第5話 依頼者と会う その2

「はい。先程ここで待っている間、飾ってある写真を見せていただきました。息子さんたちの幼い頃の写真はありますが、大きくなってからの写真がほとんどありませんよね? 息子さんたちに何かあったのですか?」


上井は先ほど気になったことを裕美子にたずねた。


「えっ、それで気づいたのですか?」


祐美子が驚きの声を上げた。


「はい。何か意図的なものを感じたので」


「ええ。実は弟の重則(しげのり)が、ずっと続けてきた野球をやめることになりまして」


「何があったんですか?」


「去年、試合の最中に大怪我をしてしまったんです。写真がないのは、重則が野球をしていた頃の写真が多く飾ってあったので、重則の目に触れないよう外したからです」


「なるほど。それで、最近のご夫婦の写真が多く飾ってあるんですね」


「はい」


「それで、重則さんは、今なにをしているのですか?」


「現在は野球部を退部して、普通に大学に通っています」


「何か問題を起こしたりはしていませんか?」


「していません。ただ、今年になって自分の人生を見つめ直したいと言って、バイトをしながら一人暮らしを始めました」


「では、いま彼がどういう状態なのかは分からないんですね」


「はい」


「分かりました。お兄さんの方は、今、何をしているのですか?」


「勝史(かつし)の方は、大学を卒業して、現在、石川地所で働いています」


「旧財閥系の大企業ですね。将来、会社を継ぐため、そこに就職したのですか?」


「そう聞いています」


「何か問題を起こしたりはしていませんか?」


「今は、何もないです」


「ということは、以前、何かあったのですか?」


「はい。中学生に上がる前、勝史は一度、荒れたことがあるんです。幼い頃から二人とも野球をしていたのですが、弟の重則は飛び抜けて才能があったので、あっという間に勝史より上手くなったんです。勝史も一生懸命がんばっていたんですが、弟に敵わなかったことが兄としてとてもショックだったようで……。ですが、その後は自分の道を見つけて、落ち着きを取り戻しました。今では立派な社会人です」


「そうだったんですか」


「息子たちのことも、お調べになるのですか?」


「必要とあれば、調べたいと思います。誠吾さんの気落ちの原因が仕事とは限りませんので」


「そうですね。分かりました。その時はよろしくお願いします」


祐美子は軽く頭を下げた。


「では、早速、調査を始めたいと思います。その前に、こちらの契約書にサインをお願いできますか?」


上井はカバンから契約書を取り出し、祐美子に渡した。


「この間、電話で話した通りのことが書かれていますが、一応、ざっと目を通してください」


祐美子は、言われた通り、一通り書類に軽く見た後、契約書にサインをした。


「ありがとうございます」


上井はカバンの中に契約書を入れ、立ち上がった。それを見て、隣にいた富田も立ち上がった。


「それでは、本日はこれで失礼致します。何か気づいたことがあったら、いつでも連絡をください」


「分かりました。よろしくお願いします」


祐美子も立ち上がって、ゆっくりと頭を下げた。


「では、失礼致します」


祐美子に別れを告げ、上井と冨田は事務所に戻った。

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