第22話 上井の過去
その日の夜、柵木重則は宇留嶋弁護士の車に乗って、闇カジノがある錦糸町へ向かった。
「宇留嶋先生は、上井さんと付き合いが長いんですか?」
助手席に座っていた柵木は、運転中の宇留嶋に話しかけた。
「そうですね。直接知り合ってまだ2年足らずなんですけど、父からずっと話を聞いていたので、長年の知り合いのような感じですね」
宇留嶋はバックミラーに映る上井たちが乗った車をちらっと見て口を開いた。
上井たちは柵木たちが闇カジノに入って15分経っても出てこなかったら警察に通報する係として付いて来ていた。
「昔から、あんなに仕事熱心な方だったんですか?」
「本人は楽に生きたいと言っていますが、昔からそうですよ」
宇留嶋は少し笑いながら言った。
「楽に生きたい?」
「ええ。上井さんの親は躾がとても厳しい人だったので、彼は子供の頃から大変苦労したんです。高校時代はそれが原因で学校を辞める一歩手前まで行ったんですが、探偵業を営んでいたおじの日沖さんの取りなしで、何とか卒業することはできたんです。だから、上井さんはこれ以上苦労したくないと思う一方、恩人の日沖さんのため一生懸命仕事に打ち込むんです」
「そうだったんですか」
「それとこれは私が彼と一緒に仕事をするようになって感じたことなんですが、重則さんのような若い人を救う時、彼はとりわけ熱心に動きます。おそらく過去の自分と照らし合わせて、若い人が苦しむ姿を見たくないんだと思います」
「上井さんって、いい人ですね」
「でも、普段はそう見せないよう振る舞っているんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、私はそんな彼をイジらずにはいられなくなるんです」
そう答えた宇留嶋の表情は、とてもうれしそうだった。
錦糸町に着くと、宇留嶋はすぐに近くにある駐車場に車を停めた。
「さあ、行きますよ」
「はい」
柵木は宇留嶋とともに車を降り、闇カジノが入っている雑居ビルに向かって歩き出した。
そして、角を二つ曲がり雑居ビルがある通りに入ると、突然、宇留嶋が柵木に話しかけてきた。
「重則さん」
「はい?」
「今から私の言う通りに動いてください。いいですか?」
「えっ? あっ、はい。分かりました」
「ビルには入らず、そのまままっすぐ進んでください」
宇留嶋に言われた通り、柵木は雑居ビルの前を通り過ぎた。
そして、そのまま二ブロックほど共に進み、雑居ビルから十分遠ざかった所で宇留嶋が再び声をかけてきた。
「先程、ビルの入口付近にいた男性と向かいのビルの角にいた男性は、警察官です。見覚えがあります」
「えっ?」
「加えて、向かいのビルの四階から下をのぞいている者もいました。今日、カジノに手入れがあるみたいですね」
宇留嶋は淡々とした口調でそこまで話すと、胸からスマートフォンを取り出し、メールを打ち始めた。
そして、それを手早く送信すると、再び口を開いた。
「上井さん達にも伝えました。今日はこのまま帰りましょう。それからスマートフォンの電源は、今ここで切ってください。向こうから連絡が来たら厄介ですから。今後のことは成り行きを見て判断します。いいですね」
「分かりました」
宇留嶋に言われた通り、柵木はすぐにポケットからスマートフォンを取り出し、電源を切った。
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