12話 卓球回その3
俺は卓球勝負で確実に勝ちに繋がる最終手段に打って出ることにした。
「おい、遊梨浜、あれやるぞ」
前を見据えたまま、遊梨浜にだけ聞こえる声量で俺は言う。
遊梨浜からの返事は特にない。
しかし、なんとなくうなずいた気がしたから問題ない。準備していた逆転のための作戦を今から行うのだと伝わったはずだ。
勝負事において、最も重要なものの一つに「流れ」というものがある。
例えば、今の状況。
俺と遊梨浜は一方的に点を取られており、流れは現在完全に相手にある。しかしここで流れを引き寄せることが出来るとどうなるか。
十中八九、俺と遊梨浜が勝つ。
実力差なんて平気でひっくり返る。
それほどまでに「流れ」というものは勝負の世界を支配している。
だから俺と遊梨浜は一点を完璧にむしり取り今から流れを掴む。
そうすれば、勝てる。
俺は鋭く息を吸い、細く長く吐き出す。
取り入れる情報を限定し、自身の能力を底上げする。
肺を膨らませ同時に球を軽く打ち上げる。
打球と同時に肺を圧縮し空気を瞬時に解放する。
「フッ!」
そしてピンポン球はのろのろと打ち出された。
球は自陣で跳ねてネットを超えんと空を駆ける。
「あはははっ! 雰囲気変わって何かと思えばいつもと同じ甘い球。それじゃわたしは倒せない」
辛くもネットを超えたピンポン球は一度跳ねて米五のラケットの正面へ。
要するに甘いコース。
全てが三流のサーブ。
だから。
だからこそ。
「はーいーよっと」
米五は舐めプで返してくる。
つまり米五の打った球は山を描く。
すなわちサービスボール。
スマッシュを決めやすい、点を取りやすいボール。
だが笑うにはまだ早い。
俺と遊梨浜はスマッシュが打てない。力みすぎて絶対にどこかに飛んでいく。
それを分かっているから米五は平気でサービスボールを寄越してくる。米五の性格を考えれば容易に分かったことだ。
さあ、ここからが勝負。
俺はボールのみを見つめ、打点を予測し、己の位置を調整する。右手を操りラケットを移動させ、打球に備える。
腕を開いて力を込める。
ラケットを振り始める。
そこで俺はこそっと正面の立川を盗み見る。
微妙な笑いを浮かべて明らかに気を抜いていた!
俺は嗤う。
口許を歪ませた俺はそのまま打球ポイントを通り過ぎ――
コン!
遊梨浜が打球する!
コースも球速も全てが甘いが、意表を突いた一撃は目を丸くする立川に反応を許さず相手側の卓球台を一度叩いて床に落ちた。
コンコンコントトトとととと・・・・・・。
流れる静寂、止まる時。
揃って口の端を吊り上げる俺と遊梨浜は向き合って
「国宝級の譲りね。額縁にいれて飾りたいぐらい」
「それは褒めてんのか? まあでも、いい返球だった」
互いに片手を上げる。
そして
パチンッ
と、ハイタッチ。
得点板を一枚めくり、七対一。
これで流れはこっちのものだ。
「わわ! 今のすごいね! 前もって二人で打ち合わせしてたの?」
「まあね」
興奮した様子の立川に、遊梨浜がドヤ顔で応える。
提案したのは俺なんだが。
「へぇ? 今のはさすがのわたしもびっくりしたよ。まさか自分たちの運動下手を逆手にとって点数を取ってくるなんてね」
「ふん、当然よ」
にやにやと楽しそうな米五に遊梨浜が胸を張る。
・・・・・・まあいいけど。
米五が今口にしたように俺は俺たちの運動下手を利用した。つまり俺が卓球のダブルスのルールを理解していないように振る舞ったのである。卓球のダブルスにはペアが交互に打球しなければならないというルールがある。先ほど、サーブを打ったのは俺だったからルールに従えば次は遊梨浜が打球しなければならない。しかしそこで俺がそのルールを理解していない風を装い、続けて打球しようとした。それにより立川は俺たちの反則で自分が何もしなくても点数がもらえると油断した。その隙を突いて遊梨浜が返球したというわけである。この試合が始まって一度もラリーが続いたことがなかったからこそ出来た芸当だ。
先ほど俺と遊梨浜がサーブのローテーションを理解していないように行動した場面があっただろう。あれも実はこの作戦を成功させるための布石だったのだ。ふはははははは! まあ嘘だけど。
と、まあ、そんな感じで流れに乗り始めた俺たちは先ほどよりもかなり高揚した気分でそれぞれの位置に付き、俺はちらりと遊梨浜に視線を送る。
「ここからが勝負だからな」
遊梨浜がかすかに口角を吊り上げる。
「分かってるわよそれぐらい。ミスしたら許さないから」
「それはこっちの台詞だ。お前の方が下手なんだから」
「は? あたしの方が上手ですが?」
「・・・・・・まあともかく、絶対勝つぞ」
引き下がった俺に遊梨浜は鼻で笑うようにして口許を歪め
「当然」
そう言った。
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