3話 「オエェェェェエッ!」~イケメンだってゲロを吐く~

 放課後。

 俺はアルフと一緒に帰ろうと席を立つ。すると無子が話しかけてきた。


「あれ、今日はもう帰っちゃうの?」

「うん。今日はアルフくんと一緒に帰ろうと思って」


 今まで放課後は育山にちょっかいをかけていたのである。

 無子がきょとんと首をかしげる。


「ん? あるふくん?」

「んーと、あそこの男の子なんだけど」


 言って、俺が視線で示すと無子が「ああ」と笑みを浮かべる。


「お昼休み、図書室でたまたま会ったんだけど、すごく話してて楽しかったから一緒に帰ってもっと話してみたいなって」

「へー、そうなんだ」

「それにね」

「ん?」


 一度言葉を切って隣で帰る準備をしている育山のクソをちらりと見やる。


「誰かさんと違ってとっても優しいんだよ」

「あ?」


 育山のクソバカ傲慢バカ野郎が睨んできた。

 俺は鼻を鳴らしてぷいっとそっぽを向く。

 本気を出せば育山と仲直りできなくもないのだが、この件に関して悪いのは完全にあいつ。なので、時間が経つにつれあいつは全く話しかけてくれなくなった俺に対して罪悪感を感じるようになるはずだ。その結果、あいつは常に俺の事を考えることになり、それが俺に恋する種になるというわけである。

 というわけで、俺は育山を無視し、無子に一声かけてアルフの元へ向かう。

 だがアルフは人気者なので周囲をクラスメイトに囲まれていた。

 このままだと二人きりになれないどころか一緒に帰ることすら出来ないかもしれない。

 ふむ、困ったな。

 考えていると笑顔を振りまくアルフと目が合った。

 俺ははにかみ小さく手を振る。

 アルフは一つぱちりとまたたくと、にこっと笑いかけてきた。

 ・・・・・・イケメンなんだよなぁ。


「そろそろ帰るね。実は今日用事があってさ。うん、ごめんね。じゃあまた来週」


 思わず感心してしまっていると、アルフは唐突にそう言って荷物を掴み集団を抜ける。

 それと同時にアルフはこちらに振り向いてウィンク。

 ・・・・・・え?

 俺の胸に一つの予感が去来する。

 汗が垂れて、唾を飲み込み、口の端がつり上がる。

 教室を去ったアルフの背中を足早に追いかけ、靴を履き替え校舎を出る。


「あ、初花ちゃん。良かったら一緒に帰らない?」


 それと同時に飛んできたのは爽やかボイス。

 そちらを向くと例の素敵な笑顔が俺を出迎えた。

 その姿に。

 俺の身体を武者震いが突き抜ける。

 イケメンだ、イケメンだとは思ってはいたがまさかここまでとは。お手本みたいなイケメンじゃないか。なんとこいつは俺が自身と帰りたそうにしているのを察して友人との会話を抜け出したのである・・・・・・!

 最高のイケメン対応を見せられ不敵な笑みを思わず浮かべた俺は、それなら一段上の美少女を見せてやろうと気合いを入れる。


「・・・・・・あ」


 俺は思わずと言った感じで口から音を漏らし、頬を染めていく。


「う、うん・・・・・・でも、いいの?」


 瞳を揺らして上目遣いに問いかける。

 他の友人よりも俺を優先してもいいのかと。

 そんな俺にアルフが少し照れたように頬を掻く。


「僕も初花ちゃんと話したかったから」


 どくん。

 アルフをぼーっと焦点の定まらない瞳で見つめ、頬を淡く染め、口は中途半端に開く。

 無防備なその表情は相手に対する全幅の信頼を表わす。

 これが長年の修行の末に会得した俺の奥義。

『恋に落ちたっぽい表情』

 これは理性を飛び越え相手の本能に直接作用する。それにより理性の働きを一時的に停止させ、相手は強く揺らいだ感情に支配される。目の前にいるのは、自身の子種を欲しがるメス。刺激された本能は、あるいは性欲は、理性の保護を受けていない感情を塗り替え、一つの感情を形成する。

