10話 卓球回その1

 翌日の放課後。

 体操服姿の俺は、普段は流している黒髪を高くくくった遊梨浜とピンポン球でラリーをしていた。

 俺の打った球が遊梨浜のラケットをかすりコロコロと後ろに転がっていく。

 それを横目に見送った遊梨浜が鼻を鳴らし腕を組む。そして俺をギロリと睨む。


「ちょっと。あんたの球、打ちにくいんだけど?」

「は? 無理言うなよ。俺はバックハンドで打ったんだぞ」

「は? あたしの球が悪かったって言うの?」

「そうだが」

「は? あんたの球がぶれたのが元はと言えば悪かったんでしょ」

「あ? 悪かったのはお前のサーブだろうが」

「は?」

「あ?」

「え、えーっと、優くんと由希ちゃん? そろそろ10分経つんだけど・・・・・・」


 卓球台越しに睨み合う俺と遊梨浜に立川がおずおずと言ってくる。

 先ほどから俺と遊梨浜をにやにやと眺めていた米五が口を開く。


「大丈夫? さっきから全然ラリー続いてないみたいだけど。もし必要ならもう少しラリーの時間とろうか?」


 遊梨浜は普段はそこにある黒髪をかき上げるようにすると、そのまま腕を組み直し胸を張ると鼻を鳴らす。


「問題ないわ。アップの時間が長すぎて少し退屈してたぐらい」

「おい」


 思わず俺がジト目で突っ込むも、遊梨浜は一瞬視線を寄越すとすぐに戻してしまった。

 米五がそんな遊梨浜に肩をくつくつと揺らす。


「そっかそっか。じゃあ早速始めようか」

「覚悟しなさい」


 そのままの態度で米五たちの卓球台に向かった遊梨浜に嘆息し、俺は仕方なくその背中を追う。

 俺と遊梨浜は卓球台越しに米五と立川と対峙する。

 こつこつとピンポン玉を弄ぶ米五が言う。


「じゃあルール確認ね。一一点先取のデュースあり。負けた方のチームは永続でペアの相手を愛称で呼び、愛を囁くこと。おっけー?」


 残りの三人がうなずく。

 ラケットを構え前を見据える遊梨浜が口を開く。


「足引っ張ったら承知しないから」

「あ? 引っ張るとしたらお前だろうが」

「あ?」

「お?」

「あはは・・・・・・」


 俺と遊梨浜が睨み合い、向かいでは立川が空笑い、米五が楽しそうに笑っている。


「おーい、喧嘩してないで始めるよ。サーブはそっちに譲ってあげるからさ」

「「いらない」」

「そこは息ぴったりなんだ・・・・・・」


 どうしてこんなことになっているかというと。

 事の発端は数時間前に遡る。




「いやー、まさかあんなに遊梨浜さんと孫崎くんに体力がなかったなんてね」

「「・・・・・・」」


 体育後の休み時間。

 後ろから話しかけてくる米五に俺と遊梨浜は無視を決め込んでいた。


「シャトルラン何回だっけ? 確か孫崎くんが20回で」

「・・・・・・」

「遊梨浜さんが10回・・・・・・だっけ?」

「・・・・・・」

 

 背後で米五がにやにや笑っているのが目に浮かぶ。


「立川さんは何回だったっけ?」

「え、えーと・・・・・・70回、かな。あはは・・・・・・」

「あーそうだったね。悔しいなぁ。わたしは65回だったからなぁ」


 全然悔しそうじゃない米五。

 俺の額に青筋が走る。隣からもピキリと聞こえた気がした。


「いやー、まさか、遊梨浜さんと孫崎くんがロクに運動しないわたしよりも運動音痴だったなんてびっくりだなぁ」

「「あ?」」


 俺と遊梨浜はそろって殺意すら込めて後ろに振り返る。

 笑みを深め「どうかした?」と首をかしげる米五に遊梨浜が口を開く。


「言ってくれるじゃないの。あんたがわたしに劣ってることを示してあげるわ」

「へぇ? どうやって? 持久走でもする?」


 うぐっ・・・・・・と言葉を詰まらせた遊梨浜の後を俺が継ぐ。


「アホか。持久力勝負はさっきやったばっかりでつまんねえだろうが」

「それもそうだね。勝敗もわかりきってるし」


 口の減らない奴め・・・・・・!


