22話 あんたは友達じゃない認定

 翌日。リアル。

 学校に行けば米五にからかわれるのは確実なので真剣に休もうかとも考えたが、恥ずかしくて休んだのだ、などと思われるのは死んでも嫌なので俺は遅刻ギリギリで登校する。幸い誰にも話しかけられることなくテストに移行することが出来た。合間の休み時間もからかわれると思って身構えていたのだが米五に話しかけてくる様子はない。

 そんな米五にそっと胸をなで下ろし、もしかしたらもうからかってこないのでは、と期待を胸に迎えた昼休み。

 俺は独りで昼食を食べるべく席を立つ。


「ん? 孫崎くん、今日は食堂で食べるのかい?」


 すると俺に気づいた米五が顔を上げ首をかしげる。

 無意識に打ちそうになった舌を何とか留め、声がぶれないようにひっそり深呼吸。

 明後日の方を向いて口を開く。


「・・・・・・ああ」

「・・・・・・ねえ」


 答えると同時に去ろうとしたところで隣からの声が俺に突き刺さる。

その持ち主は当然、遊梨浜由希。


「・・・・・・なんだよ」


 俺は言い合いになるのも厭わず素っ気なく返す。平常心でいられる自信がなかったので早々に切り上げてしまいたい。

 しかし由希は感情を荒げることなくそのまま言う。


「・・・・・・あんた、照れてるの?」


 その極めて平坦な一言に、俺の頬がカッと熱を帯びる。


「・・・・・・うるせえな」


 まあ正直、あれだけ振る舞いが変わっていれば気づかれるのは当然なのだがそれでもやはり直接指摘されると恥ずかしい。

 ・・・・・・あれ。

 てっきり鼻で笑われるものかと思って覚悟していたのだが、いつまで経っても聞き慣れたそれは聞こえてこない。どういうことだろうかと横目にうかがう。

 由希がじっとこちらを見つめていた。


「・・・・・・なに」

「それだけが理由じゃないでしょ。あんたの様子が変わったのは」

「は?」


 などと言われても俺に心当たりはない。

 由希は表情を変えずに続ける。


「だってあんた昨日押し倒した時、倉吉初花でいようとしたでしょ」

「・・・・・・」


 言葉が詰まる。

 恥ずかしいだけなら倉吉初花の振る舞いをしようとするはずがない。

 そう主張する由希にさてどう誤魔化そうかと思案していると、視界の端で米五の口の端がつり上がった。


「あー遊梨浜さんはあのこと言ってるんじゃないかな」

「は? あのこと?」


 由希が怪訝な顔を米五に向ける。


「優くんの目標が育山火累を攻略することだってこと」


 米五の台詞に羞恥が爆発し、気温が急上昇したかのように錯覚する。


「いやっ、はぁ!? おまえ、何」

「は? あたしを攻略することが目標?」


 そこに冷気が吹き込んだ。

 それはぞっとするほどに冷たく、頭の中が瞬時に冷える。

 気づけばクラス中の視線がその発生源、遊梨浜由希に集中していた。

 その由希の視線は俺ただ一人を鋭く射貫く。


「今あんた、米五さんの言葉を肯定した?」


 冷や汗が俺の頬を伝う。


「だったらなんだよ」


 だからこそ俺は胸を張り奴を睨み気丈に返す。

 グッと気温が一段下がる。


「つまりあんたがあたしに近づいた動機は攻略ってこと?」

「だからだったらなんなんだ」


 同じ質問を繰り返す由希の意図を問う。

 由希はそんな俺に「そう」と小さく呟いた。


「今も育山火累の攻略は続いてるって事でいいのかしら」

「そうだよ」


 俺が首肯すると、由希の周囲がふっと熱を取り戻した。

 しかしそれは由希の雰囲気の弛緩を意味しない。

 由希の腕は見て分かるほどに震え、拳はきつく握られている。


「・・・・・・やっぱりそうなのね」

「は?」


 嘲るように呟き由希が立ち上がる。

 そして俺を絶対零度の瞳でもって鋭く抉る。


「あたしに金輪際関わらないで。打算で友達やられて許せるほど落ちぶれていないの」


 その一言に。

 俺の頭にカッと血が上る。


「おい、打算だと?」

「・・・・・・」


 背を向けた由希は振り向きすらもしない。


「待てよ、クソ野郎!」


 右手が空振る。


「・・・・・・クソ野郎はあんたよ」


 教室の外に台詞と共に由希が消えた。

 怒りが足を縫い止め


「チッ」


 舌を鳴らして拳を作る。

 それでも行き場を見つけられない感情は俺の中を循環し痕を付けて暴れ回る。

 その中で一番大きな感情は、悔しさだった。

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