第37話 それぞれの午後
事件が報道されるとすぐに柵木誠吾の自宅と会社にマスコミが多数張り付いた。
周囲の人たちへの迷惑を考え、柵木誠吾は宇留嶋の指示通り、都内のホテルで寝泊まりすることにした。
「しばらくの間、ここにいてください。必要なものは全て私が用意しますから」
秘書の石間美樹子は、買ってきた男性用下着が入っている買い物袋を机に置き、口を開いた。
「ありがとう。何から何まで」
柵木がお礼を言うと、突然、石間が柵木の胸に飛び込んできた。
「社長。私、社長のためなら何でもします。何でも言ってください」
彼女の真剣な様子から、柵木はこれ以上、彼女に踏み込んではいけないと本能的に感じた。
「その気持ちだけで、十分です」
柵木は石間を自分の胸から引き離し言った。
「明日もよろしくお願いします」
柵木の言葉を聞いた石間は、最初驚きと困惑が入り混じったような表情を浮かべていたが、すぐにいつもの見慣れた表情に戻った。
「分かりました。失礼いたします」
石間は踵を返し、すぐに部屋から出て行った。
その頃、登野城警備保障の営業部長である天川雄士は、東京郊外にあるお寺に向かって車を走らせていた。
今向かっているお寺の墓地には、母親の墓があった。
天川はお寺に着くと駐車場に車を停め、途中で購入した仏花とミネラルウォーターを手にして車を降りた。
ここに来るのは3年ぶりだった。
前回来た時は他の組と抗争が始まるかもしれない、そんな状況だった。
お墓に向かう途中、作務衣を着た若い男がホウキを使って石畳を掃いていた。
天川は彼に軽く会釈をし、まっすぐ墓地の中に入って行った。
母の墓の前まで来ると、天川は花立てにミネラルウォーターを注ぎ、そこに仏花を供えて手を合わせた。
母親はどうしようもない人間だった。
家に次々と男を連れ込み、食事もまともに作ってくれたことはなかった。
そして、男に捨てられるたび彼女は天川に手を上げたので、天川は母親から逃れるため夜の街に飛び出した。
天川はそこで多くの闇社会の人たちと知り合い、彼らから沢山の生き抜くための知恵を学んだ。
天川にとって闇社会は学校であり、家族そのものだったのである。
合掌を終え、天川はお墓に近づき、香炉を横にずらした。
そして、そこから防水パックに入った拳銃を取り出し、背広の内側に入れた。
香炉を元に戻すと、天川はポケットから名義の違うスマートフォンを取り出し電話をかけた。
「もしもし。覚悟はできたか?」
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