第21話 作戦決行

柵木重則は、昼休みに野球部のマネージャーである谷本優佳に呼ばれ、大学のグランドに足を運んだ。


「懐かしいな」


怪我をして野球を辞めて以来、グラウンドには一度も足を運ばなかった。


なぜなら、ここにくると否応なく昔の元気に動きまわっていた頃の自分を思い出してしまうからだった。


「重則くん」


振り返ると、そこには水色のワンピースを着た谷本優佳がいた。


今まで見たことがないおしゃれな彼女の装いに、柵木は少しの間、彼女の姿に見惚れていた。


「変かな?」


谷本優佳が聞いて来た。


「いや、そんなことないよ。とても、似合っているよ」


「ありがとう。知り合いの方にコーディネートしてもらったの」


「そうなんだ……それで、今日は俺に何の用?」


「重則くん。今も闇カジノで働いているの?」


「えっ? あっ、うん」


「私、重則君が闇カジノへ行くの、止めて欲しいの」


谷本優佳は真剣な表情を浮かべながら言った。


「それはできないよ」


「どうして?」


「俺はどうしても自分の運命を見定めたいんだ」


「そこでお金をかけている人たちを見ていて、本当に分かるの?」


「分からない。でも、他によい手段が思いつかないんだ」


「止めるのに、私の想いだけじゃ、足りない?」


「えっ。いや、そんな風に言われても……」


谷本優佳の悲しげな表情を見て、柵木はそれ以上、言葉を繋げることができなかった。


「お前、一体、何が不満なんだ」


突然、怒鳴り声が柵木の耳に入って来た。


声の方向に視線を向けると、闇カジノで会った個人投資家の下条がいた。


「最初に言っておく。俺の名前は上井裕一郎。日沖探偵事務所の探偵だ。俺が闇カジノに行ったのは、彼女がお前を助けようとしていたからなんだぞ」


闇カジノに来ていた下条は探偵で、谷本優佳は自分を助けようとしていた? 


言葉は理解できたが、状況を飲み込むことが柵木にはできなかった。


「彼女はな、夜お前の実家に行って、闇カジノで働いていることを両親に伝えようとしていたんだ。その際、迷って家の前を何度も行き来していた所を、たまたま別件の仕事を受けていた俺たちが見かけて話を聞いたんだ。調べてみたら彼女の言う通りで、俺たちはお前の母親から正式な依頼を取って動き始めたんだ。なあ、お前知っているか。近々あの店には警察が踏み込むぞ?」


「えっ?」


「客の中に刑事が混じっていて、そいつが近々踏み込むと言っていたんだ。ついていたな。彼女がいなかったら、お前は留置場にぶち込まれていたぞ?」


柵木が谷本優佳に視線を向けると、彼女の瞳には涙が溢れていた。


「なあ、彼女と一緒になるために野球ができなくなったって思えないか? こんなにお前のことを思ってくれる女性は、もう一生現れないぞ?」


上井の言う通りだった。


こんなに自分のことを思ってくれる女性なんて、もう現れないだろう。


柵木は谷本優佳に近づき、彼女を抱きしめた。


「ありがとう、優佳。俺、闇カジノで働くの、辞めるよ」


抱きしめられた谷本優佳は、涙を流しながら柵木の胸の中で2、3度うなずいた。


彼女を悲しませたくない。


辞める理由は、今となってはもうそれだけで十分だった。


「あとは任せた」


「はい」


上井が誰かと会話を交わした声が聞こえた。


顔を上げると、そこには父の会社の顧問弁護士をしている宇留嶋弁護士がいた。


「宇留嶋先生」


「久しぶりですね、重則さん」


「ええ。先生も元気そうで」


「おかげさまで。お取り込み中にすまないと思っていますが、きちんと伝えておかないといけない話があるので。バイトを辞める時は私も一緒に付いて行きます」


「宇留嶋先生。子供じゃないんですから一人でも大丈夫ですよ」


柵木は谷本優佳を自分の胸から少し離して言った。


「それはできません」


宇留嶋はすぐに却下した。


「なぜです?」


「あなたはヤクザが仕切っている店で働いていました。ここでしっかり彼らとの関係を断ち切っておかないと、今後あなたの父親および会社の人たち全員に迷惑をかけることになるんです。ですから、バイトを辞める時は、必ず私も付いて行きます」


「先生。僕はそんなに多くの人に迷惑をかけるようなことをしていたのですか?」


「はい。対応を間違えば、大損害を被る可能性もあります」


「分かりました。全て先生の言う通りにします」


「ありがとうございます。あなたが賢い人で助かりました」


柵木は、素直に宇留嶋の言うことに従うことを約束した。

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