11話 卓球回その2

 放課後の体育館。

 ボールが跳ねて人が弾く。飛んだ指示に誰かが応える。誰かが踏み込み床が鳴る。

 多種多様な音が盛んに空気を震わす中、その一帯だけは静かに張り詰めていた。

 俺と遊梨浜、米五と立川がラケット片手に対峙する。

 これから始まるのは名誉のかかった真剣勝負。

 絶対に負けられない戦いがここに、ある。


「じゃあいくよ」


 歌うように米五の紡いだ声に残りの三人が確かにうなずく。

 ピンポン球が直上に打ち上がり、速度がゼロとなると同時に落下する。

 卓球台と触れる寸前、米五が打球。

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 初球は鋭く、しかしコースは甘い。レシーバーである遊梨浜が無理なくフォアハンドで打ち返せる位置に球は飛んでくる。

 遊梨浜の体勢も問題ない。

 どのコースに飛んできても対応できるよう構えていた遊梨浜は打点に合わせて横にスライドし右腕を開く。細腕にゆるく力が込められ、ラケットが前方へ押し出される。

 おそらく遊梨浜の狙うコースは対角。

 遊梨浜の左側で構える俺はすぐに反応できるように全神経をボールの行方に集中させる。

 遊梨浜のラケットがボールを捉え


「!?」


 すかっ。

 ・・・・・・ないんだよなぁ。

 コンコンコントトトとととと・・・・・・。

 ピンポン球が床を虚しく叩く。

 しばし前傾したまま固まっていた遊梨浜は背筋を伸ばすと、振り向きギロリとこちらを睨んでくる。


「邪魔なんだけど」

「いや俺お前と一切接触してないんだが」

「口の減らない男ね。ふん、まあいいわ。次は気をつけなさい」

「・・・・・・」


 字義通り、返す言葉が見当たらねえ。

 さすがに今のを俺の責任にするのは無理があるだろ・・・・・・思いっきり空振ってたし。

 いやまあ正直、アップの時点から雲行きは怪しかったのだ。全然ラリーが続かないし、ようやく返せたとしてもコースも球速も甘すぎてスマッシュを打ち返してくれと言わんばかりの球なのである。

「はいじゃあ一点ね~」と米五が得点板を一枚めくる。

 遊梨浜が一歩後ろに下がった。


「あんた、そこまで言うのならちゃんと相手のサーブを返しなさいよ」

「当たり前だろうがお前と一緒にするな」


 俺は入れ替わりで前に出て、かすかに腰をかがめ構えを取る。


「あ、あー、え、えっと・・・・・・」

「あ? なんだ? 立川」

「ルール的に次もレシーバーは由希ちゃんなんだけど・・・・・・」

「「・・・・・・」」


 立川が困ったように笑い、米五は肩を揺らしている。

 遊梨浜が鼻で笑った。


「あたしは知ってたけどね」

「は? 先に後ろに下がったのはお前だろうが。俺は特殊ルールが採用されてるのかと思って前に出たんだよ」

「ふん、バカね。そんなわけないでしょ。あたしはあんたを試したの。するとあんたは案の定、自分の無知をさらけ出したってわけ」

「あ?」

「は?」

「まあまあまあ、二人とも落ち着いて。始めるよー」


 米五の声に俺と遊梨浜はふいと顔を互いから背けると、無言で位置に付く。

 米五の打ったサーブを返そうとした遊梨浜がずっこけて失点した。


「「「・・・・・・」」」

「・・・・・・」


 遊梨浜の顔が耳まで真っ赤に染まっていた。

 何事もなかったかのように立ち上がった遊梨浜はズボンの裾をぱんぱんと軽く払うと箱に詰めてあるピンポン球を拾い上げサーブの構えに入った。

 からかってやろうかとも思ったが、遊梨浜の発する無言の圧力とほんの少しの憐憫から俺は口をつぐんで位置に付く。

 それからとりあえず二点失点した。

 ・・・・・・そう、こいつは死ぬほど運動神経が悪いのである。持久力がないだけではない。おそらく運動というもの全てと壊滅的に相性が悪い。

 アップでラリーをしていたときから気づいてはいたものの改めて確認したその事実になんとも言えなくなっていると、ふぅーっと長く息を吐き出した遊梨浜が後ろにすすすと下がり腕を組み胸を張る。

 ただし視線は明後日の方を向いていた。


「失敗したら承知しないから」

「・・・・・・はいはい」


 俺は呆れ気味にそれだけ言って前に出る。

 次のサーブは立川、レシーバーは俺。

 もう遊梨浜に頼ることが出来ない以上、俺で全て決めてしまうしかない。


「じゃあ、いくね」


 立川の声に俺はうなずき、ボールがやって来る。

 コースが甘い。球速はそこそこあるがこれなら無問題。

 俺は球に全ての意識を集中させ、ラケットを押し出す。

 俺のラケットがボールを捉え


「!?」


 すかっ

 ・・・・・・ないんだよなぁ。

 コンコンコントトトとととと・・・・・・。

 ピンポン球が床を虚しく叩く。

 しばし前傾したまま固まっていた俺は背筋を伸ばすと、ギロリと振り向く。


「邪魔なんだが」

「は? あたしはあんたと一切接触してないんだけど」

「口の減らない女だな。ふん、まあいい。次は気をつけろ」

「は?」


 ・・・・・・先ほど遊梨浜の運動神経が悪い話をしたな。

 すまんあれはミスリードだ。

 下手くそなのは遊梨浜だけではない。俺も超下手くそなのである。二人とも下手なので基本的にアップの時、ラリーは続かなかったし続いても全て山なりコース。

 アップでラリーをしている時に隣の卓球台を見てみれば、初めの方は立川も俺たちと同様に下手くそだったのだが、米五が初めてだとは思えないほどに上手く、それにつられて立川も徐々に上手くなっていっていた。一方で俺と遊梨浜は互いを罵り合うばかりで一向に上達しない。

 正直試合が始まる前からやばいなと思っていた。

 いやむしろ米五と卓球勝負をすることが決まった時点でやばいなと思っていた。

 ならやるなよという話である。

 まあそういうわけで始まった勝負なので一方的に点を取られ続け気づけば、7対0

 サーブは俺、レシーバーは米五。

 そろそろどうにかしないと本当にまずい。このままだと俺が遊梨浜を下の名前で呼び、その上愛を囁くことになる。

 俺は確実に勝ちに繋がる最終手段に打って出ることにした。

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