 すなわち恋。


「そ、そっか・・・・・・そうなんだ」


 俺は耳まで赤く染めうつむく。


「・・・・・・う、うん」


 アルフは明後日の方を向き赤面した。

 思わず口角がつり上がる。

 これでアルフ攻略にぐっと近づいた。


「じゃ、じゃあ、帰ろっか」

「う、うん・・・・・・そ、そだね」


 俺とアルフは二人揃って歩き出す。

 初めはぎこちなかったものの、徐々に話は弾み、アルフが俺を名前で呼んでくるまでになった。

 俺はタイミングを見計らい次の一手に打って出る。

 これで決めてやる。

 こいつがいくらさりげなく車道側を歩き、会話の節々に優しさを見せ、歩く速度を俺に合わせてくるイケメンであろうともこれが効かないはずがない。

 話題が手料理に及んだところで俺はぶっこむ。


「あ、わたし最近お菓子作りにはまってるんだー」

「へえ、そうなんだ。クッキーとか?」

「そうそう! ちょうど昨日クッキー作ったんだけど、結構おいしく出来ちゃってびっくりしちゃった」

「へー食べてみたいなぁ」

「ほんと? えと、ちょっと恥ずかしいんだけど、実は持ってきてて」


 かばんをごそごそ漁り、袋を取り出す。

 そこに入っているのはシンプルなクッキー。

 驚いている様子のアルフから俺は視線を外し五指をもじもじ絡ませる。


「え、えと・・・・・・お腹空いたときに食べようかなーって」

「・・・・・・ふふっ」

「うぅ・・・・・・」


 笑みを漏らしたアルフに恥ずかしさのあまり俺は小さくなる。


「ああ、ごめんごめん。あんまりに君が可憐だったものだからさ。うん、じゃあいただこうかな」

「う、うん。ど、どうぞ・・・・・・」


 袋から取り出したクッキーを恥じらいながら一つ差し出す。

 手料理を振る舞ってくれる女の子はかわいい。

 その普遍の真理に基づき、大勢の人間から告白されようと決めたときから常に懐に仕込んでいたものである。

 幸いにも俺は料理を定期的にしているので、クッキーはかなりおいしく出来たと思う。

 緊張したような面持ちでクッキーを口まで運ぶアルフを見守る。

 ぱくっ。


「ど、どうかな・・・・・・?」

「・・・・・・」


 なぜかアルフの顔がさーっと青く染まっていく。


「あ、アルフくん?」


 アルフの頬がぱんぱんに膨らみ、押さえるようにアルフは手で口を覆う。

 アルフがさっと俺とは反対側を向いた。

 え?


「ウォェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエっ!」

 

 びちゃびちゃびちゃ!

 アルフがゲロを吐いた!


「え、え、えぇ!? だ、だいじょうぶ!?」

 

 咄嗟に駆け寄る俺の視界の隅で、唐突に【スキル】の文字が現われその下にテキストが流れる。

 は? え? なに?


【スキル】

 劇物生成メシマズ:手を加えた食物が死ぬほどまずくなる。


 ・・・・・・え?

 なんだこれ。

 視界の隅でアルフがゲロを公道に撒き散らし続けているが、突然の出来事に困惑する俺に構っている余裕はなかった。

 スキルなんてシステム聞いてないぞ?


「おえっ!」


 びちゃ!

 ・・・・・・困惑するのはあとにしてとりあえず今はアルフのケアをしないと。

 原因がクッキーにあるのは明白なので俺は申し訳なさそうにアルフに駆け寄る。


「だ、だいじょうぶ!? ご、ごめんね!? こ、これお水だけど・・・・・・」

「あ、う、うん、ありがおええっ。ありが、と、う・・・・・・ぉぇぇ」


 こんな時にもアルフは笑みを浮かべる。

 そんなアルフにほんの少し罪悪感を刺激され、取り出したティッシュペーパーで口許を拭ってやろうとアルフの口許に手を伸ばす。


「あ、ちょ、それは――」


 ゲロを拭われるのを嫌ったのかのけぞったアルフだったが、俺は引かずにそのまま無理矢理拭ってやる。


「んほぉ!」


 びくんっ!

 え?

 なんか今アルフが痙攣して、しかも口から変な声が聞こえたような・・・・・・。


「じっとしててアルフくん!」


 だが気のせいかと思い直した俺は継続してアルフの口まわりを拭い続ける。

 頬を紅潮させたアルフは逃げずにされるがままになっている。

 ・・・・・・ふむ。一つ仕掛けておくか。


「あっ」


 俺の小指がアルフの唇に軽く触れる。

 その瞬間。

 びくびくびくびく!

 アルフが激しく痙攣し、密着している俺のへその辺りをなにか硬いものが圧迫する。


「え?」

「い、イグゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 びゅるるるるるるるるるるるるっ!

 白目を剥いて上を向いたアルフはそのまま腰を抜かしたようにへなへなと座り込んだ。

 ・・・・・・は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る