17話 実は世界は結構狭い
次の週の火曜日。
先週の木曜日、罰ゲームで愛を囁くなどという恥ずかしさで死んでもおかしくないようなイベントがあったわけだが時間がそれなりに経っているのもあってそこまで気まずいということもない。まあ多少は気まずいのだが。しかしそれを他の奴らに気づかれるのは癪なので普段通りに振る舞おうと心に決めながらリアルの高校に登校する。
下駄箱で靴を履き替えていると、立川が丁度校舎に入ってきた。
俺に気づいた立川が小さく手を振ってくる。
「おはよう、優くん」
「ああ」
俺がうなずくと寄ってきた立川が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「先週はごめんね。家まで送ってもらっちゃたのにお礼も何も言えなくて」
「ああ、うん。別に」
鼻血を大量に噴き出した立川は貧血気味になり一人で帰宅することが出来なかったのである。そういうわけで俺と米五の二人で家まで立川を送り届けたのだ。
俺は立川と一緒に教室目指して歩きながら口を開く。
「というか、結構なるのか? 貧血」
「え? あ、あー・・・・・・」
ちらりと視線を向けると立川が困ったように笑う。
「なる、かな、貧血。私、基本的に貧血気味だから・・・・・・」
「鼻血で?」
「・・・・・・あはは」
俺が言うと立川が笑って誤魔化した。
・・・・・・まあ、気にはなるがあえて追求するほどでもない。鼻血を吹き出す立川は興奮しているようだったし大体の予想も付く。立川からすれば『恥ずかしいところ』だろう。
立川と適当に話していると教室に着いた。
俺は立川と教室に入るなりぱちぱち瞬く。
「あ? 由希?」
珍しく由希がすでに登校していた。朝が弱いのか知らないがいつもはかなり遅刻ギリギリに登校しているイメージがあるので少し驚いたのだ。
何か書き物をしている米五に話しかけようとしていたのか後ろを向いて口を半開きにしていたアホ面の由希が一転、俺をギロリと睨む。というかこいつが自分から誰かに話しかけようとするの珍しいな。初めて見たかもしれない。
「なによ、すぐ・・・・・・優」
「ブフォッ」
鼻血を垂らした立川はとりあえず無視するが、未だ俺を下の名前で呼ぶことに由希は照れているらしい。ふっ雑魚め。俺は照れを表に出さないように出来るぐらいには慣れたぞ。
「もう来てんのか」
「は? 来てちゃ悪いの?」
と思って微妙に優越感を感じていたのだが、すぐに由希がいつもの勢いを取り戻した。
無駄に高圧的なその態度がいらっとくる。
「あ? だれもそんなこと言ってねえだろうが。いつもはもっと遅いから言っただけだ」
「は? だからなに? あんたに何か関係あるの?」
「あ?」
「は?」
「はいこちらで睨み合っておりますのは先週互いに愛を囁き合った二人でございます」
「「・・・・・・なっ!」」
と、まあそんな感じでからかってくる米五に二人揃って顔を真っ赤にしたり騒がしい朝を過ごして昼休み。
どうせ米五の奴が昼食に誘ってくるんだろうなぁ、などと思っていると隣からなにやら張り詰めた空気が伝わってきたので横目でうかがう。
由希の奴が理由は分からないが緊張しているようだった。辺りに漂う雰囲気が硬い。
何をするつもりなのだろうか。
緊張しているのを周囲に悟られるというのはプライドの高いこいつにとって許しがたいことのはずだ。そこまでしてこいつは緊張するような何かを実行しようとしている。
湧き上がってきた好奇心に、俺は昼食を探しているポーズを取りつつ隣に注意を向ける。
おもむろに由希が左手を机の上に掲げ、その上に右手の人差し指を何かを描くように添わせていく。
完成したその文字に。
・・・・・・え?
俺は愕然とした。
隠れて見ていたのも忘れて俺は彼女を注視する。
そうして彼女は手のひらに書いたその文字を、ぱくっ、と。
口の中に放り込み飲み込んだ。
俺に気づいた彼女がこちらに胡乱げな視線を向けてくる。
「なによ」
そんないつも通りの遊梨浜由希に。
ありえない、と、去来した確信を否定しつつも俺はそれを口にせずにはいられなかった。
「・・・・・・火累くん?」
「・・・・・・は?」
彼女が手のひらに書いたのは䲜。
つまり彼女が行ったのは世界で倉吉初花と育山火累しか知らないおまじない。
茫然とした由希の口からやがて、とある名前がこぼれ落ちた。
「倉吉初花・・・・・・?」
それは世界で俺しか知らないはずの俺のアバターの名前。
「・・・・・・は?」
わけが分からなかった。
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