第38話 記者会見
柵木ビル管理事務所の社長である柵木誠吾は、弁護士の宇留嶋とともに都内のホテルにて記者会見を開いた。
「この度、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしましたこと、深く陳謝いたします」
そう言って、柵木は居並ぶ記者たちの前で深々と頭を下げた。
たくさんのフラッシュが柵木に降り注ぎ、柵木はその光をただ黙って受け止め続けた。
30秒ほどたってフラッシュが収まり始めると、柵木は頭を上げて目の前にあるイスに座った。
「社長」
秘書の石間が内部調査をまとめたレポートを柵木の所に持ってきた。
柵木はそれを受け取ると、すぐに記者たちの前で読み始めた。
「内部調査で分かったことを報告いたします。弊社が登野城警備保障と契約しているビルおよび企業を調べたところ、10社のホームゲートウェイからマルウェアが検出されました。このマルウェアは通信情報を抜いて、それを作成者のサーバーに送るものであり、登野城警備保障の一部の社員が秘密裏に行っていたものでございます。弊社でこの事実を知っていたのは、総務部長の鍛治田益夫、ただ一人でございました。現在、鍛治田は警察の取り調べを受けており、我々としては事実が全て判明した後、彼に処分を下したいと考えております」
「ご質問のある方、挙手をお願いいたします」
宇留嶋が用意した司会者が口を開いた。
複数の記者が一斉に手を挙げ、一番前にいた50代くらいの男性が最初に当てられた。
「情報の漏洩はいつから行われていたのですか?」
「鍛治田の話によると、2年前からです。登野城警備保障の営業部長から直接聞かされたと聞いております」
「その時、なぜ鍛治田部長は社長に報告しなかったのですか?」
別の記者が質問した。
「登野城警備保障との契約内容が良かったことと、自身が登野城警備保障を推薦したので言い出せなかったと話しております」
「2年前からということは、御社との契約中に倒産した企業の中にも、マルウェアが仕込まれていたのではないのですか? その場合、どのような補償をなさるのですか?」
別の記者が厳しい質問をしてきた。
「その件につきましては、ホームゲートウェイがすでに存在しないので調査できません。断定は避けさせていただきます」
「鍛治田部長はあなたの腹心の部下ですよね? 本当に何も知らなかったのですか?」
自分と同い年ぐらいの男性記者が、少し疑うような感じで聞いてきた。
「はい。お恥ずかしながら、鍛治田から手紙で知らされるまで、全く存じておりませんでした。私は子供の頃から鍛治田の世話になっており、全てにおいて彼を信頼していたのです。このようなことになってしまったことを、私は、今でも……信じられないんです」
涙を流しながらそう訴えた柵木に、再びたくさんのフラッシュが浴びせられた。
約40分の記者会見が終わった。
控え室に戻ると、宇留嶋はすぐに柵木の労を労った。
「お疲れ様です。柵木社長」
「先生。私は本当にこれでいいんでしょうか?」
柵木は鍛治田に全ての責任を背負わせたことに、まだ納得していない様子だった。
「はい。会社にも責任があると認めてしまったら、倒産した企業が次々と訴訟を起こしてくる可能性があります。それに、これは鍛治田部長が私に託した願いでもあります。ですから、柵木社長。決して自分を責めないでください。あなたは会社と社員を守ったのですから」
宇留嶋はそう柵木に励ましの言葉をかけたが、彼は何も答えなかった。
「先生。これから私はどうしたらいいですか?」
少しして、柵木が今後のことについて指示を仰いできた。
「とりあえず、今まで通りホテル暮らしを続けてください」
「えっ。もうマスコミが追ってこないのに、ですか?」
秘書の石間が聞いてきた。
「はい。実質的に登野城のトップだった天川は、逃亡中とはいえ、社長の命を狙ってくる可能性があります。彼のメンツを完全につぶしてしまいましたから。また、倒産したテナント企業の関係者が復讐に来るおそれもあります。ですから、しばらくはホテル暮らしを続けてください」
「分かりました」
柵木は素直に受け入れてくれた。
「それと、柵木社長。もう一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「差し支えなければ、スマートフォンに現在地を知らせるアプリを入れさせてもらっても構いませんか? 天川がここまで逃亡を続けるとは思わなかったので、万が一に備えたいんです」
「分かりました。どうぞ」
「ありがとうございます」
宇留嶋は柵木からロックを解いたスマートフォンを受け取った。
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