5話 出会って五秒で即喧嘩
それは俺が中学二年だったころのある日のVRでの学校説明会。
理事長から長々としたあいさつと、文部科学省から日本では初となるVRで通う高校として認可され次々年度からの開校が決まったことが告げられた。
『それでは早速ですが、我が校の概要の説明に移らせていただきたいと思います。我が校は一週間の内火曜日、木曜日の二日間を現実世界で学校に通っていただき、残りの三日をフルダイブ型のVR学校に通っていただきます。VRでは各生徒が各自で自由にアバターを作成し、そのアバターで学校に通っていただくことになります。また、VR世界は生徒一人一人に別のものが割り当てられ、その高校に存在するあなた方以外の生徒は生身の人間と見分けの付かないAIとなっております。まあ、他にも授業の仕方など細々とした説明は後ほどさせていただくとして。先に私が最も伝えておきたいことをここで皆様に伝えておこうと思います。
全校生徒の内、あなた方のアバターを性的対象とすることの出来る生徒全員から卒業までに告白された方には、我々の生きているこの現実世界を差し上げます。
さて、続いて我が校のカリキュラムについてですが・・・・・・』
それ以降、理事長がなにやら喋っていたが俺の頭には一切入ってこなかった。
別に理事長の言ったこの現実世界をプレゼントうんぬんの妄言はどうでもいい。
このクソったれな現実から一週間の内、一部とはいえ離れられる。
そして『多くの生徒から告白されること』が目標であると理事長が明言した。つまりこの高校は恋愛シュミレーションゲームでもあるということだ。
それらの条件は俺のために用意されたと思えるほどにとてつもなく魅力的で。
俺はこの瞬間にこの学校に入学することを決意した。
*
汗ばむほどに激しい陽光が肌を突き刺す四月上旬。
「あークソだりぃ・・・・・・何でリアルで学校に通わないといけないんだよ・・・・・・全部VRでいいだろうが・・・・・・」
俺は学校の下駄箱にて不満を独り呟いていた。
だがいくら俺が世界を恨もうとも、俺がリアルで学校に通わなければならないのは変わらない。卒業できなくなるからな。
俺はそのクソみたいな事実にため息をつつ、廊下を歩いて己の教室を目指す。
現実はいつもクソである。
・・・・・・あー、クソつまんねぇ。
ここがVRで俺が倉吉初花なら、育山を攻略するという目標がある。生きることに張り合いが出来る。
だが、リアルにはそれがない。
人間関係に興味はないし、成績も保護者に文句を言われない程度取れればそれでいい。
どうして俺がそんなクソみたいな空間に身を置く時間を俺の人生から捻出しなければならないのか。はなはだ疑問である。
あー、せっかく昨日、育山の野郎を攻略するモチベーションが湧いてきたところだったのになぁ、なんて思いつつ自身の席に腰を下ろし、こめかみを軽く叩く。
するとコンタクトレンズ型の多機能電子機器、
俺の目から少し離れたところにあるように感じる映像を指でしゅしゅっと操作し、小説を呼び出す。作者はラブコメ系小説家AI『愛は地球を救う』。コテコテのラブコメを得意とするAIで、物語も当然面白い。俺の一番好きな作家だ。ちなみに倉吉初花の振る舞いはこの作家の小説をかなり参考にしていたりする。
夢中になって読んでいると教師が教室に入ってきた。いつの間にかチャイムが鳴っていたらしい。
しばしの説明の後にEP(Eye – Phoneの略)のアプリが強制的に切り替わりテストが始まる。この学校では基本的にVRで授業、リアルで理解度確認テストが行われる。なので今日は体育とテストしかない。クソである。そのテストの内容は前回のテストからの一週間で学んだ内容の理解度を確認するものだ。先週は入学したばかりでテストのしようがなかったのでVRでのみ学校に通っていたのだが、今週からはテストがあるのでリアルで学校に通わなければならない。クソである。だがだるいからと言って手を抜き、赤点を三回取るとマンツーマンで補習を受けさせられる。クソかよ。
しかし、あくまで理解度を確認するためのテストなのでそこまで難度は高くなく俺の敵ではない。きっちりと満点を取った俺は、十分な点数を取れなかった他の生徒が復習問題を解いている間に応用問題を解いていく。
そうこうしているうちに、一時間目が終わり休み時間に入る。
リアルで学校に通うのは今日が初めてであり、VR高校もそれぞれの生徒に割り当てられているので生徒間にVR上での交流もない。したがって、今日が彼らの初交流になるため発生する会話はほとんどなく特に耳障りという事もないのだが、話しかけられると面倒なのでイヤホンをして音楽を流し喋りかけてくるなと周囲にアピールする。俺にとって大事なのはVRだからリアルで友達なんていらない。
と思って、今朝の続きを読んでいたのだが足下にころころとEPで書き物をするためのEPペンが転がってきた。
無視してやろうと思ったのだが、ペンは俺の足下で止まりやがった。
これがVRならこの前育山にしたように嬉しいイベントだと思えるのだがリアルで起こるとうざいという気持ちしかない。
だがさすがに相手の取れる場所ではないので、仕方なく拾ってやる。
イヤホンを外し、持ち主に差し出す。
「落ちたぞ」
右隣にいたのは黒髪をさらりと背中に流した女。
ややつり目がちの鋭い瞳に長いまつげ。すっと通った鼻梁に、艶やかな唇。座っているのを見た感じ、身長もかなりあるようで俺とおそらくそう変わらないだろう。クソが。バストは大きく制服の胸元を押し上げ、スタイルもおそらくかなりいい。
要するにかなり恵まれた容姿の女がそこにいた。
まあ俺の作ったアバター、倉吉初花ほどじゃないしクソほどどうでもいいが。
そいつはギロリと俺を睨むと、拾ってやったペンをぶんどりやがった。
「ふん」
「は?」
そしてそのまま鼻を鳴らして俺から視線を切ったそいつに、思わずピキリと青筋が走る。
そいつは俺にギロリと視線を寄越した。
「なに?」
「あ? なに? じゃねえよ。礼ぐらい言えよ」
「は? なんであたしがあんたにお礼なんて言わないといけないわけ? あたしがペンを落とした。ペンがあたしの意志とは関係なくあんたの足下に転がった。それをあんたが拾ってあたしに差しだした。あたしに過失は一つもないんだけど?」
「は? 俺はお前が落としたペンをわざわざ拾ってやったんだよ。そこに感謝が存在するのは必然だろうが」
「は? 別に頼んでもいないのに勝手にペンを拾ったあんたにどうしてあたしが感謝しないといけないの?」
・・・・・・あーもうだめだ。
これはキレた。完全にキレた。お前は俺を怒らせた。
どんな温室で育ったらこんな傲慢クソ人間が生まれるんだ?
俺は説教をぶちかまそうと、アプリを一旦閉じて視界にそのクソを収める。
「ふん。なによ?」
「お前は今他人に助けてもらった。そこにお前の意志が関係あろうとなかろうと感謝するのが礼儀なんだよ、アホ。俺に感謝しろ、アホ」
女の眼光が鋭さを増す。
「ねえ、いまあんた、アホって言った? このあたしに?」
「あ? 言ったが? お礼も言えないお前はアホ以外の何物でもない」
「あ?」
「お?」
「すとーっぷ!」
出会って五秒で喧嘩を始めた俺とこいつの間に誰かが割り込んできた。
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