8話 イケメンがまずいものを食べる5秒前
遊梨浜の乳揉み事件があった翌日。
リアルで学校に通ったことによって若干テンションが下がりはしたが今日はVR。
昨日俺がリアルの学校に通っていた間は、倉吉初花の人格を完全に模したAIが俺の代わりにVRで高校に通っていたのだが、その間に身の回りに起きた出来事は俺がログインすると同時に頭の中に流れ込んできた。このVR高校も昨日はリアルの高校と同じでテストと少し体育があっただけなので授業進度の問題などはないのだが、休み時間に重要イベントが起きていないかが気がかりだった。流れ込んできた情報によれば杞憂だったようで一安心である。
今日は朝から攻めることにしていたので、火累の通学路の途中で待ち伏せていたのだが見事失敗した。だが俺はめげずに昼休みを用意していた策と共に迎える。
色々あって食堂。
「えいっ」
「うわっ!? や、やめてよ、初花ちゃん。唇に触られるのはまずいんだって! い、初花ちゃんも知ってるでしょ?」
「えぇ~、せっかくアルフくんの弱点知れたのになぁ~・・・・・・えいっ」
「ちょっ!? ほ、ほんとにそれだけは・・・・・・!」
「あははははは!」
・・・・・・先ほど人格を完全に模倣したAIが倉吉初花の中に入っていた昨日は重要なイベントはないと言ったな。
すまないあれは嘘だ。
いや、確かに俺の今のメインの攻略対象、育山火累との間には何もなかったのだ。だが、アルフとの間にはあったのだ。AI倉吉初花が完全に仲直りしやがったのである。
身体に触れられると性的快感を感じてしまうというアルフの特長をからかうという形によって。
・・・・・・いや何でだよマジで。
まあ倉吉初花ならそうするけどさぁ・・・・・・。何も間違ってないんだけどさぁ。俺はこいつがいたずらによって白目剥いて絶頂する姿なんて見たくないんだよなぁ・・・・・・。
まあしょうがないんだけどな・・・・・・。
「あ~・・・・・・久しぶりに涙出るぐらい笑ったかも」
「本当に勘弁して欲しいよ・・・・・・」
「ごめんごめん。アルフくんの反応が面白くって。それにしても無子ちゃんたち遅いねー」
「・・・・・・何食べるか迷ってるのかもね」
完璧なジト目を向けながら言ってくるアルフ。
俺はふふっ、と微笑みそれを流す。
「そういえば、アルフくんはどこの国出身なの?」
そんな俺に、アルフは呆れたように息をつく。
だがすぐに軽く笑みが浮かんだ。
「ノルウェーだよ。まあ、とは言っても僕は日本語しか喋れないんだけど」
「あ、そうなんだ。生まれたときから日本なの?」
「うん、まあね。小さいときから英語話せって周りの子に言われて大変だったよ。僕はノルウェー人なんだけどね。まあノルウェーの人は大抵、英語も話せるんだけど。だから少しだけ、日本語以外話せないのはコンプレックスだったんだよね」
「へぇ~、そうなんだ。まあ、外国人はみんな英語話せるって思っちゃうよね。わたしも、英語話せるの? って聞いちゃうかも」
言いながら俺は時代を感じていた。
現実世界ではすでに相手の言語を任意の言語に同時に翻訳するイヤホンが広く普及しているので、何語を話せる話せないはあまり問題にならないのだ。
「お待たせ~」
そんなことを思いながら割と純粋におしゃべりを楽しんでいると、無子と火累がようやく席に戻ってきた。
食堂でご飯を食べようとしていた火累を俺が廊下で捕まえ、アルフと無子が遅れてやってきたので四人で一緒に食べることになったのである。
俺は笑顔をぱっと咲かせ、
「あ、おかえり!」
ぐぅう~、と同時に腹を鳴らす。これも修行の末に体得した技術である。
「あ・・・・・・」
他の三人から集まる視線に固まる俺はどんどん赤くなっていく。
おそらく現在、三人の頭の中は『初花キュンかわぇぇ・・・・・・』で満たされており、好感度が爆上がりしている。アルフが俺に熱っぽい気のする視線を注いでいるからな。まあ、ド変態アルフに対する偏見のせいでそう見えるのかもしれないが。
俺は視線を集めてしまっていることに対して「うぅ~」と小さくなりながらうつむく。
「ふふっ、じゃあ、食べよっか。火累くんのそれはなに?」
アルフが微笑み話題を変えた。さすがイケメン。
「見れば分かるだろ」
「ま、まあオムライスっていうのは分かるんだけど。上にかかってるのはデミグラスかな?」
「ふん」
火累が鼻を鳴らした。正解らしい。アルフが困ってるんだからすっと言ってやれよ。
まあ、それはともかく。
「でみぐらす!」
顔を赤くしうつむいていた俺はその単語を聞いたと同時に顔を上げ目を輝かせる。
アルフが笑いかけてくる。
「好きなの? デミグラス」
「あ・・・・・・」
『おいしいものには目がない美少女』がコンセプトの俺は思わず好物に反応してしまったので、アルフに指摘され再び頬を染めていく。
何かを思いついた様子の無子がにやりと笑みを刻む。
「育山くん、倉吉さんにオムライスあげたら? 倉吉さんのお弁当と交換で」
ナイスフォローだ! 無子! 俺はこの流れを狙っていた!
「! ど、どうかな、火累くん。わたしのお弁当、手作りなんだけど・・・・・・」
びくぅっと火累の肩が跳ねる。
俺は内心ほくそ笑む。メシマズヒロインは作る飯はことごとくまずいが料理が大好きで他人に振る舞うのも大好きなので、男どもには恐れられるものである。メシマズヒロインならそのかわいさを逃す手はない。
「お、オレはいらない。おい、バルグくん、あんたが代わりに交換してやれ」
アルフの肩がびくぅっと跳ねる。
チッ・・・・・・逃げられたか・・・・・・まあいい、後で食わせてやる。
「そ、そうだね・・・・・・で、でも僕の昼ご飯は小倉サンドでデミグラス関係ないから・・・・・・」
「おぐらさんど!」
ピキッとアルフの顔が凍り付く。
「・・・・・・あ、あはは。じゃ、じゃあ、初花ちゃん、こ、交換する?」
「するする! どれでも好きなもの選んでいいよ!」
言って俺はかなり小ぶりな弁当箱を開ける。
中に入っているのはたまご巻きにたこさんウインナー、梅干しご飯にブロッコリーのマヨネーズ和え。
冷や汗だらだらのアルフはたこさんウインナーを指差す。おそらく最も俺の手が加わってなさそうなものを選んだのだろうが、どうなのだろう。スキルの文面は『手を加えた食物が死ぬほどまずくなる』だからな。俺に対してはスキルは効力を持たないようで、食べてもまずくなかったから分からない。
そろそろとアルフはたこさんウインナーに手を伸ばし、口許まで運んでいく。
俺は目を輝かせてそれを見守る。育山は次は我が身と震えながら箸を進める。無子は「ぶふっ」とときおり笑声を漏らしながら肩を揺らしている。お前ら失礼だぞ。
ちらりとこちらに視線を寄越したアルフはごくりと唾を飲み込み、青ざめた顔でにこっと俺に笑みを見せぱくっと飲み込んだ。
「ど、どうかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます