクラス分けとかにも干渉したってわけ」
「まあこんなところかな」と話を締めた米五に、本当になぜなのか理由は全くこれっぽちも分からないが俺の口が開いた。
「・・・・・・で、楽しかったのか」
明後日の方を向いて言った俺の視界の隅に、目を丸くする米五が映る。
しかしすぐに米五がにこっと笑う。
「ああ、とっても!」
顔が熱くなる。
「・・・・・・そうか」
「うん、ありがとね。立川さんも」
「う、うん。スキルはちょっと変えて欲しいんだけど・・・・・・」
「あはは! いいでしょ、そのままで。アルフはただでさえイケメンなんだから」
「えぇ・・・・・・」
なにやら仲よさげに戯れる二人をぼんやりと見つめていると、米五がこちらを見てにこりと笑った。
「キミはぼんやりしている場合じゃないだろう?」
「は?」
「遊梨浜さんと喧嘩したんだからさ」
米五をここに連れてきた当初の目的を思い出した。
「は? それはお前が由希の地雷を故意に踏んで、衝突を誘導したからだろうが」
俺はこいつに怒っていたのだったか。
呆気にとられたり共感したりですっかり毒気が抜かれてしまった感はあるが、こいつが必要のない対立を誘ったのは間違いない。
「わたしはただ真実を言っただけだよ。友達の嫌なことを知っていて、別の友達がその友達にそれを行っていることを知っていたなら、それを知らせるのは友達として当然のことだろう」
「だからって」
「別に言う必要はないだろう、って? それはひどくわがままな主張だ。それで得するのはキミだけだからね。それにわたしが言わなくたって、いつかこうなっていただろうし」
「・・・・・・」
並べられる正論に返す言葉が見つからない。
「それにキミはわたしに怒っているんだろうけど、それは八つ当たりだ。遊梨浜さんがキミとの絶交を宣言した直接の原因はキミだからね。わたしは真実を伝えただけ。だからわたしは遊梨浜さんとキミの仲直りに自ら取り組むことはないよ」
「・・・・・・別に俺はあいつとの仲直りなんて」
「ははっ、そうかい? それなら別にいいんだけど。じゃあわたしはそろそろ行こうかな。黒幕としての役割も果たしたことだし、このままだと本当に怒った孫崎くんに犯されかねないからね」
言って、くるりと向きを変えた米五の背中に立川が言う。
「まだ黒幕続けるの?」
思ってもみないことを言われた、というように振り返った米五がぱちぱち瞬く。立川からすれば確かに直前まで米五と軽口をたたき合っていたわけで、米五の豹変っぷりには戸惑いがあるのだろう。
しばしして立川の意図を解した様子の米五が言う。
「ああ、もちろん。遊梨浜さんと孫崎くんの不和を煽ったのも傍から眺めて楽しむためだからね」
「でもさっき、私たちと一緒にいたのが楽しかったって。なら別にそんなことしなくていいんじゃ?」
その台詞に米五が苦笑する。
「わたしが楽しいのはあくまでキミたちを傍から見てた場合だよ。わたしからすればキミたちはモノローグ付きのエンタメなのさ。じゃあまあそういうことだから。また何かあったら言ってよ。だいたい何でも出来るからさ」
「ぇ?」
・・・・・・訂正しよう。
米五蒼星はやはり人の心を解さない人外だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます