21話 気づいたら体育倉庫に二人きりで閉じ込められていた
同日昼休み。
俺と火累は二人っきりで体育倉庫に閉じ込められていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
どうしてこんなことになったかというと、運悪く今日に限って俺と火累が日直だったのだ。で、副担任の体育教師に明日の体育のための軽い準備を頼まれ体育倉庫を訪れた。で、閉じ込められた。
わけが分からないので、おそらく無子の仕業だ。次はコトコト煮込んだ手作りカレーをご馳走してやるから覚悟しとけよ。普通に作ってもまずくなるのだがせみの抜け殻とか、そこら辺に生えてる草とか入れてやるからな。お前マジで。死を覚悟しろ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
などと考えて現実逃避しているのは先ほどからずっと沈黙が続いているからだ。
・・・・・・これはいわゆる体育倉庫イベント。
二人の男女が体操着という薄着で密室に閉じ込められ、自分たちは助かるのだろうかという不安の元に身体を寄せ合い、互いの内心を吐露して距離を近付け、最後はラッキースケベでマットに押し倒されたりする、二人の恋路において大きな役割を持つイベントだ。
普段の俺なら無子を恨むどころか大喜びしてあれこれと行動していただろう。
だが羞恥ゆえに何も出来ない。
「・・・・・・なあ」
あまりの気まずさにいたたまれなくなっていると火累が口を開いた。
まさか火累が何か喋るとは思わなかったのでびっくりしてそちらに顔を向ける。
「・・・・・・あんたは頭がおかしくなったのか?」
「・・・・・・は?」
加えて唐突に罵倒されるとは思わなかったので思わず素が出る。というかこいつに少しも照れた様子がないのどういうことなの。
「・・・・・・ふん」
視線で意図を問うも火累が言葉を重ねる様子はない。
しばらくして俺は視線を切ってひっそりため息をつく。
ともかくここから脱出しないとな・・・・・・。
俺は外部への連絡手段を持ち合わせていないし、火累も何も言い出さないということは持っていないのだろう。まあ、十中八九無子の仕業だろうから昼休みが終わるまでには出られると思うが、出来ることなら早めに出たい。
何かないかなぁと頭をひねっていると、火累が立ち上がり体育倉庫の扉をがちゃがちゃやり始めた。押したり引いたりガンガン叩いたり。
しかしどうにもならなかったようで元の場所に戻ろうと回れ右。
火累がずっこける。俺の方へ。
やはり来たかラッキースケベ・・・・・・!
・・・・・・これはチャンスだ。俺が倉吉初花に戻るための。
俺はこいつらの攻略を諦めたわけではない。今でも出来ることなら倉吉初花として振る舞って大勢を虜にしたい。
だが羞恥ゆえにそれが出来ない。
当然、これからも倉吉初花の中が孫崎優だと知られた事実が消えることはない。だからこの羞恥はいつまでも付きまとうものであり、薄れることはあれ消えることはない。ならばいつまでも俺は育山火累をロクに攻略できない倉吉初花であることを受け入れるのか。
否!
断じて否である!
俺は奴と出会った時、悔しかったのだ。今まで数多くのフルダイブ型VRゲームで美少女に扮し大勢に初めて会った時からちやほやされてきた俺を奴は気にする素振りすら見せなかった。だから俺はこいつを攻略することを強く誓ったのだ。それにこいつに限らず俺は大勢から告白されるためにこれからも倉吉初花でいなければならないのだ!
だから俺はどこかのタイミングで付きまとう羞恥を払拭し倉吉初花として振る舞うことが出来るようにならなければならない。
それはいつなのか。
今だ今しかない。
今から起こるのは俺がもはやプロの域に達しているラッキースケベ。どのようなリアクションを取るべきか熟知しているし脳死状態でも可愛いリアクションを取ることが出来る自信がある。
俺は!
今から!
倉吉初花に戻るぞ!
そして数瞬の後・・・・・・!
どっしーん。
火累がどのような体勢であっても百点満点のリアクションが取れるよう全力で頭を回しながらそろりそろりと目を開ける。
「!?」
俺の視界を育山火累の顔が埋め尽くしていた。
これはパターンD。
つまり、くちびるとくちびるがすぐにでも触れ合いそうな状況。
火累の吐いた息が俺の皮膚を撫でる。
ここで最も効果の大きい行動は事故チューだ。つまり、事故を装って唇と唇を触れさせチューをする。倉吉初花を性的対象に出来る人間なら、これにより俺を強く意識するようになり告白してくるのは時間の問題になる。
俺はキスをしようと顔だけかすかに起こそうと力を入れる。
・・・・・・倉吉初花を性的対象に出来る?
育山火累はとりあえず多数派である異性愛者として扱っていたが、こいつの中身は遊梨浜由希で女なのだ。由希の性的指向など知らないが異性愛者ならそもそも倉吉初花を好きにならないのでは?
・・・・・・え? 待って? こいつの中身って遊梨浜由希なの?
ってことは、俺今、遊梨浜由希にキスしようとしてるってこと?
・・・・・・え? マジ? それリアルで会った時気まずいどころじゃなくない?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あ、やばい・・・・・・育山火累が遊梨浜由希に見えてきた。
ややつり目がちの瞳に長いまつげ。すっと通った鼻梁に、艶やかな唇。毛穴一つ見当たらない陶磁器みたいにきれいな肌はきっとすべすべしていて触るととても心地いい。
俺の喉がごくりと鳴る。
同時に倉吉初花が奥に沈み孫崎優が表に出てくる。
倉吉初花バフの消えた俺の頬は徐々に熱を帯びていく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺はかすかに持ち上げていた頭をストンと落とし、ぶつからないようすっと横を向く。
しばらくすると、俺をすっぽり覆っていた影が晴れた。
なぜか怪訝な視線を向けてくる火累の方を見ないようにして身体を起こし距離を取って腰を下ろす。未だにバクバク言ってる心臓がうるさい。
俺が十分に平常心を取り戻したころ、出し抜けに火累が口を開いた。
「おい」
「・・・・・・?」
「一旦ログアウトして、立川さんにリアルで連絡を取ってバルグくんに開けてもらえ」
「あっ」
思わず声が漏れる。
キスうんぬんですっかり忘れていたが俺たちはここから脱出しなければならないのだ。
「そんなことも気づかなかったのか」
「・・・・・・チッ」
お前が行けよ。
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