第35話 家宅捜索

吉原は部下を複数人連れて、品川区にある登野城警備保障の本社に向かった。


ドアを開け中に入ると、受付に女性が一人座っていた。


「おはようございます」


そう言って、受付の女性は軽く会釈した。


吉原はそんな彼女を全く気にすることなく、ポケットから令状を取り出し、彼女の前で広げた。


「家宅捜索令状です。中に入ります」


「えっ?」


戸惑う彼女を無視して、吉原たちは奥へ入って行った。


奥に入ると、すぐに社員たちの視線が吉原たちに注がれた。


吉原は再び礼状を広げ、口を開いた。


「はい、皆さんそのまま。何も触れないでください。警視庁です。家宅捜索令状が出ています。これより家宅捜索を行います。倉橋(くらはし)社長はどなたですか?」


「はい。私です」


奥にいる40代後半くらいの男がゆっくりと手を挙げ、立ち上がった。


その男の顔は、間違いなくホームページに出ていた画像と同じものだった。


吉原は倉橋に近づき、再び彼の前で令状を広げた。


「家宅捜索令状です。ご協力お願いいたします」


「分かりました。みんな、警察の指示に素直に従ってください」


倉橋はそこにいる社員全員に指示を出した。


「ありがとうございます、倉橋社長。ところで、営業部長の天川雄士さんは今どちらにおられますか?」


「分かりません。外回りに行くと言って出てったきり、まだ戻っていません」


「彼を呼び出してもらえますか?」


「はい」


倉橋はすぐに内ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかけた。


「出ません。電源が切れているか、電波が届かない所にいるみたいです」


「分かりました。ありがとうございます」


今度は吉原がポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかけた。


「もしもし係長。天川の所在がつかめません」


吉原はすぐに上司の友枝に報告した。




柵木ビル管理事務所の社長である柵木誠吾は、今朝方、電話で宇留嶋弁護士から鍛治田部長が任意で警察の取調べを受けていることを聞かされた。


柵木は出社するとすぐに部下に内部調査を命じ、自身は社長室で宇留嶋が来るのを待っていた。


「失礼します」


ノック音の後、宇留嶋が社長室に入って来た


「おはようございます、柵木社長。体調の方は大丈夫ですか?」


「ええ。問題ないです。それより鍛治田は今どんな様子ですか?」


「警察の取り調べを素直に受けております。それと、これは鍛治田部長から預かったものです。ご覧ください」


そう言って、宇留嶋はカバンから一枚の封筒を取り出した。


受け取って中を見ると、そこには一枚の便箋が入っていた。


柵木は早速手に取り、読み始めた。


柵木社長。この度、このような形で皆様に多大なご迷惑をおかけしたこと、深く陳謝いたします。

私、鍛治田益夫は、我が社の業績を上げるため、契約料の安さから登野城警備保障との契約を推薦しました。

しかし、契約後しばらくたって、彼らから自分たちは光塚組のフロント企業で、加えて裏でテナントの情報を抜いていると知らされました。

私は彼らに情報を抜くのを止めてほしいと頼んだのですが聞き入れてもらえず、この度、このような形で露見した次第です。

情報が抜かれていることを知った後も社長に伝えず、契約を継続させたのは全て私の保身によるものです。

大変申し訳ございませんでした。


「何なんだ、これは」


柵木は怒りのあまり、立ち上がって大きな声を上げた。


「全部、皆に黙って自分がやったことだと書いてある。第一、重則の件はどうなった? 一言も書いてないじゃないか」


「柵木社長。察してください。みなに責任が行かないよう、鍛治田部長が配慮して書いたものですから」


「そんなこと分かっています」


本来、自分が背負うべき責任を全て鍛治田部長が肩代わりしてくれた。


そして、自分はこの件に関して、一つも鍛治田部長を擁護できる材料を持っていない。


彼のために何もできない。そんな自分が許せなかった。


宇留嶋は涼しい顔で柵木の怒りを受け止めた後、少し間を開けて再び口を開いた。


「柵木社長。すぐに内部調査をまとめて、記者会見の準備をしてください」


「そうですね。すいません、宇留嶋先生」


冷静な宇留嶋の姿を見て柵木は頭を冷やし、今自分がすべきことに集中しようと心を切り替えた。

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