「・・・・・・だからやるならスポーツで勝負だ」


 ぱちんと米五が指を鳴らす。


「いいね、それでいこう。せっかくなら二人一組で出来るスポーツにしない?」

「あ? 二人一組?」

「うん。だって孫崎くんも遊梨浜さんも打倒わたしでしょ?」


 微笑みかけてくる米五に俺と遊梨浜は視線を交わし「・・・・・・まあ」と曖昧に頷く。

 こんな奴とペアを組むのは業腹だが仕方あるまい。


「ならそれが手っ取り早くて丁度いい。わたしのペアはもちろん立川さんで。いいよね?」

「あ、う、うん」


 というわけで種目の選定。手軽に出来てかつ、四人の中に経験者が一人もいなかったことから卓球が選ばれた。

 俺は内心ほくそ笑む。

 この勝負もらったな。

 別に卓球に限らないのだがスポーツは基本的に身長の高い方が有利である。なので、俺と遊梨浜には圧倒的なアドバンテージが存在し、その上、技術的な差はない。初心者同士の卓球なのだからあまり持久力もいらないだろうしな。


「じゃあ、罰ゲームだけど」

「は? 罰ゲーム?」


 種目が決まったところで、唐突に米五の口にした単語に俺は首をひねる。


「うん、せっかくだから。その方が盛り上がるでしょ? それとも負けるのが怖いのかな」

「ふん、そんなわけないでしょ。負けるのはあんたたちよ」

「おい挑発に乗るな俺とお前は運命共同体なんだぞ」


 即答しやがった遊梨浜にツッコミを入れておく。


「は? なに、あんたは負ける気でいるわけ?」

「あ? 勝つ気でいるけど」

「じゃあいいじゃない」

「・・・・・・まあそうなんだが。あんまり無茶なのだったらどうするんだよ」

「負けないんだから関係ないわ」

「・・・・・・ああそう」


 こいつはどこまで本気で言ってるんだろうか。

 何を言っても無駄だと悟ったので、視線で米五に続きを促す。


「いいかな? じゃあ提案なんだけど、負けた方は相棒を永続で愛称で呼ぶっていうのはどう?」

「問題ないわ」

「いや問題あるから」

「は?」


 遊梨浜の視線を受け流す。


「立川は今も米五のこと名前で呼んでるから、立川にとって罰ゲームになってない。不平等だ」

「・・・・・・」

「ああ、確かに」


 ぐぬぬ、といった感じの遊梨浜とこくりとうなずく立川。


「じゃあ、こういうのはどうかな」

 

 米五がにやりと口の端を上げる。


「負けたペアは互いに愛を囁く」

「うわ、それはかなり恥ずかしいかも・・・・・・」

「問題ないわ」


 立川が頬をヒクつかせ、遊梨浜は表情を変えずに首肯する。


「いや何でだよ問題あるだろ」

「は? どこにあるのよ」


 ギロリと睨んできた遊梨浜に俺は言葉を一瞬詰まらせる。しかし、遊梨浜に追求を緩める気配はなかったので俺は一つ咳払い。


「・・・・・・なんで俺がお前に愛を囁かないといけないんだよ。嫌だろ、普通に」


 言い終えて、ちらととなりを見てみれば淡く頬の染まった遊梨浜と視線がぶつかった。

 すぐに遊梨浜はふいとそっぽを向いて、んんっと咳払い。


「・・・・・・あたしも絶対に嫌だけど。でも負けないから関係ないわ。・・・・・・あんたも負ける気はないんでしょ」

「まあ、そりゃあ・・・・・・」


 俺がしぶしぶうなずくと米五が楽しそうに言う。


「じゃあ決定ね。勝負は放課後。卓球台の使用許可とかはわたしが取っておくよ」


 流れる微妙な空気に気まずくなっていると、丁度チャイムが鳴って教師が教室に入ってきた。

 ・・・・・・絶対に負けられない。

 俺はそんな闘志を胸に午後のテストに挑むのであった。

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