2話 超かわいくたって怒るときは怒る
翌日。
俺はクソ傲慢偏屈バカ野郎こと
「あ、おはよう! 育山くん!」
「ふん」
「今日、朝から暑くなかった? わたし、暑くて汗掻いちゃったよ」
言ってシャツの胸元をぱたぱたさせる。
「オレが暑かったらあんたに何か関係があるのか?」
「えーっと・・・・・・なんか共感したい、みたいな?」
「知らん」
「あはは・・・・・・」
愛想がないにもほどがないかこいつ。
そのまた翌日。
授業が終わり、片付けがてら隣に話しかける。
「育山くーん」
「・・・・・・」
「次の授業なんだっけ?」
「自分で時間割を見ろ」
「そ、そだよね・・・・・・」
・・・・・・なんでこいつは命令口調なんだ。
そのまたまた翌日。
最後の授業が終わると同時に俺はんーっ、と伸びをする。
「やっと終わったぁ~」
「・・・・・・」
「ところで育山くん」
「・・・・・・」
「安倍晋三についてどう思う?」
「自分で考えろ」
「あはは・・・・・・だよね」
お前の考えが知りたいからこっちは聞いてるんだが?
そのまたまたまたまた翌日。
「育山くん、今の授業分かった?」
「・・・・・・」
視線すらも寄越さず黙々と次の授業の準備をする育山に俺のこめかみがひくつく。
「あ、もしかして育山くんも先生が何言ってるか分からなかった?」
「・・・・・・チッ」
「やっぱりそうだよねぇ~。あの先生、なんだか微妙に分かりづらいときがあるんだよね。いつもは分かりやすいんだけど」
「チッ」
「・・・・・・」
俺から表情がすっと消える。なんで今俺はこいつに舌打ちされたんだ?
「黙ってろ」
育山はそれだけ言うと立ち上がり、俺に背を向ける。
俺はその背中を睨みつける。
「じゃあもういい。もう話しかけないから」
「ふん。どうぞご自由に」
しかし育山は反省した素振りも見せずにそのまま教室を出て行ってしまった。
教室が静まりかえる。
俺に集まる視線がささくれ立った感情に突き刺さる。
・・・・・・よくないな。
俺は深呼吸を一つして席を立ち、ともかく気持ちを落ち着けようと教室を離れた。
昼休み。
弁当を手早く片付けた俺は立ち上がり育山に背を向ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
いつもは昼食を食べながら育山のクソに何くれとなく話しかけていたのだが今日は一言もしゃべりかけなかった。さすがにピーク時よりはかなりマシになったがまだ育山への怒りは収まっていない。しばらくは顔も見たくない。
というわけで俺は気分転換に校内探索をすることにした。
入学してからずっと主に育山の攻略に夢中になっていたから、入学前からやりたいと思っていた校内探索が出来ていなかったのだ。なんでもこの学校は2020年代の校舎をモチーフにしているらしく大変興味深い。
何か面白いものが見つかるだろうか?
そんな期待に胸を弾ませ俺は教室を出る。
さて、まずは図書室にでも行こうかと歩き始める。
「あれ、今日は育山くんと話してなくていいのかい?」
と、そちらへ足を向けたところで背後から話しかけられた。
「ん? あなたは確か・・・・・・」
「そう、キミの前の席の
「あ、そうそう! はじめまして!」
後ろに立っていたのは背の高いポニーテールの女の子。出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでおり、かなりスタイルがいい。
変な名前だと思って名簿を見たときから覚えていたのだ。
「あ、今『変な名前だから覚えてたんだよね~』とか思わなかった?」
「お、思ってないよ!」
びっくりした。ドンピシャで当ててくるとかエスパーかよ。
「ははっ、倉吉さんは分かりやすいなぁ。いいよ、全然。よく言われるからさ」
「そ、そう? ごめんね?」
「変な名前だと思ってたこと、肯定するんだね」
「あ」
俺は今気づいたという風に動きを止め、顔を赤くしていく。
「・・・・・・へぇ?」
ところが無子の反応はツッコむでも、笑うでも、それらの俺の予想していた反応のどれでもなく片眉を持ち上げ俺の顔を興味深そうに見てくる、というものだった。
「・・・・・・え、えーっと?」
しばらく待ってみてもそれ以上の反応を寄越さない無子に、赤面の行き場をなくした俺はやむを得ずそのまま疑問符を浮かべる。
「あぁ、ごめんごめん。あんまりに綺麗な顔だからさ。思わず見惚れちゃった」
「えぇっと・・・・・・あり、がとう?」
ぱちこん☆と片目をつむった無子に俺は困り顔。
めちゃくちゃさらっと嘘つくやんこいつ。今のは見惚れてた顔じゃなかっただろ絶対に。
「まあともかく。これからよろしくね、倉吉さん」
「う、うん、よろしく。・・・・・・無子ちゃん、でいいのかな?」
無子がにこっと笑う。
「うん。好きに呼んでよ。ところで倉吉さん、今どこか行こうとしてなかった?」
「あ、う、うん! 図書室に行こうかなって」
「あぁ、そうなんだ。なら私も一緒に行っていいかな? することなくてさ」
「うん、もちろん!」
ようやく調子を取り戻した俺が元気よく頷くと、じゃあ行こうか、と無子が歩き始めた。
並んだ俺に無子が軽く笑みを見せる。
「育山くんと喧嘩でもしたのかい?」
「え?」
想定外の質問に思わず聞き返す。
「ほら、二限の後の休憩」
「あ、あぁ、うん。まあ、ね」
当然だが無子にも見られていたらしい。
それにしても、ほぼ初対面なのにぐいぐい踏み込んでくる。
「ん? あぁ、ごめんね。ちょっと図々しかったかな。でも、気になってね。いつもあんなに仲の良さそうな二人が、昼ご飯食べてるときに一言も話してなかったから」
「あはは・・・・・・」
いつも?
