6話 卍ほうれん草の煮浸し卍
「あ?」
「お?」
「すとーっぷ!」
火花散らす俺と女の間に斜め後ろ、つまり女の後ろの席からそんな声が割り込んできた。
「「あ?」」
俺と女は揃ってそちらを睨む。
「まあまあ二人とも落ち着きなよ。喧嘩したっていいことなんて一つもないだろう?」
そこにいたのはにやにやと笑う女その二。
ぱっちりとした瞳に小ぶりな鼻。花びらみたいな唇が続いて、ぴょこぴょこ後ろのポニーテールが揺れている。全体的に小柄な感じの女だが容姿は優れているようだ。
「これから少なくとも一年間は同じ教室で過ごすんだからさ。仲良くしようよ。わたしは
「・・・・・・
別に仲良くなどしたくないが仕方なく名乗る。
俺と米五は揃って、女その一に視線を向ける。
「どうしてあたしが名乗らなくちゃならないの?」
「は?」
どこかで聞いた気のする意味の分からない返しに思わず疑問符。こんな頭のおかしな人間がまさかリアルにもいるとは。
「なによ」
「まあまあ」
米五に笑いかけられ、喧嘩腰の女はふんと鼻を鳴らしてぷいっとそっぽを向く。
「あたしの名前が知りたいなら名簿でも見なさい」
「いや普通に言えよ」
「あ?」
睨んできた女を無視して反対側を向いて頬杖を突く。
確か全校生徒のEPに各クラスの名簿が送られていたはずだからそれを見て、米五の一つ前の出席番号の奴の名前を調べればこいつの名前は確かに分かる。
だが俺はこいつの名前に興味がないので、動画による美少女研究に時間を使う。
「
「ふん」
遊梨浜由希。
チィ・・・・・・米五のせいで覚えてしまった。遊梨浜は俺の脳に嫌な奴として記憶されているので忘れることはないだろう。
なんとなくだが、米五が俺をにやにやと見ているのが分かった。
*
昼休み。
チャイムが鳴ると同時に俺は伸びをして、かばんの中をごそごそ漁り登校途中に買ったパンを取り出す。
ちらりと視界に入った遊梨浜の弁当はちんまりとした弁当箱に彩り豊かな食物が詰め込まれたものだった。明らかに手作りで両親に大事にされてるんだなという感じだ。
まあどうでもいいが。
何度も見たアニメを流しながらパンをほおばる。
「孫崎くんと遊梨浜さん。良かったらご飯一緒に食べない?」
アニメを止めて後ろを振り返ると米五と知らない女が一人いた。
小柄でショートカットの女で困ったように眉尻を下げて「あはは」と笑みを浮かべている。容姿はかなり整っていた。
面倒だったので俺は前を向く。
「いや、いい。俺は一人で食ってる」
「えー。連れないなぁ。遊梨浜さんは?」
「あんたたちがあたしと一緒に食べたいなら勝手にしなさい」
遊梨浜は言ってそのまま箸を動かし、ほうれん草の煮浸しを口の中にぱくっと入れる。若干頬が緩んでいた。好物なのかもしれない。
俺も好きだから分かる。今晩はほうれん草の煮浸しでも作ろうかしら。
そんなことを考えていると、後ろから米五が俺の席と遊梨浜の席の間に自身の机を割り込ませてきた。必然的に俺と遊梨浜は少し机をずらされる。
見知らぬ女が俺と遊梨浜の間に座りその向かいに米五が座った。
・・・・・・客観的に見れば、俺もこいつらと一緒に食べていることになるのだろうが、まあ、会話に加わらなければ、主観的には一緒に食べてないので許してやろう。わざわざ移動するのも面倒だしな。
「えっと・・・・・・?」
「あぁ、ごめんね。知り合いでもないのに急に連れてきて」
困り顔の見知らぬ女に、米五がにこっと笑いかける。
なんで知り合いでもないのに連れてきたんだよ。
「わたしは米五蒼星。で、そっちが遊梨浜由希さんで、こっちの偏屈なのが孫崎優くん」
「いやおい」
ツッコミが口から勝手に飛び出した。
「え? どうかした? 一緒にご飯食べないんじゃなかったの?」
「・・・・・・なんで俺のことを紹介してるんだよ。俺はお前らと一緒に昼飯を食べてるわけじゃないから関係ないんだが。それと偏屈って何だ」
