15話 やはり俺がメインヒロイン
同日放課後。
発表会についての話し合いがかなり上手くいったので気をよくした俺は鼻歌を歌いながら帰る準備をする。
すると後ろの席の男とその友人たちのこんな会話が耳に入ってきた。
「実は七時間目、熟睡してたからノートとれてなかったんだよなー」
「へーそうなん?」
「そうなんだよな。んでさ、お前らのノート貸してくんねぇ?」
「あーすまん。おれノート取らない派だから取ってねえんだよな」
「あ、実はおれも」
「え、マジぃ!? 復習する時困んねぇ? この学校、毎週理解度テストあるし」
「いや、まあ、別に。分かんなくても授業見直せばいいし」
「あーおれもそれだわ」
「マジかぁ・・・・・・おれ、ノートねえと無理なんだよなぁ。まあ授業見返してノート取れって話なんだけど、だりぃしなぁ・・・・・・」
しょうがないな、この美少女大天使倉吉初花ちゃんが貸してやるかと、一度しまったノートを探す。
「おい、オレがノートを貸してやる。感謝しろ」
探していると、火累の偉そうな声が聞こえてきた。
普段は俺やアルフ、無子以外とはほとんど話さないくせに珍しいこともあるものだなぁと少し驚いて様子をこっそりうかがうと、男たちは目を丸くし微妙に顔を引き攣らせていた。まあ、火累の奴、睨んでるみたいに視線鋭いし口許はにこりともしてないから怒ってるみたいに見えるよな。
無言の男たちに火累は眉根を寄せ、ずいとノートをさらに差し出す。
「おい、どうした。受け取れ。オレが貸してやると言ってるんだ」
ノートを必要としていた男が愛想笑いを浮かべる。
「あ、あはは・・・・・・あ、わ、悪いし、い、いいよ。じ、自分で授業見返すわ。うん。じゃ、じゃあおれ、か、帰るから。お、おい、帰ろうぜ」
目を全力で泳がせこっそり荷物を掴み、そして少しずつ後ずさりながら言った男に
「あ?」
火累は目を細めドスのきいた声を浴びせる。
男たちは揃って「ひぃっ」と声を引き攣らせ走って逃げていった。
ノートを差しだした体勢のままただ一人ぽつんと残される火累。
「・・・・・・チッ」
しばらくして火累は舌打ちを一つすると、荒々しく荷物をかばんに詰め込み席を立ち出口に足を向ける。
教室内はしんと静まり、全員の視線がひっそり火累に注がれる。
そんなクラスメイトに火累は再度舌を打ち、辺りをギロリと睨めつけると教室を出て行った。クラスメイトは全員そんな火累に怯え、中には声を漏らしたものもいた。
・・・・・・あ~。
あいつは何をやってるんだか。あんな高圧的な態度を取れば嫌われるのは明白だっただろうに。俺も仮にあいつを攻略対象として見ていなければ、友人になろうとも思わなかっただろう。あいつは第一印象がゴミクズだからな。まあ、付き合ってみればクソ傲慢で死ぬほどむかつくが、悪い奴ではないことも分かるしそういう部分を好ましく思うようにもなる。結構面白いしな。意味分かんないぐらいプライド高くて。
・・・・・・まあ愚痴ぐらいは聞いてやろうかな。絶対言わないと思うが。
そんなことを思った俺は荷物を手早くまとめ火累の背中を追いかける。
すぐに追いついた。
「火累くーん、一緒に帰らない?」
「・・・・・・」
微妙に息を切らせつつ顔をのぞき込んでみたのだが、火累は反応を一切寄越さない。
まあいい。ちゃんとこいつがこう反応することは分かっている。
「あ、再来週の発表会のテーマなんだけどさ。わたしも考えてきたんだ。あ、もちろん火累くんの提案してくれたテーマもとっても素敵だと思うんだけど! わたしはこっちの方がやりたいなー、みたいな」
「・・・・・・」
「で、そのテーマって言うのが、火累くん、新撰組って知ってるかな? 幕末の時代に、誠の一字を旗に染め抜いて反幕派の人たちと戦った志士の集団なんだけど」
「・・・・・・」
「わたし、すごく新撰組好きなんだ! 定番どころだけど沖田総司とか! 病に臥した幕末最強イケメン剣士! って、あはは、思わずテンション上がっちゃった。恥ずかしいな」
「・・・・・・」
「あ、恥ずかしい思いをしたついでに沖田総司語りをしておくと、わたしが沖田総司を好きになったエピソードにね、司馬遼太郎神の『菊一文字』っていうお話があるんだけど・・・・・・」
と、まあそんな感じで火累の返答がなくとも俺は一人で勝手にテンションを上げて下げて照れて笑って目を輝かせて、いつもそうしているように話し続ける。
この育山火累という人間にはこれぐらいが丁度いい。
夢中になって話しているといつの間にか下駄箱にたどり着いており、手早く履き替え校舎を出た後も俺は火累の隣に並んで話し続ける。