「ん? あぁ、ごめんね、盗み聞きみたいなことして。でも、キミと育山くんの会話が面白くて、ついつい聞いちゃうんだよね」
「そ、そうなんだ。少し恥ずかしいな・・・・・・」
てれてれ。
まあ、死ぬほど素っ気ない奴に気を悪くした様子もなく話しかけ続ける人間、というのは傍から見ていれば面白いかもしれない。
「と、もう図書室か。じゃあ私はあっちの方見てるよ。じゃあね」
「あ、う、うん」
最後にウィンクをして無子は図書室の奥の方に行ってしまった。
これ、一緒に見て回るパターンじゃなかったのか・・・・・・?
まあ、べつにいいんだけど。
変な奴だな、虚無無子。名前もぶっ壊れてるし。どんな心理状態のときに名付けたらこんな名前になるんだよ。
そんなことを思いながら、俺は入り口に近いところから本を順番に眺めていく。俺は本をよく読む方だが並んでいるのは知らない本ばかり。その中から適当に何となく気になった一冊を抜き取りぱらりとめくる。
「へぇ」
この本の作者は人間なのか。経歴とか代表作とか書いてあるげ。
俺からすれば珍しい。
ぱらぱらとめくり、裏表紙。
バーコードが貼ってある。
「ん? なんだこれ?」
首をかしげた俺は何か説明はないかと図書室内をぐるっと見回す。
見つけた説明によればどうもこれを読み取ることによって貸し出しの管理を行っているらしい。
「へー、なるほどねー」
せっかくだから何冊か借りていこうかしら。
そう思って本を探していると、少し距離を置いて隣に人がいるのに気づいた。そいつも俺と同じく本を探しているようで、俺に気づいた様子を見せずこちらに向かってくる。
何気なくそいつにちらりと視線を向ける。
イケメンがいた。
亜麻色の髪の毛に碧い瞳。鼻は高く、肌は抜けるように白い。足は長く、身体はがっちりとしており、頼りがいに溢れている。しかし、顔面は優しさで満ちており、笑顔がきっと素敵だ。
・・・・・・ふむ。
これはここで粉をかけておくしかないな。
育山のクソにイライラするあまりすっかり忘れていたが、俺の目標はあいつを攻略することだけではないのだ。別にあいつは後回しにしたって何の問題もない。
俺は今までの経験から俺の取るべき行動の最適解をはじき出す。
すなわちッ!
「「あっ」」
『同じ本を取ろうとして手と手が触れ合う』ッ!
言わずと知れた不朽の運命の出会いテンプレ。
これがこうかばつぐんなのは入学式の日のモブ男のようなクソザコ野郎だが、大抵の人間に絶大な効果を及ぼすため、この爽やかイケメンにもかなりのダメージを与えられるはずだ!
「あ、ご、ごめんなさい」
「あぁ、こちらこそごめんね。君の取ろうとしてた本はこれであってるかな。どうぞ」
ところが本とともにプレゼントされたのは素敵な笑顔。
かすかに上がった口角に、細められた瞳。俺の身長に合わせて腰はかがめられ、綺麗な顔が間近にある。優しさがあふれ出していた。
「え、あ、あ、あ、う、ぅん・・・・・・あ、ありがとぅ・・・・・・」
俺は真っ赤になってうつむきごにょごにょ喋る。
これでこいつは明らかにときめいている様子の俺を記憶したはずだ。
「倉吉初花ちゃん、だよね?」
「え? う、うん」
なんでこいつ、俺の名前を知ってるんだ?
「あぁ、ごめんね、教室で見かけてからずっと話してみたいと思ってたんだ。僕はアルフレド・バルグ。気軽にアルフって呼んでよ」
「そ、そなんだ。うん、よろしくね! アルフくん」
そういえば同じクラスにそんな名前の奴がいた気がする。
育山の攻略しか考えてなかったから全くのノーマークだったが。
ふむ、決めた。
アルフレド・バルグ。
貴様を攻略してやろう。
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