第32話 犯人逮捕 その1

次の日の夕方、上井たちは鍛治田が用意した事務所に足を運んだ。


「わお。全部揃ってる」


理栄が声をあげた。


部屋の中は、机、イス、ロッカーなど、必要なものが全て備えられていた。


「今からでも、すぐに仕事ができる状態ですね」


冨田が感想を述べた。


「そうだな」


上井はロッカーの戸を開けながら言った。


「これだけきちんと用意してくれたら、監視カメラも設置しやすい。早速、作業を始めるぞ」


「了解」


上井の言葉に二人はすぐに返事をし、証拠を抑えるための隠しカメラや集音マイクなどを手分けして設置し始めた。




作業を終え夜になり、上井たちが事務所の中で休んでいると、イヤホンから登野城の動きを監視している早希の声が入って来た。


「みんな、動き始めたわよ。準備して」


「了解」


3人はそれぞれ早希に言葉を返した。


上井、冨田、理栄の3人は、部屋の電気を消し、ロッカーや机の下に身を隠した。


するとしばらくして部屋の電気がつき、片山道夫が中へ入って来た。


片山はあたりを見回しホームゲートウェイを見つけると、そのまま真っ直ぐそこに向かって歩いて行った。


そして、ポケットから鍵の束のようにまとめられた複数のUSBメモリを取り出し、そのうちの一つをホームゲートウェイに差し込んだ。


ここまでの無駄のないスムーズな動作から、片山が何度も同じことを繰り返して来たことが伺い知れた。


次に片山はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を数回タップした。


そして画面を見ながらしばらく時を過ごした後、スマートフォンをポケットにしまい、ホームゲートウェイからUSBメモリを引き抜いた。


上井は片山がこの場から離れようと一歩足を踏み出したタイミングでロッカーから姿を現した。


「そこまでだ」


突然声をかけられ、片山は驚いてその場で固まった。


「片山。お前が他の所でもマルウェアを仕込んでいることはすでにつかんでいる。警察には俺が口を聞いてやるから、おとなしく観念しろ」


上井にそのように言われても、片山は何も言わず、ただ視線の先を上井に合わせていた。


この男は、今、何を考えているんだ?


上井が片山の意図を測りかねていると、その視線の先がゆっくりと横に向かった。


次の瞬間、片山は近くにあったイスを持ち上げ、上井に向かって放り投げた。


上井は咄嗟に腕を前に出し、イスから身を守った。


その隙に片山は机を飛び越え、事務所の入り口に向かって走って行った。


そして、ドアを開けて事務所を出ようとした丁度その時、片山の体が突然くの字に曲がり床に転がった。


上井が片山のそばに行くと、そこには樫で出来た杖を手にした日沖が立っていた。


「お見事」


「裕一郎、お前の言う通りだったな」


「ええ。あの時、何をいじってるって俺たちに声をかけた時から、あやしいと思っていました。あんな分かりにくい場所にあるのに、そこに何があるか分かっているような口ぶりでしたから」


上井は片山の手に拘束バンドをはめながら答えた。


「あとは手はず通り、宇留嶋弁護士に連絡します」


上井はポケットからスマートフォンを取り出した。




連絡を受けた宇留嶋は、鍛治田総務部長と警視庁生活安全部保安課の吉原哲をはじめとする刑事数人とともに、裏門から上井たちがいるビルの中に入った。


「何かあったのですか?」


入り口で井田が声をかけて来た。


「片山さんがやっている悪事がバレたんです。全面的に協力してください」


鍛治田は井田にそう伝えると、皆を連れてエレベーターに向かって歩き出した。


「ここの10階です」


鍛治田の指示に従い、宇留嶋たちはエレベーターに乗り込んだ。


10階で降り、鍛治田に連れられて事務所の中に入ると、そこには日沖探偵事務所のメンバーと拘束された登野城警備保障の片山道夫がいた。


「彼がホームゲートウェイにマルウェアを仕込んだところを現行犯逮捕しました。映像は全てノーカットで録画しておりますので、あとはよろしくお願いします」


上井が状況を説明した。


「分かりました。あとはうちが引き受けます」


吉原がそう答えると、そばにいた二人の刑事が片山を立たせ、改めて手錠をかけなおした。


そして、足の拘束バンドを外し、片山を事務所から連れ出した。


「では、これより現場検証をするので、あなた達もここを出て、1階で待機していてください。色々と聞きたいこともあるので」


吉原の指示に従い、上井たちも事務所を出て、エレベーターに向かった。


そして片山とは別のエレベーターに乗り込み、1階へ向かった。


「上井さんの予想通りでしたね」


エレベーターの中で、宇留嶋は上井に話しかけた。


「少しは尊敬したか?」


「ええ。わずかですが」


「なら、そんな尊敬する俺のために、一つ頼まれごとを引き受けてくれないか?」


「何です?」


「ダークサイドに落ちそうな奴を一人、助けて欲しいんだ」

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