「ふん、あんたは偏屈そのものよ」
「あ?」
「は?」
「すぐに喧嘩するなキミたちは」
「あはは・・・・・・」
睨み合う俺と遊梨浜に挟まれた見知らぬ女がめちゃくちゃ困っている。少し申し訳ない。
まあともかく、と米五は仕切り直し続ける。
「この女の子が
「よ、よろしくお願いします・・・・・・? 立川沙耶です」
立川のあいさつに疑問符が付いていたが、立川自身もどうしてここに連れられてきたのか分かっていないようである。
米五が俺にからかうような笑みを向ける。
「立川さんとキミは初対面だろう? なら、会話に加わらなくてもとなりに座っている君のことを紹介するのは道理だろう」
「・・・・・・まあ」
そうなのかもしれない。
紹介されるだけなら、まあ、いいか。
そう思って再びアニメを再生し、食事を再開する。
「由希ちゃんは何食べてるの?」
「由希ちゃ・・・・・・!? ふん、見れば分かるでしょ」
「ふふ、手作りのお弁当かな?」
「わ、すごくおいしそう」
「ね。遊梨浜さんご両親からすごく愛されてるのが分かるよ」
「・・・・・・ふん」
米五と立川からそろって褒められ、遊梨浜の頬が淡く染まっていた。
それからしばらく遊梨浜の弁当の話題が続き、
「立川さんのそれは?」
「ホイップクリーム入りメロンパン、かな」
「・・・・・・(ちらっ)」
「ん? 由希ちゃん? 食べる?」
「・・・・・・いらないけど」
にやにや笑みを浮かべた米五が少し乗り出し、くいくいと立川を手招く。首をかしげた立川が米五に耳を寄せた。
ちらちらとしきりに視線を寄越す遊梨浜をよそになにやら立川がふむふむ頷く。
二人が元の位置に戻ると立川が口を開いた。
「由希ちゃん、良かったら私のメロンパン食べてくれないかな? 実はお腹いっぱいで」
「・・・・・・ふん、しょうがないわね」
あ、遊梨浜の頬が一瞬緩んだ。美少女研究で鍛えた俺の目は見逃さないぞ。今のは『かわいい』よな。いらないふりをしてるけど実は欲しいっていう。今度使ってみよう。
「しょうがないからあたしが食べてあげるわ。貸しなさい」
「う、うん」
幸せそうにメロンパンを咀嚼する遊梨浜を米五と立川が楽しそうに見守っている。
「孫崎くんのは?」
いやおい結局俺にも話を振るのかよ・・・・・・。まあ、正直、今はこいつらの観察に夢中でほとんどアニメは見ていなかったのだが。
会話に加わった方が観察もより詳しく出来るだろうと納得することにする。
「焼きそばパン」
「ふーん。見れば分かるね。で、次の授業なんだけどさ」
「いやおいなんだよそれはせめてもう少し俺の食事について会話しろ」
「ふん、当然ね。あんたの食事に語る価値なんて皆無だし」
「あ?」
「は?」
「キミたちはニトログリセリンかってぐらいにすぐ爆発するな」
「今のは蒼星ちゃんが悪いんじゃ・・・・・・?」
それな。
会話が途切れたのに気を使ったのか立川が口を開く。
「蒼星ちゃんの机に並んでるそれは?」
「ん? サプリメント」
「いや、それこそ見れば分かるが。お前の昼飯は?」
微妙に悔しかったので先ほど言われたことをそのまま言ってやる。
「え? これがわたしの昼ご飯だけど」
「は?」
「(ちらっ)」
「え?」
米五をのぞく三人は一様に驚き、それぞれ反応する。
「昼ご飯って・・・・・・そのサプリメントが?」
「まあね。別にわたしは食事に幸せを感じないからさ。必要がないなら食事はこれでいつも済ませるんだ」
「へ、へぇ・・・・・・」
反応に困っている立川に、米五が話題を変える。
「そんなことよりもさ、みんなのVRで高校に通うときに使ってるアバターってどういったものなのかな? あ、ちなみにわたしのアバターはスタイルのいい女性アバターなんだけど」
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