「あー、わたしに吉村貫一郎語りさせちゃう? まあたぶんこれは子母澤寛神の創作なんだけど・・・・・・っとと。火累くん? どうかした?」
しばらくして唐突に足を止めた火累に俺はつんのめる。
火累の顔は、ギリギリと音が聞こえてきそうなぐらいに歪んでいた。
「・・・・・・あんたはどうして俺と関わるんだ」
「へ?」
声が小さくてあまり聞き取れなかった。
火累の顔が一層歪む。
「あんたはどうして俺と関わるんだ!」
「!?」
叫ぶように叩きつけられた言の葉に、俺の肩がびくぅっと跳ねる。
そんな俺を見て火累の口が開いて、閉じた。
火累が唇を噛む。
その瞬間、俺を不思議な感覚が襲った。
身体の操作権が俺の思考の影響下から逃れたような。
まるで奥に潜って俺自身を眺めているような。
いや本当はそんなことはない。頑張れば身体の動きに思考を干渉させることも出来る。だから、それはただそんな気がした、というだけでしかない。
でも、なんだか、それは、そこに俺とは別に倉吉初花がいるみたいだった。
俺は戸惑うように口を開く。
「えっと・・・・・・理由なんて、ないよ?」
「は?」
目を丸くした火累にそのまま、続ける。
どうして彼はそんなことを問うのだろうかと、分かりきった問いに答えるように。
「わたしは火累くんといたいからいるんだし・・・・・・そこに理由なんて、ないよ?」
「・・・・・・」
口が動く。
勝手に動く。
湧き上がる感情が俺に触れる。
「そりゃ、もちろん、火累くん物静かだからときどき聞いてるのかなって不安になるよ? でも、火累くんの方を見たら決まってわたしのほうに注意を向けてるんだ。あ、視線とかがこっちを向いてるってわけじゃなくて。・・・・・・うーん、なんていうのかな、意識がわたしに向けられてるのが感じられるっていうか・・・・・・」
「・・・・・・」
「あはは・・・・・・だめ、かな。ごめんね、ちゃんと言葉に出来なくて。・・・・・・でも、うん。そうかな。そんなに間違ってないかも。わたしってさ、おしゃべりだから。わたしはいつもわたしの話を聞いてくれてる火累くんが大好きだし、一緒にいるのが楽しいから友達でいる・・・・・・のかも? ・・・・・・あ、だ、大好きっていうのは違って!」
「・・・・・・知ってる」
「そ、そっか。あはは、だ、だよね!」
「・・・・・・」
俺は汗を散らして指折り数える。
「えとえと、他にもいつもクールなところとかは尊敬してるし、簡単に動じないところもすごいなって思うし・・・・・・」
「・・・・・・」
俺はそこでちらりと火累の奴を見る。
視線がぶつかった。
火累はそらさなかった。
俺もそのまま、続ける。
「・・・・・・うん、だから、そう。わたしは、」
そこで俺は、えへへ、とかすかに頬を染めてはにかみ、上目に火累を見つめて
「火累くんの友達、・・・・・・で、いたいんだけど・・・・・・だめ、かな?」
言うと、じわっと頬を染めた火累がふいっとそっぽを向いた。きっと、その赤みは俺の背後に輝く夕日のせいじゃない。
「・・・・・・勝手にしろ」
ぶっきらぼうなその台詞を聞いて。
こみ上げてきた喜びにとびっきりの笑顔が咲く。
「うん! 勝手にするね!」
「・・・・・・」
頬を赤くしたまま黙り込んだ火累に俺はふふっ、と笑う。
その時、同時に、というか、いつの間にか、というか、俺とは別に倉吉初花がいたような不思議な感覚が消えていたことに気づいた。
・・・・・・なんだろな。
俺は今の現象にひっそり思う。
俺は俺だし俺の中には俺しかいない。人格が別にできるほど俺はストレスを感じていない。だから倉吉初花は俺の一面でしかないし、倉吉初花が独立して喋っていたなどということはありえない。それは間違いなく俺の言葉だ。
・・・・・・だから、今のは。
今の火累に向けて話した言葉は・・・・・・。
・・・・・・火累のクソ野郎を攻略するために俺が取った最善手。悩んでる時に寄り添ってくれる女の子ってかわいいからな。
全く必要はないのに、誰にも見られない内心においてですら誤魔化した自分に、微妙に恥ずかしくなりながら俺はともかく再度気合いを入れ直す。
何にせよ、今、俺と火累との距離はぐっと縮まったのだ。
これ以上はないほどに攻略のチャンスである。
「・・・・・・なあ、倉吉さん」
などと考えていると、先ほどよりなぜか一層頬を染めた火累が言った。
「ん? どうかした?」
火累から話しかけてくるという珍しい事態に、距離の縮まったことを実感しつつ俺は上目遣いに首をひねる。
「・・・・・・相談がある」
「え!? 相談!?」
あのクソ傲慢火累が俺に相談だと!?
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